173 第13話07:想い




「我らの予想は外れました。まず、伯爵が王子一派と接触した時期ですが……、何と2年以上前、奴が未だ領主の座に就いている頃にまで遡ります。領主の城に在る『長距離双方向通信法器デンワ』では該当する通話記録がございませんでしたので安心していたのですが、……何と自邸にもう一台の『長距離双方向通信法器デンワ』を仕入れておりました」


 ラウムの言う『長距離双方向通信法器デンワ』とは、その名の通り『長距離双方向通信法器デンワ』同士で双方向同時通信での会話のやり取りを可能にする超々高級法器である。

 使用するだけでもとんでもなく金を喰う代物で、起動には高レベル帯の魔物からしか奪取出来ない希少魔晶石を使用し、尚且つその内に貯蔵された膨大な魔法力を場合によっては僅か数回で消費し切ってしまうので、高い頻度での交換が必要とされる。


 その為、使用する際には詳細な記録が残される。これは設置されている領や街なら何処でも行われていることだ。

 双方向同時通信の齎す恩恵は凄まじいものがある。特に緊急事態や何らかの災厄に見舞われた際に、正に最大の命綱と成り兼ねないからだ。

 さりとて使い過ぎは厳禁。下手すれば大きな都であっても維持し切れなくなってしまう程だ。気軽な使用など以ての外なのである。


 そんなものは設置するだけでも大事だ。半ば国家的事業に成り兼ねない。


 提示された書類を幾つか手に取り、ゼーラトゥースは唇を震わせている。


「あの大馬鹿者め……! こんなものを2台購入し、維持しようなどとあ奴の手腕では無謀もいいところだ! 王都並みの収入があっても不可能だろうに!」


「陛下がこの古都の御領主に就任された際に、前領主の交際費含め幾つかの使途不明金がございましたが、その内の半分くらいの使い道が漸く判明致しましたね……」


 ラウムが声に無念さを滲ませながら言う。


「筆頭政務官をもう少し早く処断すべきであったか」


「能力や態度はこの際置いておくとしても、勤務には忠実で、問題ございませんでしたから。それに、今日まで検挙を遅らせねば判明出来ぬことも多くありました。こちらを」


 ラウムが新たな書類を差し示す。そこにはゲルトリウスが『四ツ首』の伝手を使ってどうにかラクニ族と接触を図ろうとしていた記録が記されてあった。


「計画を開始したのは5年前……。2年前に資金が切れたにも拘らず続けてこれたのは王子一派からの支援という訳、そして帝国の協力、か」


 最新の記録には、最終的に王子一派が帝国の諜報機関の協力を取り付けてラクニ族との交渉に及んだことが記載してあった。記録された日付はここ数日のものだ。このことから、筆頭政務官がラクニ族の件に関して詳細を知ったのはつい最近なのであろう。自慢気に伯爵が「ラクニとコンタクトを取るなどこの国では余が初めてであろう。前人未踏だ」などと語った事も書かれている。これが無ければ、伯爵と王子一派、そして『四ツ首』の関与までしか判明することはせず、帝国までもが参画していることの証拠までは掴めなかった。


「テルセウス達が襲われ、我々が交戦したのはラクニ族との最初の交渉後に派遣された者達だったのか。しかし、テルセウス達がソーディアンに入る際の門兵に『四ツ首』の息のかかった者がいたとは……」


 ここでハークも話に加わる。伯爵が既に『長距離双方向通信法器デンワ』にて王子一派からアルティナ王都脱出の報せを得ており、『四ツ首』に注意を促していたのが要因であるらしい。後は伯爵自身が街中で確認し、身辺を調べさせたようだ。この時、既にハーク達とテルセウス達が合流しておれば、虎丸の感知能力により後々の展開は防げていたのかも知れない。

 因みにこの辺りでも伯爵家の財政は火の車であり、『四ツ首』との関係も一時解消されかけるが、王都の王子一派からの追加支援により再び現在の協力体制が取られることになったようである。ヴィラデルにより『四ツ首』の実行部隊がほぼ壊滅状態とされたことも関係していた。


「ラウム、問題の衛兵たちは?」


「ご心配無く。既に捕縛しております。自供を促し、裏も先程取れたとのことです」


 今回の筆頭政務官の家宅捜索にて、『四ツ首』から雇われる形で情報協力、または提供していた衛兵たちの身元も粗方判明した。数としては少ないが、組頭程度の地位に就いていた者もいたらしい。



 ラウムだけの考えに依れば、今回の大取物は大成功だった。

 大成功の筈だった。

 正に領内の膿を全て焙り出し、前領主と裏社会組織との確かな癒着の証拠すら挙げられたのだから。

 ただ、事前にアルティナとリィズの身元が割れてしまっていたこと、そして、伯爵側の戦力だけが誤算であった。


「まさか伯爵側があれほどの戦力を得ているとは思いませんでした」


 ゲルトリウス伯爵が『魔獣使いビーストテイマー』であるのは既に周知の事実であった。それ故、彼が魔獣という戦力をどこからか調達してくることは事前に考慮に入っていたのだが、ゲルトリウス伯爵のレベルは30、依って、従えてくる魔獣のレベルもそれ以下であり、精々が複数調達してくる可能性もあると考えられていたぐらいだ。それぐらいであれば、衛兵長であるマルカイッグだけで充分対処が可能となる筈であった。


「まさか伝説の魔獣、ドレイクマンモスを従えてくるとは、思いもよりませんでした。しかもそれがレベル40などと……」


 ラウムが続けて発言した。


 ドレイクマンモスはヒト族が簡単には行くことの出来ぬ凍土、しかも高山に生息すると言われる、半ば伝説ともなっていた魔獣種である。

 深き森の最深部でしか出会えぬとすら語り継がれていた虎丸の元々の種族、フォレストタイガーと希少性は同等の種族でありながら、単純な肉弾戦に於いては魔獣種最強と称される程だ。


 虎丸のSKILL『鑑定』により、ハークから提供されたステータス傾向もそれを裏付けている。

 とにかく魔導力と魔法力を除いた各種ステータスが満遍なく高い。あの鈍重そうな見た目にも拘らず速度能力にも充分に秀でている。

 更に耐久力の高さは尋常ではない。何と現在の虎丸の2倍以上もあるという。ハークに換算すれば10倍を超える。代わりと言っては何だが所持SKILLは非常に少ないらしい。ハークが憶えている限り最初期の虎丸が所持していたSKILL数の半分も無いらしい。『念話』は勿論のこと、『鑑定』も所持していない。

 搦め手無しの真っ向勝負を得意とする、ということだ。つまり真っ正面から戦うしかなかったゼーラトゥース率いる衛兵隊は、あの状況ではどう足掻いても勝ち目は皆無であったと言える。


 ハークが提供した情報を元にラウムによって纏められた資料を渡され、先王ゼーラトゥースは感慨深げに言う。


「うむ、これでは万が一にも余たちに勝ち目は無かったか」


 だが、どこか他人事のような物言いにラウムは諫言を我慢できなかった。


「無かったか、ではございませぬ! 陛下は国の根幹を支える重要なお方、短慮は以ての外でございます! 私も顛末を衛兵長より伝え聞き、卒倒寸前になりましたぞ!」


「そうです、お祖父様! わたくし、アルティナも目の前が真っ暗になりました! もう少し、ご自愛とご自重くださいませ!」


 我慢出来ぬ様子でアルティナことテルセウスも追加で物申している。特にテルセウスは本気で怒っているような雰囲気が垣間見れる。


「おお、アルティナよ。そんなに怒るでない、可愛い顔が台無しであるぞ」


 だが、2人に責め立てられるゼーラトゥースは、さして堪えたような素振りも無く、寧ろ孫娘であるアルティナから心配され、注意を受けたことが嬉しく思えて仕様が無い、といった感じの、見たことも無い緩んだ表情をしていた。


 ハークは知っている。アレは子煩悩、元い、孫煩悩の爺顔だ。

 為政者としては理想的とも言える、冷徹さと計算高さ、そして何よりもこの2つで見事に覆い隠した内面の優しさ、この全てを釣り合い良く備えたゼーラトゥースをして、意外な人間臭さの様なものをハークに感じさせた場面だった。


「お祖父様! 真面目に聞いてくださいませ! アルティナは怒っているのですよ!?」


 そんなゼーラトゥースの様子に、テルセウスは増々御冠である。

 違う、アレは真面目に取り合っていない訳では無い、愛孫に心配して貰うのが嬉しくてついつい顔面を構成する筋肉が一時的に制御不能に陥っているだけなのだ。

 そう取り成して、テルセウスを宥めようかと思った矢先、ゼーラトゥースの顔面筋肉が働きを取り戻したようである。


「ははは……、すまんすまん。ラウムも、な。だがな、二人共」


 そこで言葉を一度切るとゼーラトゥースは尚一層真剣な表情となって語り出す。


「あれはちゃんとした余なりの計算あってこその行動でもあったのだよ。よいか? ここで余が王子一派、ひいては帝国との融和派閥の手によって命を絶たれるならば、それはそれで、巡り巡って帝国対決派、つまりはアルティナにとって確実に追い風となるに違いないと判断したのだよ」


「な、なんですと!? 何故です!?」


 ゼーラトゥースの突然の告白に、ラウムは血相を変える。だが、テルセウスは何かに気付かされたような表情をしていた。因みにハークは表情こそ変えていなかったが、この時点では何のことやらさっぱりである。


「今この国は帝国融和派閥と帝国対決派閥、この二つに二分されている状態だ。が、ハッキリと完全な二手へと分かたれているワケでもない。そこにはどちらに迎合すべきか未だ決めかね、或いは品定めをしている最中の日和見貴族たちも数多く存在しておる。だが彼らとて、余が死ねば流石にその腹を決め、帝国への対決姿勢を明らかにしてくれるに違いない」


 テルセウスも、そしてラウムも絶句し、無言を貫くアルテオ、そしてヴィラデルでさえ眼を見開き驚きの表情を浮かべていた。


 ハークとしては相変わらず表面上は表情を変えぬままだとしても、内心はゼーラトゥースの、既に国主として十二分に働き、その役目を一度は終えた者がその命を傍から視れば一見無駄に視えるような死に様にて散らせたとしても、それが巡り巡って結果的に愛する国と孫娘の為になるならば一向に構わぬという、苛烈なまでの覚悟に、感心していいやら戦慄していいやら惑う程であった。


〈モーデルの先王、ゼーラトゥース! これ程のものか〉


 ハークからすれば、果たしてこの国の日和見貴族とやらがゼーラトゥースの予想通りに動くと確信できるほどこの国に馴染んではいない。が、知恵者であるラウムが黙り、ヴィラデルが驚嘆し、更に天性の感覚を備えたテルセウスをして二の句が継げぬということが、何よりたった今先王ゼーラトゥースが語った事が真実であると示していた。


 しかしだからこそ、だからこそである。

 だからこそ、ここで反論せねばならぬのは、この国に来て最も日の浅く、知識も薄いであろうハークの役目なのであった。


「何を申されるか、陛下。それならば、あなたは帝国対決派の急先鋒、言わば旗頭と成る身でございましょう。そんな陛下が御身を大事にされぬようでは困りますな」


 ハークの口から出まかせ、と言う程ではないにしても、さしたる根拠の無い言葉にもテルセウスとラウムは「そうですよ!」などと同調を見せたが、ゼーラトゥースは首を横に軽く振ると応える。


「いや、余はとても急先鋒、旗頭などにはなれぬ。歳を取り過ぎておる。戦場では最早耐えられんし、役にも立たんだろう。何よりこの都市には軍が無い。王族内での無駄な権勢争いが万が一にも起きぬようにな」


 そう言えばそうであった。

 この地、古都ソーディアンは、そもそもこの国の王族の血に連なる者がその余生を過ごす、保養地のような領地であったのだ。仮想敵国たる東側諸国と隣接する国の端ではあれど、その境には峰高き山脈が聳え、都市周囲を囲む森林地帯と魔物が大軍の進行を不可能にする守りの強固な土地でありながら、それ故に敵どころか味方からも要所足り得ぬ陸の孤島なのである。

 こんなところに軍隊を設置したとしても碌な効果は上げられぬことは明白だ。

 逆に守りが強固過ぎて、場合によっては独立出来てしまう程だろう。下手をすれば国家内国家ならぬ二重国家だ。


 ハークの生きた前世、江戸の最初期に大御所徳川家康が駿府を強固にし過ぎたが為に、すわ息子秀忠の江戸幕府と全面対決かと囁かれたのは、一度や二度の出来事ではない。


 そう考えれば、この都市に軍を常駐させぬのは先王ゼーラトゥースが言うように、万が一の王族内での混乱を避ける為であるのだろう。


「だからこそ、余にはこれ以上、この地でアルティナを保護するには、最早力が足りぬ。なればこそ、ハークよ。お主たちはアルティナ達を連れ、辺境領ワレンシュタインへと向かって欲しいのだ」


「辺境領ワレンシュタイン……。アルテオの御父上が治める、彼女の故郷の地でございましたな」


「うむ」


「分かり申した。明日の決闘でゲルトリウスを見事討ち取ってから、向かうことと致しましょう」


 ハークの宣言にも似た言葉に、ゼーラトゥースは確かに肯くのみであった。





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