雪の雫 -あなたの瞳に映る景色-

葵葉

第一章 雪の始まり

第1話 初めての雪

十月下旬


降り始めた雪が土を染めて泥になる。こうなると一輪車もリヤカーも車輪を取られてろくに動けない。しかも雪が降るほど冷えているわけで水分を含んだ土が次第に固まり初めて車輪の跡が凸凹になる。


「明日からはお父さんとお兄ちゃんにお願いしよっと。よし、じゃあみんな、明日からのご飯はお父さんたちが持ってくるからいい子にしてるんだよ。」


豚の餌やりを終え豚舎から出た穂海が赤くなった指先にはーっと白い息をはきかけた。


「もうこんなに寒い……早く帰ろっ。」


無事、次の日からお父さんとお兄ちゃんに豚のお世話を変わってもらえることとなり、その代わり雪の日はお母さんの手伝いをすることになった。

平日は学校で、せっかくの土日なのにダラダラ一日過ごすことも出来ない不幸に穂海は嘆いていた。

来週からは二十年ぶりに家族と帰ってきた伯父さんが我が家に来るらしい。部屋は余ってるから問題ないんだけど、そこの子供が病弱らしく一人では家からも出られないだとか。

看病は正直面倒臭いけど、歳の近いいとこが増えて少し嬉しい。


「いとこかぁ……一つ年上って言うけど男の子かな?女の子がいいな〜……」

「穂海、そろそろ寝ないと明日また朝ごはん食べれなくなるよ!」

「もう寝るからだいじょーぶー、おやすみなさいお母さん。」




十月下旬


御代仕村 三好家


「お久しぶりです、父さん母さん。」


久しぶりに実家に帰ってきた宗嗣を和室の上座で待ち構えるのは、宗嗣の父、宗玄。厳つい顔に厳しい表情ではあるが、息子家族が移住してきたことを嬉しく思っている。だからこそ、宗嗣を快く迎えることが出来ないのだ。


「二十年ぶりに帰ってきたというのにまたお前は出ていくのか?今度は自分の家族を置いて。」

「お父さん、そんな言い方は……」

「母さんは黙っとれ」

「……はいはい、では私は夕飯でも作ってますね、宗嗣も今日くらいは泊まっていきなさい。どうせ話長引くんだから。」

「……分かりました。今夜は泊まって朝イチで東京へ戻ることにします。」


「どうしても東京へ戻るのか?雪乃のことも心配だろう、そろそろ戻ってこんか、金のことは心配せんでもうちを手伝えば暮らしていけるだけの「父さん!」……」

「雪乃の病気は、またいつ悪化するか分からないんだ、そのためにもお金はいる。」

「宗嗣、そのためにお前は娘との時間を捨てるのか?今はまだ安定しているんだろ?そういう時くらい一緒に過ごしてやれ」

「……俺は、少しでも可能性があるならそれに賭けたい。あの子の時間は小学生の時から止まってしまっているんだ……。」


宗嗣の苦虫を噛み潰したような顔に宗玄も押し黙った。

我が子を想い、一緒に居てやるのも、離れるのもまた親心。

その日、二人の父親は、ただ黙って鍋をつついた。




十月下旬


緒方先生に空気が綺麗なところに住むように言われました。薬を飲むより長期的に見ればよくなるかもしれないって。同時に薬の数もだんだん減らして行くから最初は辛いだろうって。でも、薬が減ることなんて初めてだからなんだか嬉しい。それに、お父さんの生まれた場所で住むことになった。向こうでは、お父さんの妹さんの家に住まわせて貰うことに。そこでは従兄妹もいて体調が良くなったら遊んだり……今からわくわくが止まらない……笑。良くならないかもしれないのにね。

車で長時間の移動はさすがにきつい。こまめに休憩しながらとはいえ熱が上がってきた……。

気がついたら寝ていたらしい、お父さんの優しい声で目が覚めた。いつもは仕事で家になかなか帰って来ないけど、今日は無理やり時間を作ってくれたんだって。

数年ぶりにお父さんにお姫様抱っこされて少し恥ずかしい……。

頬になにか冷たいものが当たった。その時初めて気がついた。周りにちらほらと真っ白な雪が降っていた。


「どうしたの雪乃、泣いちゃって、お父さんに意地悪でもされたの?」

「えっ……?」


無意識に泣いていたようで、お母さんがお父さんをからかっていた。

ちらりとお父さんの顔を見ると、気まずそうな顔をしている。


「さすがにお姫様抱っこは嫌だったな、ベッドに降ろすからそれまでは我慢してくれ。」


(違うんだよお父さん、私は……)


言葉を口に出そうとして私の視界は真っ暗になった。



目が覚めるとお父さんは家を出た後だった。結局、誤解とけなかったなぁ……


「はぁ……」

「どうしたの?お父さんいなくなって寂しい?笑」

「………………。」

「ごめんごめん、でも、最近元気そうだから。無理してない?」

「うん……、まだちょっと熱っぽいかもだけど。」

「そう、なら良かった。今日は横になってゆっくり休むんだよ。お母さん、これから挨拶に行ってくるから。」


部屋を出たお母さんの笑顔がどこか疲れきったような笑顔なのには気がついていた。

私の病気が治ればお父さんとお母さんに負担をかけることないのになぁ……。

何も出来ない自分も、何かしようとしたら体調悪くなって周りに迷惑かける自分も、こんな病気になってしまった自分もずっと前から大っ嫌い。こんなこと冗談でも言ったら、怒られるし、悲しませてしまう。体調がいい時は料理とかで手伝えるけど、それもごく稀にしか出来ない。


「もし、この病気が治ったら……(お友達作って、いっぱい遊んで、アルバイトとかしてみたいな。それでお金を貯めたら、お父さんとお母さんと三人で旅行とか……)」


声に出すことの出来ない夢が、ぽろりぽろりと溢れ出す。


神様、どうかこの病気が早く治りますように……


お参りに行くことも出来ない雪乃はただただ、心から願うしかなかった。



お母さん部屋を出てしばらくすると、従姉妹の穂海ちゃんが挨拶に来た。


「こんにちは、中野 穂海です。」


肌が白くて綺麗……、きっと日焼けとかしたことないんだろうなぁ。

今は少し病弱に見えるけど、健康になったらきっとモテモテだよぅ。


「あっ、あの……雪乃……って言います。(うぅ……めっちゃ見られてる……恥ずかしい。なんか変……かな?)」


「もし、何かわからないこととかあったらいつでも呼んでね、私が家にいる時はいつでも駆けつけるから。これからよろしくね、ゆき姉。」

「ぇ……?ゆき……ねぇ?」

「うん、ゆき姉!だめ……かな?」

「だ、ダメじゃないけど……私がお姉ちゃん……」

「じゃあ、またね。おねーちゃん!」


雪乃はいきなりお姉ちゃんになったことに驚きと困惑しつ、穂海は嬉しそう表情で部屋を出ていった。




「穂海ちゃんとは上手く話せた?」


その日の夜、お母さんと部屋で晩御飯を食べていた。体調に気を使ってしんどい時は部屋でご飯を食べれるようにしてくれるらしい。


「うーん、どうだろ。他の人と話すの久しぶりだけど多分、大丈夫……かな?(なんか、ずっと見られてたし、出ていく時も……でもきっと、大丈夫……だよね?)」


「ならよかった。穂海ちゃんとは従姉妹なんだから、遠慮はしちゃだめよ?」


そんなこと言われたって、八年間友達なんて居なかったし友達の作り方なんて分からない。

それでも、いつも明るく振舞ってくれるお母さんを心配させたくはない雪乃は少し不安を抱え込んだまま笑顔をとりつくろい、誤魔化すように夕食のシチューを口に運ぶ。


この日のシチューはあまり喉を通らなかった。

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