第24話 GWの憂さ晴らし
日常に戻ったのはいいものの、次の日にはゴールデンウィークが始まった。
雪乃は学校に行ける喜びで忘れていたが、周りの人間はしっかりと理解していた。
という訳で雪乃はかなり落ち込んでいる。
「まさか、本当に気づいてなかったとはな……。どんだけ学校に行けるのが楽しみだったんだ。」
「私も、まさかゴールデンウィークのこと忘れてたとは思ってなかったよ。」
「ほら、雪乃……元気出せよ。」
「そうだよゆき姉!せっかくのお休み楽しまなきゃ!ね?」
「わたしはべつに休みなんて要らなかったよ……」
「だからといって学校が始まるわけじゃないからなぁ……。そうだ、水波ちゃんの家に行ってみたらどうだ?穂海と一緒に行けば色んな体験もさせてくれるだろ?」
「お兄ちゃんそれだ!さっ、ゆき姉早く行こ!」
「えっ、ちょっと……どこに行くの!?せめて着替えさせてぇ……」
「あ〜あ、行っちまった。とりあえず、電話でもしといてやるか。」
せめて着替えさせてという切実な願いを聞き入れて貰えるはずもなく、こましな部屋着にカーディガンを羽織っただけの状態で外へ連れ出された。
いくら五月と言え、まだ気温自体は十度半ばから後半と言った具合で暖かくなったとはいかないのだ。
穂海としては、雪乃を元気づけるための行動ではあるのだが、雪乃の身体のことを考えるとあまり褒められたことではない。
「待って、穂海ちゃん。何処に行くの?それだけでも教えてよ。」
「あっ、ごめんごめん。そういえば何も言ってなかったね。」
「もう少し人の話は聞かなきゃダメだよ!外出るなら服だって着替えたかったのに……。」
「だから、ごめんなさい……」
「で、今からどこに行くの?」
「うんそれはね、幼馴染みの水波のところ。家が牛を育ててるから遊びに行こうと思って。」
「牛……?」
「そう!乳搾りとか餌やりとか、体験させて貰ったらゆき姉の機嫌も治るかなぁって。それにゆき姉、こういうの好きでしょ……?」
「うん……、まあそうだけど。」
「ならいいじゃん!服も向こうで作業着借りればいいんだし。」
「そういう意味じゃないの!部屋着で人に会うなんて……、恥ずかしいよ。」
「……そう?恥ずかしい?かな?」
「んー……、もういいです、早く行こ。」
「はーい。」
穂海の幼馴染みであり、この御代仕村の村長の孫。小城 水波の家は代々畜産(今では牛だけ)を営んでいる。
中野家から五分十分は歩かないといけないので、ご近所さんと読んでいいのかびみょうである。
雪乃は、穂海に連れられるままに到着した。
「すみませーん、水波ちゃんいますかー?」
昔の家と言えばイメージしやすいだろうか、スライド式のドアをガンガンと叩きながら大声を出して水波を呼んだ。
しかし、しばらくしても誰の声もしなかった。
「あれ?いないのかな。ちょっと牛舎の方見に行ってみよ、もしかしたら仕事してるかもだし。」
「勝手に行っても大丈夫なの……?」
「だいじょうぶ、だいじょーぶ。小さい時はよく遊びにいってたから〜。絞りたての牛乳美味しいんだよ〜。」
「そうなんだ、それは楽しみだけど……」
「あっ、いたいた!水波ちゃーん、遊びに来たよっ!」
「あれ?穂海ちゃんどうしたの?今日なにか約束してたっけ?」
「してないよー。でも、ゆき姉が落ち込んでたから水波ちゃんのところなら気が紛れるかなって。」
「牛の世話の手伝いしてくれるってこと……?」
「まぁそんな感じー。紹介するね、私の従姉妹のゆき姉だよ。」
「初めまして、三好 雪乃です。穂海ちゃんと一緒の高校の二年生です。」
「どうも、穂海ちゃんの友達の小城 水波です。御山高校なら先輩ですね。よろしくお願いします。」
「穂海ちゃんが急にごめんね。わたしまで来ちゃったし。」
「それはいいですけど、牛の世話の手伝いに来てくれたんです?」
「えっとね、乳搾りとかやってみたいなぁって。」
「それならちょうど今からやるところですよ。その格好ではなんですから、私の作業着貸すので着替えた方がいいんじゃないですか?」
「ありがとう、それは嬉しい。穂海ちゃんに無理やり連れてこられたから着替える暇もなくて……。」
「だろうと思いました。あの子が周りを巻き込む時って、そのこと以外見えなくなっちゃいますからね。私も何度やられたか……。」
お互い困りますね。と苦笑いをしつつ、作業着に着替えさせてくれた。
作業着はつなぎになっていて、慣れないと着るのが少し難しい。
「なんかこれ、凄いね。これなら服が邪魔になることも無いんじゃない?」
「作業着ならだいたい一緒だと思いますけど、うちは三年前からつなぎに変わりましたね。親がこっちの方が作業しやすいって。私はあんまり好きじゃないんですけどね。」
「でも、ピンク色だし私は可愛いと思うよ?」
「そうですか……?」
「なんか、ワクワクしてきちゃった。」
「じゃあ、早速乳搾りやってみますか?と言っても今じゃ機械でやってますけどね。」
「機械?」
「はい、この搾乳機を牛の乳に取り付けるだけで、適量のミルクを取ってくれるんです。」
牛一頭ずつに搾乳機をセットして、ボタンを押すとあれよあれよという間にミルクが吸い取られていく。人はそのあいだに、次の牛に搾乳機をセットしていく。
そのローテーションで、どんどんとミルクが集められていく。
「まぁ、機械取り付けるだけじゃ味気ないですから手で搾ってみます?」
「やってみたい!」
「では、手で牛の乳を軽く握るように持って、親指と人差し指で輪っかを作ります。そして、親指と人差し指に力を入れた小指の方まで順番に握るんです。そうすると、乳に溜まったミルクは外に出るしか無くなるので効率よく絞ることができるんです。牛も、ミルクが溜まっていると乳が張って痛いですから、できる限り手短にやってあげるんです。」
「こ、これであってる……?」
「あってますよ。もう少し力入れてもいいですよ。ミルクが上に戻って行っちゃうので。」
「力加減が難しいね、これ。」
「慣れれば二つ同時でも出来ますよ。」
「水波ちゃんって凄いんだね。わたしには二つ同時は想像も出来ないよ。(笑)」
「褒めてもミルクしか出てきませんよ……?(笑)」
「それはそれで魅力的かも……!」
「絞りたて、飲んでみます……?と言っても衛生上飲んでいいものでは無いので、自己責任ってことになりますけど。」
「うーん……一口だけなら……大丈夫かな?」
「なんか不安ですね……、まぁいいです。ちょっと私はコップを置き忘れたまま用事を済ませてくるので間違っても生のミルク飲んじゃダメですからね?」
「大丈夫、そんなことしないよ!」
「では少し外しますね。」
水波は新しい紙コップを置いて、そのまま奥へ下がっていった。
少し考えればわかる通り、見てないところで勝手に自己責任で飲んでね。という意味だったのだが……真面目な雪乃には伝わらなかった。真面目というか純粋というか……。
しばらくして戻ってきた水波が、コップを確認してまだ使われてないことに驚きを隠せなかったのは明白であろう。
「え、先輩飲まなかったんですか?」
「ちゃんと飲んでないよ?」
「はぁ……、先輩?いいですか、こういう時は見てないから隠れて飲んでねって事です。」
「えっ、そんなことしていいの……?」
「ダメですけど……、そうでもしないと何かあった時にうちの責任になりますし、これが一番スマートな方法なんですよ。」
呆れながら説明する水波は、なぜ自分がネタばらしをしなきゃいけないのかとなんとも言えない気持ちになった。
「まぁいいです、これ飲んでみてください。」
「いいの……?いただきます……、何これ美味しい!」
「でしょ?加熱殺菌すると味も鮮度も落ちちゃいますからね。これが一番美味しいですよ。」
雪乃は初めての味に感動した。
安全性は保証されているわけではないので、雪乃の身体のことを考えるなら飲むべきではないのだが……。
もちろん、畜産農家は自信と誇りを持って育てているので品質的には大丈夫なのだが、完璧ではないので難しい問題だ。
ちなみに、穂海は別の場所で牛に弄ばれていた。
帰る頃にはベトベトになった穂海を見て水波と雪乃は言葉を失ったことは黙っておいた方が穂海のためだろう。
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