2013年【守田】19 『報復の浅倉』

   5


 中華料理屋一階のトイレにもっとも近い席には、特徴的な二人組が横並びで腰かけていた。


 一人は無精ひげを伸ばした胴着姿のオッサンだ。

 四人がけのテーブル席いっぱいに料理を注文して、マンガの登場人物のように食い散らかしている。

 山奥で修行していて、さきほど下山してきたから、腹が減っているのかもしれない。

 あくまで守田の妄想ではあるが。


 もう一人は、性別がわからない。

 皿の間をぬうようして、テーブル席に顔を伏せて眠っている。真っ白な髪の毛だから、ジジイやババアの可能性もある。


「男二人で並んで座ってたら、そういうカップルって思われますよ」


 どうやら里菜の知り合いのようだ。


「そんな風に勘違いしたやつは、ぶっ殺すから問題ない」


 チャーハンを食べながら、胴着男は平然と物騒なことを口にする。

 漂う雰囲気からか、冗談に聞こえないのでおそろしい。


「ところでダンチョー、聞いてくださいよ。この子おもろいですよ。ダンチョーのいうところの、必死さが滲み出とる男です」


 言いながら、里菜はダンチョーと呼んだ胴着男の正面の椅子に腰かける。

 肩を組んで歩いている守田も、同じように座る形となった。


 里菜との密着状態の時間が終わった。

 名残惜しい。

 よこしまなことを考えている守田を値踏みするように、ダンチョーが視線を向けてくる。


 あ、この人――一瞬、呼吸するのを守田は忘れた。

 以前、インターネットを利用して、巌田屋会の抗争事件を調べたときに、この人の写真を見たことがある。


 浅倉弾丸。『報復』と書いて『かえし』と呼ばせる『報復の浅倉』の異名を持つ人物。

 無双一家の構成員を百人以上、病院送りにし、三つ以上の組を潰したとか。

 現在は、巌田屋会沖田組の沖田組長の兄弟分として、その存在だけで無双一家を牽制しているらしい。


「ひとつ訊きたいことがあるんだが?」


 渋い顔に似合った低い声で、浅倉がたずねてきた。


「な、なんでしょうか?」


「君はエビを食えるか?」


「エビ? まぁ、どちらかといえば、甲殻類は好きなほうですけど?」


 戸惑いながらも、守田は素直に答える。


「やっぱり、ワシがいつも言ってる通りだな。嫌いな食べ物は、誰かが好きだから無理して食わなくてもいいんだよ」


 中華料理に使用される頻度の多い食材、エビ。浅倉の嫌いな食べ物なのだろう。

 テーブルの上には、エビだけが残っている皿が、いくつもある。


「いらんのやったら、ウチにくださいよ。エビ大好きなんですよ」


 里菜が座った席には、使いかけの割り箸があった。

 もしかしたら、彼女はこの席でもともと食事をしていたのかもしれない。

 そう考えると、待ち合わせ場所に中華料理店を指定されたのも、うなずける。


 おおかた、守田をからかうだけからかって、追い返すつもりだったのだろう。

 それがまさか、気に入られて他の連中にも紹介されることになったとは。川島疾風の情報を集める上で、状況は好転していると思いたい。


「どうした? 君も食えばいい?」


 噂話や見てくれに反して、浅倉は善人なのかもしれない。

 守田のために、綺麗な小皿や割り箸を用意してくれた。

 頭をぺこぺこ下げながら、ありがたく受け取る。


「あ、では失礼して。いただきます」

 あんかけのかかったエビを箸でつまみ、口の中に運ぶ。


 ほう。なかなかに上等な味付けをしているではないか。

 店内を歩いているうちに、喫茶店とは客層がちがうことがわかった。

 それに、近所のライバル店というわけでもないので、ここは素直に感想を述べてやろう。


「うまいっすね」


 隣の席の里菜も、モグモグしながら大きくうなずく。


「せやね。エビを残すとか、ダンチョーやっぱり頭おかしいわ」


 里菜は腹が減っていたのか、次々にエビを口に運ぶ。

 食べっぷりの良さに、守田の食欲も刺激される。

 見るからに辛そうな真っ赤なエビを、守田は次々と食べていく。


 あとに残らない辛さを堪能していると、鼻で笑う声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る