2013年【守田】17 ろくに声も出せないのに、ここにいる。

「ほななんやねん、目的は?」


「実にいいにくいっていうか。あまりにも荒唐無稽な話ですし、そもそもいきなりで何いってんだって思われる可能性も」


「はよ言えや、ボケ」


 餌と遊ぶのにすぐ飽きる。

 猫っぽいといえば、猫っぽい性質を彼女は持っているようだ。

 ドMなら興奮するであろう表情のまま、里菜はタバコを口にくわえる。


「オバちゃん。アレ持ってきてや」


「アイヤー」


 厨房のほうに視線を送る。

 返事をしたくせに、大陸系女性の姿が見あたらない。

 何かしらの異常事態が発生したのかもしれない。


「明後日の方向みよる暇とかあるんやったら、はよ言いや。自分の目的はなんなんや?」


 守田は改めて里菜に顔を向ける。

 自分はいま、いったいどんな顔をしているのだろうか。

 真剣にこんなことを訊ねて、バカと思われないだろうか。


 とはいえ、ここまで行動を起こしたのだ。

 いまさら躊躇うことこそが、バカの極みだろう。

 さっさと、はらをくくれ。


「笑わないできいてくれます?」


「これ以上、焦らしてウチをイラつかせんといてや」


 大きくため息をつきながら、里菜は髪の毛をくしゃくしゃっとする。

 苛立っている姿を見て、あらためてこの人がヤクザなのだと思い出す。

 読者モデルをしているギャル系のお姉さんではないのだ。


「アイヤー」


 大陸系女性がすぐそばに立っていた。

 もはや定番となった接客用語を聞くまで、全く存在を感じなかった。

 お盆の上に乗っている『それ』を、里菜が奪い取る。


「ウチも巌田屋会の代紋背負っとるんや。ホンマいうたら、いまはクソ忙しいてのう。ガキの相手しとる時間なんかないねん。くだらん用事やったら、さっさと帰れや」


 脅し文句を耳にしながら、里菜が握っている見慣れないものを観察する。

 オートマチック拳銃の銃口が、守田を狙っている。


 全体的に銀色なのに、弾が飛び出す穴の上のほうには黒い突起がある。

 ほとんど拳銃の知識は持っていない。

 だが、その黒い突起が照準を合わせるために使うものだというのは、予想がついた。


 漫画などで、よく安全装置がどうのこうの言っているのを思い出す。

 細く小さな指の間から、黒いグリップが見える。

 安全装置がついているのは、手で持つあたりのどこかだろう。よくわからないけど。


 本当にわからない。

 そもそも、拳銃が本物か偽物かすら判断できないのだ。


 ただ純粋に、こわい。どうしようもないほどに。


「なんや? 震えとるで? もしかして、びびこいて動けんようになったん?」


 電源を入れてもいないのに、大人の玩具がテーブルの上で暴れている。

 テーブルにしがみついたまま、守田は首を横に振った。


「逆ですよ」


 なんとか声は出せた。それが裏返っていても、構わず続ける。


「いまにも逃げ出しそうになってるからっ。しがみついてでも、ここにいようって思ってるんです」


「なんで、そこまで意地になるんよ? 別に逃げてもええんやで。ウチは背中見せた相手をどうにかする気はないからな――」


 ふふふと、里菜は楽しそうに笑う。

 とびきりの表情に殺されるかと思って、守田も笑う。


「――ま、逆にいうたら意地はる相手には、どうするかわからんけど」


 銃口を額に突きつけられる。熱が出て寝込んだときには、次から拳銃を使おう。

 冷却シートよりも熱さましの効果はあると経験した。


 引き金に、爪の伸びた里菜の指がかかっている。

 まさか、本当に殺されやしないよな。

 守田が不安に思うと、彼女の指が小刻みに動きはじめる。どうやら、守田の震えが拳銃に伝わっているようだ。


「必死やな自分」


 その通り、必死だ。

 命を削っている気分だった。

 単純なことをしているだけに過ぎない。

 逃げ出さず、とどまっているだけ。ろくに声も出せないのに、ここにいる。ただ、それだけ。


 意地を張るだけでも戦いになる瞬間が、男にはあるのだ。

 疾風の兄貴が、そんな名言を残しているのを思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る