157 第12話07:魔蟲②




「え?」


「え」


「ええ!?」


 響く孵化の音にハークを含めた大人たち3人が其々驚きの声を上げる。

 そしてハークの掌の下で殻が割れる音はさらに続くと同時に、卵の表面上に無数の亀裂が一気に走る。


「お、おい、これは!?」


「わあっ! 産まれるねっ!」


 ユナのその言葉が引き金かのように、吃驚したハークが手を離したその時、殻を突き破って新しきグレイトシルクワームの赤ん坊の顔が現れ出でた。


「おお!? ホントに産まれたぜ!」


「産まれてきたね! オメデトー!」


 早くも尻尾の方も外界に現したグレイトシルクワーム。完全に孵化したと見てユナが嬉々として、そして甲斐甲斐しくその身体に付着したままの卵の殻を取り払っていく。


 一方、ハークはこの時、本当に珍しいことに、完全に面食らっていた。

 前世を含めた60余年という人生で、ハークは今初めて生命の誕生の瞬間に立ち会う事になっていたのである。とてもではないが平静でいられなかったのだ。


 そんな彼の様子に気を留めることなく、ユナは綿毛に着いた殻を落とし切ると優しく自分の身に寄せるように抱き上げて撫でる。


「あれ? こいつ、なんか綿毛に色付いてないか? 少しキラキラしてるぞ?」


「あ~っ、ホントだね! ハーク兄ぃの髪色にそっくりかも!?」


 確かにそうだった、ハークの黄金色の頭髪色とよく似ている。


「さ、ハーク兄ぃも撫でてあげて?」


「わ、儂もか?」


 ユナが新しくこの世に生を受けたばかりのグレイトシルクワームを抱きかかえて連れてきた。対してハークは他の人間からは分かり辛くとも、何と完全に気後れしていた。

 ハークとて前世で赤ん坊を見たこと、触れたことは何度も有る。が、それでも我から近寄ったことは一度も無かった。

 それは赤ん坊が苦手や、ましてや嫌いという事では勿論なく、泣かせてしまったり、まかり間違ってもし傷付けでもしてしまったらと思っていたからだ。つまりは怖がっていたのである。


「ほら、ハーク兄ぃ。このコも待ってるよ? 早くう」


 だが、ユナにここまでぐいぐい来られては断りようがない。


「う、うむっ」


 ごくりと唾を飲み込み、己に気合を入れて、他の人間に知られれば何でそこまでと言われそうな前準備までをも挟んでから、ハークはそっとユナの抱えるグレイトシルクワームに手を伸ばした。

 内心恐る恐る伸ばした手の先に触れる、ふわふわとしたグレイトシルクワームの頭部の綿毛の感触が伝わってきたが、ハークは楽しむ余裕もなく細心の注意を払ってその頭部をさする様に撫でた。


「キューーーン」


 すると、そのグレイトシルクワームが嬉しげな声を上げた。何となくそれが、ハークの触り方、撫で方をいいよと、まるで後押しのようなものを受けたような気がして、彼の緊張は少し緩和される。


「ほう。可愛い声をしておるな、お主は」


 赤ん坊グレイトシルクワームの声に気を良くしたハークがそう語りかけたが、彼のすぐ背後で驚いた声が上がった。シンと村長の声だった。


「え!? コイツ、今喋ったよな!?」


「うむ、聴こえたぞ!? しかし、鳴き声を上げるグレイトシルクワームなど聞いたことも無いぞ!?」


「ぬ? そうなのか? しかし今確かに……」


「あっ……!?」


 大人たちが騒ぎ始めたのと時を同じくして、赤ん坊グレイトシルクワームを抱えたままのユナが突然、悲鳴にも似た声を上げる。


「どっ、どうしたユナ!?」


「あのねシン兄ぃ、このコ、糸出すって」


「今から!?」


「何、もうじゃと!?」


「待て待て待て、ちょっと待ってくれ! 採取箱が無え! ユナ、まだ我慢出来そうか!?」


「ウン! まだ、このコも大丈夫って」


「よしよし! おおーーい、すまねえが桶持ってきてくれー! 糸出るってよお~!」


 シンが慌てた様子で、職人たちが控えているという隣室に向かって大声を出す。すると、ほぼ間を挟まずに桶を持った数人のお姉さま方がどたどたと駆け込んで来た。

 不測の事態だったようで、口々に「え!? 産まれたの!?」「それでいきなり!?」などと言い合いながら準備を整えていく。


 何とか準備が完了したようで、お盆の様な桶を数個抱えた女性からシンが桶の一つを受け取り、未だユナが抱えたままのグレイトシルクワームを眼前に差し出すようにする。


「よし、いいぞユナ。やってくれ!」


「うんっ。よくガマンしたね~。いいよ~」


 ユナのその言葉に合わせるかのようにグレイトシルクワームの口からシューっと糸が吐き出されていく。かなりの量だ。みるみるシンの持つ桶が満たされていく。


「こ、コイツ、希少型だ!」


 そんな中、既に桶半分近くを満たした糸を見てシンが更なる驚愕の声を上げる。


「ほお! 産まれてすぐ糸を出せる時点でもしかしたら、と思っておったがの!」


「村長殿、希少型とは?」


 我慢出来ずにハークは手すきのゲオルク村長に尋ねた。


「ああ、これは失礼をば……。お待たせしてしまい大変申し訳ございません」


「いや、そんなことは構わないのだが……」


「ええ、希少型、ということですよね。実は私もこの目で見るのはこれが初めてなのですが、グレイトシルクワームの吐き出す糸は普通白かやや灰色に近いのです。その糸は高い魔力を宿らせている所為か、先程シンが申し上げたように若干の魔法防御能力を備えると共に非常に丈夫で且つ汚れにくいのです。ただ、これは逆に色染めが出来ない、ということも示しております。着色剤が全く染み込んでくれないのですよ。しかし、ごく一部のグレイトシルクワームは元から色付いた糸を生産してくれることがあるのです。色は様々だと聞いておりましたが、このコは黄色のようですな。まるで太陽の様な暖かい色だ……」


「ほう、確かに」


 やや興奮気味の村長の解説を聞きつつ、もう既に桶一杯に溜まりつつある糸の塊に視線を送ると、彼の言う通りに陽光を受けてきらきらと輝いていた。


「ハークさん、この糸の色、どうかな!?」


「うむ、美しいな」


 結局、産まれたばかりでありながら赤ん坊グレイトシルクワームは桶2杯分もの糸を吐き出していた。その身体を包む綿毛と同じような黄金色に近いが眼に痛いほどの光沢までは持っていない。ギラギラとした金箔の如きではなく、落ち着いた美しさである。


「じゃあ、さ! ハークさん、この糸を使って肌着を作ってもいいかな!?」


「何? 儂のに? いや、儂は構わんが大変に希少なものなのであろう?」


「だからこそさ! なあ、ユナ、村長!」


「うん! きっとこのコもそうして欲しかったんだと思うよ!」


「うむ。この量であるならば問題無く肌着を作ることは可能だろう。ハーク様、どうか我らの感謝の証として、お受け取り下さいませ」


 そう言って村長が再度頭を深く下げた。ここまでされてはハークとしては最早断りようなど無かった。


「承知した。些か過剰な気はするが、この村が感謝のお気持ち、お受け致そう」


「おっしゃーー!」


「わあーーーい!」


 ハークの言葉は、ホンの少し諦念を含んだかのようなものでもあったのだが、シンとユナはその身全てで喜びを顕わにしていた。ユナがグレイトシルクワームを抱えたままぴょんぴょんと何度も飛び跳ねるのは、少々危なっかしく思えたが。

 村長も同じ思いだったようで、飛び跳ねる巫女を宥めにかかっていた。



 作成する服と材料が決まったところで、ハークはその身を隣室へと案内されていた。

 これから身体の『さいず』とやらを測るらしい。細図とは違うのであろうか?


 ともあれハークは服飾に関しては何も知らぬド素人だ。服のほつれを針と糸とで修繕するぐらいは出来るが、それ以上のことはやったことが無い。餅は餅屋というやつだ。シンと村長の二人が職人と呼んだお姉さま方に任せる他無い。


 彼は身体の力を抜いてされるがままに上半身の様々な個所を計測されながら、一方で意識は、虎丸と首から下げた袋の中にある魔晶石に知識を封じ込めた存在、元ヒュージドラゴンのエルザルドとの情報交換に傾けていた。

 無論念話、そして主題は勿論グレイトシルクワームについてである。

 ただ、シンや村長が先程申していたように相当に個体数の少ない種ではあるようで、虎丸は出会ったことどころか知識すら聞いたことも無い存在であるらしい。それもその筈で、エルザルドの数千年以上にのぼる永き生の中でさえ、僅かに数度しかその姿を拝んだことはないということであった。


『ふうむ、ではそろそろ我の役目を果たしていくとしようかね』




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