195 第14話13:オーバーチュア
「アレ? 寝てたかい? ゴメンよ、起こしちゃって。でも見てよハーク、目的地のトゥケイオスの街が見えてきたよ」
外の風に当たろうと開けておいた馬車前方の窓枠から、シアに言われた通りに覗いてみると、確かに地平線まで広がる草叢と自分達の足元から伸びる石畳の街道のその先に、古びた城壁に囲まれた街が確かに見える。どうやら歴史深い街なようで、その姿は古都ソーディアンを想起させるが、城壁の高さは恐らく古都の半分も無い。
長さも、ソーディアンの場合、周囲を森に囲まれているので全長をハーク自身の眼で直接見たことは無いが、大凡半分程度なのだろう。
「聞いてはいたが、矢張りソーディアンに比べると小さな街のようだな」
「そうだね。あたしは古都から出て他の街に行くのは今回が初めてだけど、知識としてはあるよ。モーデルは主要7都市以外はどこも似たり寄ったりの大きさの街しかないらしいよ」
「そうなのか」
そこへ、開いていた窓から二人の会話が聞こえていたのだろう、馬車の御者を今日も務めていたスタンが話に加わる。
「お二人さん、確かにソーディアンに比べればトゥケイオスの街は人口も規模も小さいですが、歴史は同じくらいあるんですぜ」
「そうなのかい?」
シアが御座なりではなく、実に興味深そうに聞く。人生初の旅行で来訪する街なのだ。関心を持って当然だろう。
この世界では、という注釈をつけるならばハークも同じだった。
「トゥケイオスの街は元々国と国とを繋ぐ交通の要所にありますからねえ。しかも周りは肥沃な平地に囲まれて、食料生産力の高い土地柄ですから、旅人が一休みするのには丁度良いんですよ。商売人にとっては重要な街です」
「へえ、昔っから栄えてたってことなのかい?」
「ええ。街の名前も、300年前にモーデルの支配地域になるまで支配者によってコロコロ変えられていたらしいです。歴史家の中には何千年以上前の古王国の首都だった、なんて言う人もいます。ま、証拠が出ちゃあいないので調査中なんですがね」
「本当に詳しいな。スタン殿は」
ハークも話に加わる。
「こんな商売してりゃあ、これぐらいは常識の範疇ですよ。ちなみに、ここら一帯を治める領主ロズフォッグ家の住む街でもあります」
「へぇ、そうなると小さいながらも領都といったところだね」
「ハハハ、確かにこの国の主要7都市に比べたら小さいですが、モーデル王国以外の国からしたら、充分に首都を名乗れる大きさなんですがねぇ」
「と言うと、スタンさんは色んな国に行ったことがあるのかい?」
「ええ、まあ。方々回りましたよ、西側の周辺諸国は一通り。その経験から言わせてもらうと、この国はデカいわ豊かだわ治安がいいわでホント良い国だと思っちまいますよ」
ハークも、己の眼で初めてソーディアンの街並を見た際に、随分と進んだ街だと感じた記憶があった。ハークが生きた時代、まだまだ江戸も発展途中であったからだ。
「矢張りそうなのか」
そう感想を述べつつ、ハークは不意に込み上げてきた欠伸を噛み殺す。
しかし、隣のシアにしっかりと見咎められていた。
「珍しいねえ、ハークがこんな時間に眠気だなんて。ヤッパリ昨日は根を詰め過ぎたんじゃあないのかい?」
シアは少し心配そうに言ってくれる。確かに彼女の言う通り、まだ時刻は正午にも達していなかった筈だ。
ハークはそんなシアに向かって心配要らんとばかりに手を振ってから答える。
「いや、大丈夫だ。確かに少しだけ眠いことは眠いが、眠気覚ましに風に当たろうとしてそこの窓を開けたら車輪の音が、がたんごとん、と気持ちよくてな。ついつい居眠りしてしまったという訳だ」
「へぇ、そうなのかい?」
「ああ~、それ分かりますわ~。俺もこの位置だとホントにツラい時ありますよ」
スタンは同意してくれたが、シアが懸念を示した通りハークは確かに寝不足であった。
その原因は首元にぶら下げたエルザルドとの会話によるものだった。
昨夜、虎丸にも手伝ってもらい、2体分だが結局計4つに分割してしまった遺体を、多少は苦労しつつも埋めて片付けた後、長くなると前置いたエルザルドの話が始まった。
『以前、『ユニークスキル所持者』の話をした時に過去の『勇者』の話もしたことを憶えておるか?』
『うむ、コーノと戦う前だったな』
『あの時は詳しく語る余裕や時間は無かったが、『魔族』の封印にもホンの少し言及した。それは大丈夫か?』
『勿論だ。あの後地図で見る機会もあったからな。大陸の北の果て、まるで切り離されるかのように鎌首持ち上げた蛇のような形の半島が突き出ていた。その蛇の根元に封印が施されている、とも聞いたよ』
『その封印の構成物が、先の『封魔石』なのだよ』
『何!?』
ハークは本日久々に使用した、使い古された頭陀袋にしか見えない己所有の『
このハーク所蔵の『
何せ、全長30メートルを超えるヒュージドラゴンたるエルザルドの肉体を、丸々仕舞っておいて尚余裕があるという収容能力に加え、約7カ月が経過しようとも肉や臓腑が腐敗するどころか既に事切れた肉体が、ほんのりとした体温を未だに残しているという春蘭秋菊たる二つの能力を兼ね備えているのだ。こんなもの、金貨に換算したら何百万何千万、いや何億枚に匹敵するか分かったものではない。
当然ながら、仲間達にもこのアイテムの所持に関しては打ち明けていない。互いの為にならぬことは明々白々であるからだ。
つまり、この『
そんな物の中から、ハークは『封魔石』を取り出し、まじまじと見る。
『つまり、この『封魔石』とやらが『魔族』の封印の要となっていたのか』
『その通りだ。ハーク殿が言う半島の付け根、そこは光さえ達さぬ程の、底が我の眼でも見通せぬ程の深い深い峡谷となっているのだが、峡谷を形成する両端の崖壁面が、全長約1千キロメートルに渡って『封魔石』で構成されているのだよ』
『何? こいつが生えているのか?』
当然のように聞こえていた虎丸が話に加わる。虎丸は魔法を使わない為か、声に緊張感が無い。珍しい石が群生している、としか思っていないのであろう。
だがエルザルドは言下に否定した。肉体があったならば瞑目しつつ首を振っていたに違いない。
『違う、違うのだ虎丸殿。谷を、崖を構成する物質、それこそがこの『封魔石』なのだよ』
『え? つまりは一面が
『そうだ。その谷は、いや、穴は現地の人々には『黒き大地の穴』と呼ばれておる。これがまず大陸と魔族の住む半島とを物理的に分断しているのだよ。そして更に南北約50キロメートル、穴に沿う形で魔法の行使出来ぬ空間が存在するワケだ』
『それが魔族の侵入を阻む防壁代わり、……つまりは『封印』か』
『その通りだよ、ハーク殿。『魔族』は前に翼持つヒト族に酷似した種族であると説明したであろう?』
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