2013年【守田】09 「あんた、誰だ?」

 一人で来ていたら、その場で三角座りしてへこんでいたかもしれない。

 妹の前だから情けない姿はみせられない。


「お兄ちゃん、お風呂場に誰かいるよ」


「え? どういうこと? なに言ってんだ?」


「シャワー使ってる音が聞こえて。それに、女の人の服が脱ぎ散らかされて、新しい下着や服が置かれてて、それで、それで」


 妹に要領をえない説明をさせるより、見たほうがはやそうだ。

 澄乃を押しのけるようにして、守田は脱衣所に駆け込む。


 折りたたまれたタオルと一緒に、中学生がつけそうなスポーツブラが置かれていた。

 自分がいかに失礼なことをしているのかに気づくのには十分すぎたが、ここまできたのだから、もう一歩だけ踏み込む。


「優子さんですか? 勇次が心配してますよ」


 守田の声に反応したように、風呂場のシャワーが切られた。

 守田の緩んでいた頭の栓もしまったようで、勇次の姉があんな色気のない下着をつける訳がないと、ようやく考えるに至った。

 だとすれば、別の疑問がうまれる。いったい誰が風呂に入っているのだ。


「中谷優子さんは、やっぱり帰ってきていないんですね」


 すりガラスの向こう側から、応答がある。

 モザイクがかかったような人影から判断するに、肩にかかるかぐらいのショートカットの髪型だ。

 身体のラインから想像するに、おそらく女性だ。


「あんた、誰だ?」


 訊ねながらも澄乃を背中にまわして、体を張って守る準備を整える。


「欅です。疾風の大事な――大事にされてる妹の、欅です。そちらは?」


「妹さん? あ、俺は守田裕です。いつも、お兄さんにはお世話になっております」


 身の丈ほどある長い棒状のものにもたれかかりながら、彼女は大きくため息をついた。

 風呂場になにを持ちこんでいるのか、よくわからない。

 もっとも、長風呂をしない守田からすれば、本やスマホを風呂場に持ち込むのも理解できない行為なのだが。


「そうですか、あたしも疾風から守田さんのお話は聞かせていただいてます」


「え、そうなんだ。俺は妹がいるとか初耳だったんだけど」


「不思議ですね。疾風は嬉しそうに話してたんだけど。守田さんが喫茶店の跡継ぎとして頑張ってるって」


 自分のいないところで、褒められているのは悪い気がしない。

 だからだろうか、欅に向けていた疑いの気持ちが和らいでいく。


 そもそも、疾風とは長い付き合いだが、守田は疾風の実家に行ったことがない。

 だから、欅が疾風の妹というのも、有り得るといえば、有り得る。

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