168 第13話02:RAGE




 今期の寄宿学校が始まって半年。

 つまり今年のカリキュラムが半分を消化した頃、ジョゼフは自分の、ギルド長用の執務室にて生徒達の試験結果、そして評価結果一覧を一枚一枚丁寧に読み込んでいるところであった。


 結果は上々である。思わずニンマリと笑みを浮かべてしまいそうになる程だ。

 ハーク達パーティーが規格外なのは当然だが、それ以外の生徒達も当てられるような形でどんどん実力を伸ばしている。

 これまでの寄宿学校成績優秀者や総代というのは、当然のことと言うか残念なことにと言うか、既に実戦経験済みの、所謂冒険者の雛鳥ではなく、それなりの冒険者としてある程度名を馳せながらも改めて寄宿学校に入って基礎からしっかりと学び直し更なる上を目指すような人物が該当することが多かった。この場合も他の同期生たちにとっては、間近で本物の冒険者達の姿を、同期生としても拝むことが出来、大いに刺激ともなる筈であるが、そこには矢張り一種の壁のようなものが両者の間に存在していた。それはつまり経験者と未経験者との壁である。言い換えれば先輩後輩の関係に近い。

 しかし、ハーク達にはそれが無い。ハークも含め、元々全員が戦闘経験者、または熟練者であったが、冒険者としての知識と経験は浅かった。いや、殆ど無いと言っても良いぐらいである。これが良い形で功を奏しているのだ。


 彼らは他の未経験者の生徒達と何の垣根も無く交わることが出来る。

 特にシンだ。彼は時に自分を道化にしながらも皆を引っ張ることが出来る、類い稀な『将器』の持ち主である。

 彼の頑張りは皆に伝わり、変に構えさせたり嫉妬させたりと隔絶した思いを抱かせることなく、言うなれば『俺もあいつのように頑張らないと』、というある種健全な向上心を育ませることが出来るのだ。

 これは講師や先輩という、知識や経験の覆し難い差を持つ先達には中々どうして出来ないことである。


 切磋琢磨の末、素の実力が上がれば戦いも楽になるものだ。

 当然、それに追いつくようにレベルも全体的に向上している。特にここ2カ月、長期休暇を終えてからの成長は著しい。

 ハークとそのパーティーメンバー達を考慮に入れずとも、ここ二十余年、ジョゼフがギルド長及び学園長の座に就任してからも、最も成績及びレベル平均値、そして伸び率も高い生徒達だ。


 先月の試験結果も実に良い出来のようである。一人を除いて皆余裕で合格している。

 そのたった一人の落伍者とは、ジョゼフも最初からこうなるであろうと予期していたが、入学初日から問題を引き起こしてくれた王国貴族のバカドラ息子、シュバル=セイル=バレソンである。

 この男に関しては正直、教育の限界である。どんな教育機関であれ、本人が全くやる気の欠片も見せぬのであれば、向上など有り得るものではない。

 レベルだけであれば入学した当初からある程度高かったこともあって、彼より低い者もまだまだ多い。が、全く成長が見られない。彼だけは入学当時から全く実力が変わっていない、と言っても過言では無かった。実際、2~3レベル低い相手と模擬戦を行っても全くいいところなく負けるという酷い有様だった。本人は延々と屁理屈を述べていたが。

 おまけに座学の授業態度も悪く、テストの点数も悪ければ最早どうフォローの仕様も無い。

 遂に今月になって無断欠席も目立ち始めてきたという。彼は自宅がこの街にあるし、近所なので寄宿舎に入らない在宅登校者だ。しかし本日も登校していないらしい。

 そろそろ自主退学も薦めるべき頃合いかもしれない。


 逆に上位陣の何名かは今すぐにだって一流冒険者としてデビューしても良いくらいだ。それでいて講師陣から視ても十二分に成長の余地を残している。

 将来が楽しみで仕方が無い。

 上から半分くらいまではそろそろ卒業も考えても良いほどだ。これはかなり異例のことだが、そうなると忙しくなる。生徒一人一人と面談し、相談しなければならない。

 正直、この学園に所属していれば、まだまだ伸ばすことが可能だと断言できる。正に伸び盛りというヤツだ。

 だが、懐事情が厳しい者もいるにはいるであろうし、早く卒業して名を上げたい者もいるだろう。早く稼いで家族を楽にしてやりたい、と言っていた者もいた筈だ。

 その辺りは個人個人の考えであり、事情である。ジョゼフとしてはその辺も鑑みて、生徒一人一人に最善の形を提示してやらねばならない。


 さて、いつ頃から取り掛かろうかと思い悩み始めた頃、階下の、冒険者ギルド一階の受付場の辺りで騒がしい声が聞こえる。

 嫌な予感を感じてジョゼフは席を立った。



「やめてください!」


「それ以上お入りにならないでください!」


 ジョゼフが階段を下りると、受付嬢たちが全員掛かりで入り口を塞ぐような形となって、数人の男たちと押し問答になっているようであった。

 明らかに厄介事である。それが集団で押しかけてきたという事であろう。


 厄介事の大元の人物を確認しようとジョゼフはゆっくりとその場に近付いた。


「ええい! 貴様ら女では話にならん! ギルド長を出せと言っているのだ! そもそもそこを退けい!」


(この声は御領主様の筆頭政務官の声か? だが、御領主様が来たなら彼女たちが通さぬ筈はない。と、なれば別の人間を連れてきたか?)


 正直、事態が全く掴めない。少しでも判然とさせておくために更に彼は近寄った。そこにまた受付嬢の声が響く。


「いいえ! 退きません! そしてあなた方をギルド長に会わせる気も、学園に侵入させる気もありません! お引き取り下さい! もう衛兵の方々は呼んでいるのですよ!?」


 声の主は受付嬢の中で最も経験豊富で女性陣のまとめ役でもあるブリジットだ。気丈な声だが、自分に判断を仰ぐこともせずに衛兵を呼んでいるのだとしたら余程の緊急事態だ。しかも学園にも関することらしい。


 対する筆頭政務官はその言葉に一瞬怯んだかのようだ。その隙にジョゼフは受付嬢たちに今にも食って掛かろうとする人物たちの人相を確認する。

 数人の受付嬢たちと揉めているのはその倍近い10人ほどの男性だ。その中の先頭の4人に見覚えが、どころか良く知る者達であった。


(筆頭政務官の隣にふんぞり返っているのは……ゲルトリウス=デリュウド=バレソン……。最近姿を見ないと聞いていたが、古都に帰ってきていたのか。その横に息子のシュバルか……。この面子だけ見れば大事な息子を試験で不合格とした俺にバレソン家が抗議でもしにきたのかとも思えるな。元々、筆頭政務官はゲルトリウスがこの街の領主だった頃からの付き合いで腰巾着だった男だ。ここまでなら何らおかしくはないが。あの男は……)


 ジョゼフが不思議がった男、それは昔から黒い噂の絶えなかった人物。そして、本校の臨時講師ヴィラデルディーチェによって『四ツ首』ソーディアン支部の支部長であることが明らかにされ、現在衛兵たちに行方を追われている男であった。

 その男が、ブリジットの言葉に腰が引けた筆頭政務官の肩を掴み「埒があきませんね」と言って場所を代わると、後ろに控えていた暴力の雰囲気を漂わせる残りの男たちに向かって顎をしゃくると言う。


「あくまでも邪魔するというなら仕方ありません。もっとスマートに行ければよかったのですが、今は人員がこんなのしかおりませんのでね。少し痛い目を見て貰いましょうか」


 それを聞いた瞬間、流石にジョゼフも黙っていられなくなった。ギルドの職員である以上、彼女達受付嬢も普通の女性とは言い難い。彼女達がジョゼフを彼らと会わせようとしないのは恐らく、それが余計に事態を悪化させかねないものであるとの考えあっての事であろうが、ジョゼフ自身は彼女達の陰に隠れ、盾とするような考えを享受出来る人物ではない。


「止さんか、馬鹿者共め!! 俺はここだ!!」


 ジョゼフは圧力さえ伴いそうな大音響で呼ばわった。そのまま、驚いた顔でジョゼフに振り向き、悔恨と安堵を混ぜ込んだような複雑な表情を見せる受付嬢たちの間を擦り抜けるように自らが最前列に躍り出た。

 そこで彼は、巨大な物体を眼にした。



 ハークは何故かさっきから落ち着かなかった。

 授業はウルサ先生の算術であり、最近理解が進んできた所為か面白くて仕方が無いというのに集中出来ない。

 この後は昼休憩である。この胸騒ぎの原因は何であるか、その休憩時間を使って調べようと心の中で思い定めたその時、緊張感を滲ませた虎丸からの念話が入った。


『ご主人、……魔獣が居るッス。この街の中、直ぐ近くに。途轍もなく強いッス。もしかしたら、オイラよりもレベルが上かもしれないッス。そしてそれが……今、ジョゼフと対峙しているッス!』


 ハークは授業終了のチャイムも待たずに席を立つ。そのまま講師であるウルサに一言だけ告げて教室を抜け出した。当然その背に叱責が飛ぶが、構う事なく虎丸と共に駆ける。

 冒険者ギルドの建物は寄宿学校の校舎から目と鼻の先だ。校舎から飛び出し校庭を突っ切る最中で喧騒が耳に届いてくる。それで正確な騒ぎの中心地が解る。冒険者ギルドの入り口付近だ。


 全速力で駆け付け、現場に辿り着いたハークの眼に飛び込んできたものは、吹き飛ばされ、成す術無く壁に叩きつけられるギルド長の姿であった。




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