第4幕:モーデル王国編 第23話:HOME

369 第23話01:カウンター




 バアル帝国首都ラル。

 帝都とも呼ばれるこの地の一等地に居を構える自らの私邸にて、例によってイローウエルは報告を受けていたのだが、思わず聞き返していた。得た報告が信じられなかったからだ。


「……申し訳ありません。もう一度だけご説明願えますかね?」


「は、はい」


 了承の意を返しながらも報告官である新設されたばかりの諜報機関部隊長は、ボタボタと床に脂汗を垂らしながら、命令通りもう一度同じ報告を最初から繰り返し始めた。


「キッ、キカイヘイ軍団は全滅! ファズマ大佐は、恐らくワレンシュタイン辺境伯との一騎討ちの末、戦死なさいました!」


「…………」


 イローウエルは額に手を当ててしばしの間無言であった。長い沈黙の中、息や唾を飲む音が幾度も響いた後、彼はようやく口を開く。


「……まず、どうやってそれを確認したのですか? 詳細を教えてください」


「は、ははっ! 戦闘が発生しました翌日、部下と共に現地にて調査、並びに見分を行いました! そこで百五十体分は確実に超えるキカイヘイの残骸と、ファズマ大佐のものと思われる残骸を発見しました!」


「……いくつか段階を踏んで質問をしましょう……。何故、翌日だったのです?」


「は、はい。決戦前、ワレンシュタイン軍の中に極度に感知能力の高い亜人兵がおりまして……、発見されかけました。大佐との協議の末、共倒れを防ぐために充分に距離を取り、報告の為の見分も翌日としました」


「成程……。それは適切な判断であると認めましょう。皇帝陛下にも進言するとお約束します」


「おっ、おおっ!? 宰相閣下、かっ、感謝いたします!」


 平伏する諜報機関部隊長に対し、イローウエルは尚の事優しい口調で訊ねる。


「あなた方は帝国に戻って来てから、真っ直ぐにこちらに伺ったと先程仰っていましたが、本当ですね?」


「もっ、勿論です! 脇目もふらずに参りました!」


「一応確認です。遠征に参加した全員が、こちらに今訪れているということですね?」


「は、はい! 全員です!」


「分かりました。奥で待っている彼らにもお酒と料理を振舞わせていただきましょう。無論、褒美とは別です」


「ありがたきお言葉でございます!」


「ではもう少し細かい確認をさせていただきましょう。皇帝陛下にご説明する前に詳細を詰めておかねばいけませんからね。王都にてワレンシュタイン軍の参戦を確認したとのことですが、数は?」


「五千です! これに関しては潜入して確かめております!」


「何故そんな数が……。事前にこちらの動きを監視されていたとでも……、いえ、それは後で考えましょう。彼らの中に辺境伯の姿は確認したのですね?」


「いえ、それが……。しかし、ファズマ大佐は必ず出張ってきている筈、と」


「……まぁ、そうでしょうねぇ。彼は人任せにはしない性分でしょうから」


「は、はい、大佐も同じことを言っていました。奴を殺すのは自分の役目だとも……」


「恐らく一騎討ちの末とは、そういうことでしたか。相手軍の被害は確認できましたか?」


「戦場となった大地には無数のおびただしい血痕が発見できました。贔屓目には視ずとも、相手も被害甚大であったことは確かであると……!」


 キカイヘイは血を流さない。破壊されればその残骸の中から液体が漏れるが、人のそれとは確実に見分けがつく代物である。このことから考えれば、諜報機関部隊長の言葉も頷ける。

 だが……。


「死体はありましたか?」


「……は?」


「敵軍の死体は、その場に残されていたのか、と聞いているのです」


「……い、いえ。ありませんでした……」


 彼の声は尻すぼみとなる。


「それでは大した戦果も期待できませんね。まさか死傷者ゼロとまでは思いませんが、恐らく千にも達していないでしょう。遺体も残さずに、ということはそういうことです。動けなくなった味方を担いで、尚余裕があるということですからね。……やれやれ、まさかキカイヘイの軍団相手に少ない被害で勝利を収めてくるとは思えませんでした。一体一体はかなり強力に仕上げさせたつもりなのですがね……」


「あ、あの……宰相閣下、一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


「構いませんよ。何でしょうか?」


「キカイヘイ軍団は全軍出払ったと聞いておりましたが、まだおられるのですか?」


「いいえ。全機出撃させましたよ。帝都には一体たりとも残っておりません」


「そ、そうなのですか?」


「本当ですよ。何か気になることでも? 遠慮はいりません」


 実ににこやかにイローウエルは言う。その雰囲気に誘われ、諜報機関部隊長は尚更饒舌となる。


「で、では、キカイヘイ軍団はすぐに再生可能なのでしょうか!?」


「発注はかけますが、担い手はともかく、一体の製作に一日以上はかかるので、すぐにという訳には参りませんね」


「なっ、ならば何故、宰相閣下はそれほどまでに冷静かつ余裕を持ってらっしゃるのです!? キカイヘイ軍団は帝国最強の軍と聞いております! それが成す術無く全滅したというのに!?」


「ああ、それはですね。私には全く関係のないことだからですよ。皇帝との蜜月がここで途切れるのは残念ですけどね」


「は!?」


「さて、そんな事より褒美をお渡ししましょう」


「ほ、褒美!?」


 明らかに異常な状況だというのに褒美という言葉にだけは敏感に反応してしまうのは、この国の軍人の悲しいさがであるのか。

 そんな彼の目前で宰相の背中が異様に盛り上がり始める。


「……え? ……え?」


「褒美に私の真の姿をお見せしましょう」


 そして最後に宰相の口が少しだけ動くと同時に、彼の身体ははじけた。

 飛び散った赤に支配された自室を宰相は無言で一瞥し、そして退出する。次の目的地は既に定まっていた。




   ◇ ◇ ◇




 同じ頃、ハークはいつものように虎丸の背に揺られながら、並走するランバートから今回の事態への詳しい説明を受けていた。

 ちなみに、すぐ後ろには、これは珍しいことにヴィラデルが同乗していた。

 かつての虎丸は、彼女を自らの背に乗せることを明確に拒絶していた。しかし、共に戦争を乗り越え、最近では妹分でもある日毬の面倒も任せていることも手伝ってか、虎丸の中で劇的な変化があったのだろう。今は特に拒絶を見せることもなく、主人であるハークが良いならば自分も構わぬ、とばかりに意外にすんなりと受け入れていた。


「む~~~ん……」


 そしてヴィラデルは何をやっているかというと、虎丸の背を借りて運んで貰う間ただ単に楽をしているというばかりではなく、新しい魔法の習得にのめり込んでいるのであった。

 その講師役はなんとハークである。


 この二人の関係性を知れば知るほど、脳天に疑問符が湧くことであろう。

 これが逆、もしくは刀に関する修練や講学のためであれば、秒で納得もいくに違いない。


 しかしながら、これは紛れもない事実であった。


「あっ! ネェ、ハーク! 今のは上手くいったと思うんだけど、どう!?」


 今もうんうん唸りながら、時々に自分自身の出来をハークに問うている。


 これは、つい先日行われたオランストレイシア防衛戦にて、主戦力であった多くのメンバーがレベルアップしたことに起因していた。

 ハークも三つレベルアップし、三十七に達している。その中でもヴィラデル、そしてシアは其々に『戦魔導士ティアマトー』、『重粉砕士タイタヌス』の上位クラスを取得していた。




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