193 第14話11:Walk Like SUPER HEROES③




 容量の大きい『魔法袋マジックバッグ』は便利だ。嵩張かさばるものでも無造作に放り込めるので時間が掛からない。

 シアは冒険者としての収入と鍛冶武具店店主としても儲けがかなりのうなぎ登りであったので『魔法袋マジックバッグ』も大容量のものに買い替えていた。アルテオの持つテルセウスと共有の『魔法袋マジックバッグ』も非常に高級なものなので、2つ合わせると相当な量を収納可能である。


 古都ソーディアンの街を出て、ここまで約1週間足らず。

 前半は兎も角、後半は何度かの戦闘に参加し、その中で日持ちのする戦利品は確保していたが、明日で中継地点のトゥケイオスの街に到着するとのこと。

 まだまだ『魔法袋マジックバッグ』の残り容量にも余裕があるので、残ったヒュドラの肉体は斬り落とした首も含めて全て持っていくことにした。

 トゥケイオスの街には冒険者ギルドの支部があるという。この領内では最大の支部だということで、そこでなら納品が可能だからだ。


 ただし、血だけは抜いて容器に移し替えてから仕舞う。

 毒消しの薬などの原料になるので高く売れるそうだ。前世で言う熊の肝みたいな扱いなのだろうか。

 他に皮と牙、そして瞳などはまあまあの値が付くらしい。


 今回ハークは、魔物の部位の中で最も高価である魔晶石を意図的に狙い撃ちすることで、戦闘を極短時間で終わらせていた。

 それは、ハークも含めてほぼ全員のパーティーメンバーがヒュドラとは初の戦闘だったということを踏まえた上で、尚且つトロール並みかそれ以上の強敵であるという情報故の事である。

 つまりは安全策を選択したわけだ。この世界は治癒の薬や回復魔法というものがあり、ハークは後者を使用することが出来るのだが、少なくない魔法力を持っていかれ、それは集中力を犠牲にするのと同義であった。

 今は旅の最中だ。下手に消耗するのは避けたい。

 しかも、仲間であるテルセウス達はあからさまに狙われている身なのだ。明日何が起こるか判然としないどころか、今夜の内に何者かに襲われる危険性だって否定出来はしない。

 万事万全を期すに越したことは無いのである。



 ところで、ヒュドラの肉は食えるそうである。

 毒を持っていても火を通せば大丈夫なようだ。


「塩焼きか。実に美味いな」


 ガブリと噛むと肉の中から熱い肉汁が溢れ出てくるのが美味い。前世の鴨肉に似た味わいだ。癖もあるがそれがいい塩梅となっている。あの奇怪な見た目で繊細な味とは恐れ入る。

 焼き加減も絶妙だ。中まで火が通っているのに表面がほんの少し焦げ目がついているだけに留まっている。


「そうですかい、気に入っていただけて良かったですわ。王都でも滅多に食えん代物ですよ、特に捌き立てなんてのはね」


 作ってくれたのはスタンである。御者から馬の世話と馬車の整備、歌に楽器に食事の用意と本当に多種多芸な男だ。


「あたし、ヒュドラの肉なんて初めてさ! 弾力があって美味いんだね!」


「僕は王都出身ですが、久々に食べましたよ。スタンさんは焼き方上手いのですね」


 テルセウスことアルティナは一人称の使い分けが板についてきたようだ。その横で、アルテオことリィズが無言でガッツいている。彼女は中々の健啖家だが、相当に美味いようで真剣に食している。

 どうも彼女は肉料理が大の好みであるらしい。


 夕食が終わって、スタンはまた弾き語りをしてくれた。

 今日は勇壮な英雄譚で、題名は『9人の英雄隊の物語』。

 生まれも育ちも、種族さえも違う9人の英雄が集い、共に冒険し、数々の英雄的行為を成し遂げていく、これまた有名どころのお話らしい。

 別名『最初の9人』。

 後に彼らの後に続く冒険者達の礎となり、冒険者ギルドが設立する切っ掛けともなった人物達でもあるという。


 シアやテルセウス、アルテオ達も良く知っている話であり歌であるのか、途中で合いの手を入れたり、共に歌を口ずさんだりしていた。



 そんな和やかで楽しげな夕食も終わり、明日に備えての就寝の段へと入ろうかという折り、ハークが一人、まだ眠れそうにないと言い出した。

 旅ではままあることだ。いつもと違う環境に気が昂ったままであったり、妙にザワついたり。本でも読めばすぐに落ち着いて眠気も訪れよう、とハークは火の未だ絶えていない焚き火の前で、己だけで残ることを提案した。


 ほどほどにしておいてくださいね、と宿代わりの客用馬車の鍵を渡され、仲間達とも次々と就寝の挨拶を交わす。自然な仕草と言葉で誰も特に疑いを持たなかったようである。


 とはいえ、虎丸だけには流石に隠しようも無い。


『さて、ご主人、どうするッスか? るんッスよね?』


 当然だ。虎丸の感覚はハークを優に凌ぐのだから。

 昼間のヒュドラとの一戦程度では足りなかったのか、気を逸らせている様子の虎丸に、ハークは苦笑を隠すことも無く念話で返答する。


『そうだな。虎丸はこちら・・・の焚き火前で寝そべっていてくれ。皆の護衛を頼む。儂は少し離れたところで引き付けることにする。儂らの事を知っている者でなければ、一人外れた儂は格好の的であろうし、知っているのであれば尚の事儂から排除しようとするであろうからな。そこを挟み撃ちにしてやろう』


『了解ッス! こっちは任せて欲しいッス!』


 ハークは数本の薪を小脇に抱え、一人野営地から離れる。

 そのまま1キロメートルほど進んだ。

 ここまでの距離を開ければ余程の大立ち回りをすることになっても、スタンや寝ている他の皆に気付かれることは無いであろう。相手にとっては、もしハークの仲間達に気付かれたとしても、すぐに救援に駆けつけられる距離ではないとも判断出来る距離だ。

 実際は、虎丸であれば軽くであっても20秒足らずで踏破可能な距離なのだが。本気を出せば10秒掛からないだろう。


 ハークは持ってきた薪を放射状に並べ、その中心に『火炎球ファイヤーボール』を発生させる。

 魔法とは便利なものだ。碌な下準備も要らず、直ぐに着火に成功した。


 ハークの予想通り、潜む2つの気配は彼の方について来ていた。




   ◇ ◇ ◇




 グレイヴン=ブッホは、幼き頃より自分の相方扱いされるクロウ=フジメイキが、実は心の中で常々自分の事を見下していると知っていた。

 だが、お互い様である。

 グレイヴンの方も、クロウの事を口だけが達者なお調子者で、自分がいなければ何も出来ない情けない臆病者だと蔑んでいるのだから。


 子供の頃からずっとそうだ。

 利発そうなのはあくまでも外ヅラだけ。内面はいつも自分の地位を保とうとせせこましくベラベラと言葉を並べ立てているに過ぎない。


 何故か。

 弱いからだ。臆病だからだ。

 そうでなければ余計な言葉で飾る必要など無い。戦闘や好きなこと以外の余分なことに頭を使う必要も無い。

 奴の家は元々勇者の子孫であるとか吹聴しているようだが、それも怪しいモンだった。


 実際、俺の方が隊長のボバッサには評価されている。そうグレイヴンは確信していた。

 何せ今回のお役目に出発する際に、自分だけに本国から試験的に送られて来たというアイテムを持たせてくれたのだから。


「無いとは思うが、一応通り道ではあるからな。もし万が一、逃げた第二王女の一団と遭遇することになったらコレを使ってみろ。王女も魔法を使うが、かの一団のリーダーはエルフであるそうだからな。我が主様の思惑通りの性能であれば、いや、思惑通りの性能でなかったことなど無いのだが、とにかくそれで完全無力化が出来る筈だ。エルフであれば尚の事、な」


 臆病者の相方が考えた策通り、グレイヴン達は夜も更けようという頃合に目標の姿を発見した。

 無用心にも道からホンの少し外れたところでキャンプをしているようだ。盛大に火も焚いているから発見は容易だった。


「寝静まってから仕掛けるぞ」


 いつもながら回りくどいが、クロウの判断は危機に於いては割かし正しいことが多い。それにもうすぐ就寝するような時刻が近づいていた。もう数時間待てば良い。それぐらいであれば耐えられぬことも無い。

 やや距離を置いた草叢の中に二人して身を沈める。


 ところが二人にとってさらに僥倖が訪れた。

 一団のリーダーと目されているエルフのガキが、寝付けないと抜かして一人集団を離れたのである。しかも護衛の魔獣すら置いて。


 グレイヴンはすぐに仕掛けるべきだと主張するも、クロウがそれを止めた。もう少し待て、と。

 またも臆病が出たか、とも思ったが何も言わない。隊長であるボバッサからも、大抵の事であればクロウに従えとよく言われていた。


 待つこと30分くらいだろうか。魔法で着火した焚き火の灯りで、やけに分厚く、それでいて安っぽい装丁の本をずっと読みこんでいた亜人のガキが立ち上がる。横に無造作に置かれていた奇妙な反りを持つ剣を手に取って。


「さて、もういい加減良いか。準備は整ったかね?」


 そう言ったエルフの瞳は真っ直ぐ二人に向いていた。




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