142 第11話09:レスポンス




 ハークはまず宿直室に向かった。そこには当直の先生方が居る筈である。

 既に時刻は外出可能な門限を過ぎてしまっている。ジョゼフに会おうとすればギルドの建物に行かねばならないが、寮を出るために当直の先生方に許可を得ねばならなかった。


 訪ねると宿直室には戦士科のエイダン先生と歴史家のサルディン先生の2人が出迎えてくれた。今日の当直はこの2人なのだろう。


「どうかしたかね、クルーガー君、何か質問かな?」


 サルディン先生に開口一番そう尋ねられて、ハークは一瞬、くすりと笑いそうになってしまうが、気を取り直して必要なことを伝える。


「いえ、それは明日、授業の際に改めてお願いいたしまする。実はこんな時間にお伺いしたのは、今すぐにギルド長とお会いさせていただき相談せねばならぬ儀が発生したからでございまする」


 返答したのは若いエイダン先生の方だった。


「何? 今すぐかい?」


「ええ。是非に」


「理由を教えてもらえるか?」


 当然の質問であろう。ハークが逆の立場であっても訊かずに済ますことなど出来ないに違いない。まだ就寝時間には早いとは言えども、普通に良識を持つ人間であれば明日の朝にでも改めるのが当然の時刻だ。それを覆してくれと言うのなら、それ相応の理由が必要だった。

 だが、事情が事情だけに全てを伝えるわけにはいかない。


「とある依頼をジョゼフ殿から受けておるのですが……、進展というか問題が起きまして、そのことでお願いというか、相談させてもらいたいのです」


 結局悩んだ末、ハークが伝えられたのはここまでだった。


「うーむ、それだけでは緊急性が判断出来んな。依頼の詳細は話せないのか?」


「申し訳ないことではございますが、依頼の内容をどこまでお伝えするかどうかも、某の一存で決めるという訳にはいかぬのです」


「何? ……うーむ……」


 それを聞いてエイダンは迷い沈黙してしまう。仕方のないことであるが、こちらにとって時間は有限である。決断を促すため更なる言葉を紡ごうとするハークに思わぬところから援軍が到来する。


「良いではありませんか、エイダン先生」


「サルディン先生……」


「クルーガー君はこんな時間に戯れで学園長を呼び出してくれ、などと言う生徒ではありませんよ。あなたも良くご存知でしょう?」


「それは、まあ、そうですが」


「それに先程のクルーガー君の口振りでは、ギルド長は良く事情をご存知の様子です。まだ寝ている時間でもありませんし、我々から一つお伺いしてみれば良いでしょう?」


 サルディンの理路整然とした穴の無い意見に、エイダンはほんの少しだけ熟考する様子も見せたが、やがて首を縦に振った。


「……確かに仰る通りですね。ただ、我々二人で、というワケにはいかんでしょう。一人はここに残る必要があります」


「では、ここは言い出した私が」


「いえ、それこそ私が行ってきますよ。サルディン先生はここでハークの相手をお願いします。何か質問があるようですからね」


 そう言って、エイダンは一人学園長を呼びに行き、ハークはサルディンと共に報告を待つことにした。そんな彼に、サルディンが歴史の講師らしく話を向ける。


「さて、それでは質問というのは何かね、クルーガー君」


 日常の空気そのままのサルディンに毒気を抜かれ、請われるままに明日の授業で質問する予定の事柄を脳裏に思い浮かべかけるハークだったが、寧ろ良い機会であると今最大の興味事をぶつけてみることにした。


「実は、今現在の授業の進行範囲とは全く別の話なのですが、ちょっと事情がありまして興味が湧いたことがあるのです」


「ほうほう、何かね? 構わないよ、私で解ることであれば何でも答えよう。言ってみたまえ」


「ありがとうございます。その事柄とは『勇者』。いえ、『ユニークスキル所持者』と『ユニークスキル』についてです」


 ハークのその言葉に、サルディンは一瞬目を輝かせる。


「ほうほう! それは奇遇だね! 実は私はこの学園の歴史の講師として働きながら、この国と街の歴史の編纂者としても雇われていてね。そんな私の長年の研究テーマの一つが『この大陸に於いての『勇者』、転じて『ユニークスキル所持者』の歴史的な役割と関わりについて』、なのだよ!」


「そうなのですか!?」


 ハークもこれには驚いた。正に渡りに船といったところだ。


「是非、詳しく教えてくださいませ」


「勿論だとも!」


 サルディンが得意知識を遠慮無く発揮できる機会に恵まれた所為か、年甲斐も無く顔を紅潮させて頷いている。

 実にいい話が聞けそうであった。



 エイダンは5分ほどで戻ってきた。なんとギルド長であるジョゼフと共に。

 流石はジョゼフである。エイダンを通してであっても即座に対応してくれたらしい。


「おう、どうしたハーク、何か起こったか?」


「うむ、直ぐに話したいのは山々だが、それは儂の部屋に移動してからでお願いしたい」


 ジョゼフまでついて来てくれたのは僥倖だったが、ハークはつい今しがたまでサルディン先生と『ユニークスキル所持者』及び『ユニークスキル』談議に大いに花を咲かせていた最中だった。身になる話もさてこれからという時に後ろ髪を引かれる思いだ。

 が、正直時間があるかどうかも判らない。気持ちは切り換えねばならないだろう。


「そうか、虎丸殿が隣で張ってくれているワケか。よし、皆で行こう」


「ぬ、お二人も巻き込むのか?」


 ハークはジョゼフが躊躇の欠片も見せぬことに、感心しつつも驚いた。


「まぁな、寄宿学校ウチの人間は基本的に信用できる奴しか集めておらんからな。そうは言っても金とかに弱そうなモンも正直いるこたァいるが、この2人なら間違いねえよ」


「分かった」


 あっさりとしたものである。

 時間が無いかも知れぬという事もあるが、元々ハークとしてもこの2人には信頼を置いて然るべきとも思っていた。確証が無いのは付き合う時間の濃さと量の足りなさ故だ。どちらも満たしているであろうジョゼフの太鼓判ならば否は無かった。


「学園長、正直話が見えないのですが」


「分かっとる。だが、説明はとりあえずハークの部屋まで待ってくれ。サルディン先生もそれで頼む」


「了解です」


「構いませんよ」



 全員でハークの個室に戻ると、丁度ハークが部屋を出て10分だった。

 ドアを開けたハークは即座に虎丸と念話を繋ぐ。


『相手の様子はどうだ、虎丸?』


『予想以上にモタモタしてるッスね。この調子だとまだ20分以上かかると思うッス』


『そうか、時間があるのは良いことだな』


 20分もあれば何とか事前の準備も完遂出来ると安堵したところに、後から入ってきたうちの一人が呆れたような声を上げた。彼の視線はベッドに眠るヴィラデルに向いていた。


「おい、ハーク……、ウチは確かに異性行為自体は別に禁止しちゃあいねえが、門限後は女だろうが誰だろうが招き入れるのは禁止だぞ」


 言葉の主はエイダンだった。だがそれを嗜めるようにジョゼフも口を開く。


「いや待て、エイダン。女をよく視ろ」


「え? ……あ!?」


 言われて気が付いたようだ。が、そこから先の台詞は冷徹な声でサルディンが引き継いだ。


「ヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクス。古都3強の一人だねえ」


「その通りです、サルディン先生。彼女はこの部屋の上部、屋根上で大量の血を流し意識を失っておりました。そのまま放っておいては死亡しかねないと判断したため、話を聞くということもあり部屋に運び込んだ、という訳にござりまする」


「ふうむ、ナルホド。だが正直、それだけでは幾つもの疑問が我々には残るね。学園長?」


「ああ、そこからですな。我が校の生徒二人がどうも闇組織に命を狙われているらしくてなァ、同じ期の学生になる予定で四六時中一緒に居られるであろうハークとその従魔、虎丸殿に白羽の矢が立ったんだよ」


「四六時中……。ということはテルセウスとアルテオですか?」


 先程は妙な方角に勘違いをしたエイダンだったが、一度意識を入れ替えたのか理解が非常に早い。


「うむ。敵は恐らく『四ツ首』、雇ったのはテルセウスが身内、我々の予想は彼の兄だ」


「またも継承問題ですか。ロンたちの事といい……、続きますな」


「続いて欲しくねえ厄介事が連続で起きる時ってのは案外そんなモンだ。そんで、ハークがコイツを助けたのは同じ同朋エルフ同士だからではなく、コイツヴィラデルが『四ツ首』関係者であるから、という事だな?」


 その言葉にハークのこめかみにびきりと青筋が立ちかけるがいつもの鉄面皮で耐えた。無論、怒りの矛先は目の前のハークのベッドでのうのうと眠り続ける性悪女にある。


〈やれやれ……、ヴィラデルの奴めが。勘違いをしたのは以前この身体に宿っていた人格の幼さ故みたいなこと言っておったが、ジョゼフですらしっかり関係者扱いしておるではないか!〉


 しかもヴィラデルの代わりにその疑いを否定しなければならないのは更に業腹だった。しかし、まずもってそれを話さなければ進むものも進まないのだから避けることは出来ない。せめてもの腹いせにキッチリとした事実を盛り込んでおく。


「まず、同じ同朋だからではない、ということは全くジョゼフ殿が言うその通りだ。儂とこの阿婆擦あばずれとは種族は同じでも、出身地が全く違う。お互いに同朋などと思ったことは一度も無い、あくまでも赤の他人だ。ただ、この女が先程自ら語ったところによると『四ツ首』から仕事の斡旋は受けていたことは認めていたが、所属をしたことは一度も無いと言っておった」


「何? ハーク、その辺の話をする時間はまだあるか?」


「大丈夫そうだ。虎丸によると20分程度は残されている」


 ジョゼフが視線を送ると虎丸が頷いた。


「そうか、ではその辺の話を掻い摘んででも構わん。よろしく頼む」


「了解だ」




 それから約10分ほどでハークの話は完了した。多少端折っての伝言のようにはなったが伝えるべき要点は伝えられた筈である。

 まず口を開いたのはギルド長たるジョゼフだった。


「『ユニークスキル所持者』かよ。厄介極まりないな」


「それでクルーガー君が興味を持ったという訳ですね?」


「ええ、その通りです」


 ハークが頷きながら答える。


「そういやサルディン先生は『ユニークスキル所持者』に関しての専門家でしたな」


 ジョゼフの言葉にサルディンはしっかりと頷いた。


「ええ。まあ、歴史編纂のためにではありますが、一端の専門家を名乗れるほどには知識を集めたつもりですよ。しかし、ハーク君の話というか、彼女の話を信じるならば、長年エイル=ドラード教団が語ってきた『我ら教団信徒の神への祈りが勇者をこの世界に導く』という話が全くの出任せであったとの証明にもなりますな」


「確かにそうだな……。……そうなると……、コイツは非常に厄介な、由々しき問題かも知れねえぞ。今じゃ教団の信仰国家や勇者保護国家も数少なくなっていやがるからな。そう考えると国に管理もされてねえ『ユニークスキル所持者』が何人も存在しているってことになる」


「そんなに恐ろしいことなんですか?」


 エイダンが訊く。

 ハークにとってもその辺りの事は訊いておきたい。成す術も無くあのヴィラデルが殺されそうになったのであるからその脅威は推して知るべしではあるが、本物の危険度に関しては掴みかねている部分があった。




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