62 第6話11:Magic Arts②




「『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』!!」


 果して、ゲンバの手から『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』が発射された。

 そして、一目見て、ハークは自分にはこの攻撃を正面から全て防ぎ切ることは出来ないと悟る。


 『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』は一度に全ての飛礫を射出する魔法ではない。次々に形成した氷の飛礫を連続で放つ魔法なのだ。

 いわば散弾の連射といえる。ハークの刀では一太刀二太刀で全てを受け切ることは不可能だ。どうしても撃ち漏らしが出るだろう。

 そう判断してハークは回避を選択した。

 横っ飛びで何とか全て躱しきる。今までハークがいた場所を氷の飛礫が通過し、後ろの地面に当たって派手な土煙を上げた。


〈かなりの威力だ。やはり儂では耐えきれん〉


 ジョゼフは2~3発受けても何の痛痒も感じさせずに前進出来ていたが、同じことをハークが出来るとは思えない。

 見れば『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』が直撃した地面は大きく抉れている。


〈一発一発が種子島並みの破壊力があるかも知れん〉


 種子島とは、ハークが前世を生きた世界で刀や槍、弓矢に代わり主武器となりかけていた高威力武器であった。

 費用と、習熟が必要不可欠な扱いの両面から誰もが持てるような一般武器とは成らなかったが、戦国末期ではこれの数を多く揃えたほうが戦に勝利する、とまで言われた火縄銃である。

 その威力は、距離によっては人体をも簡単に貫通でき、鎧であっても防ぎ切れない。急所に当たれば一発で騎馬武者すら殺せるものだった。

 当時、最強の名を欲しい侭にしていた武田騎馬隊が、織田鉄砲隊の前に壊滅させられたのは戦国の世が終わった後でも有名な話だ。


 だがハークには前世に想いを馳せる時間も、余所見をし続ける暇も与えられなかった。


「『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』!!」


 またもゲンバから『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』が発射されたのだ。

 ハークは転がりながらこれも何とか凌ぎきったが、心は焦燥に捕らわれていた。連発出来るとは思わなかったからだ。


〈あの威力で連発とは恐れ入る〉


 一発一発が前世最高の対人兵器並みの威力を持つ氷の飛礫を連続で、しかもばら撒く様に一人の人間が発射出来るだけでハークには驚異であった。まるで鉄砲隊一個部隊に集団で狙い撃ちにされている気分である。

 鉄砲であれば一発放てば次弾装填までに時間が掛かるというのにそれすらもない、というのは最早反則的である。


 実を言うと、この状況はハークとゲンバのレベル差、ステータス差が大きな要因を占めていた。

 『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』は同レベル帯同士であれば、本来、牽制程度にしかならない低威力の初級魔法なのだ。どんなに魔力を注いでも相手に与えるダメージはそれほど変わらず、その代わりに避けにくい魔法なのである。如何にレベル帯の違う者達の戦いが一方的に高レベル有利なのか、との証明とも言える状況だった。


「そこだ! 『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』!!」


 そして3度目の『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』が放たれた。

 地に転がったままのハークは流石に全弾躱し切れず、左脚に一発貰ってしまう。


「うぐっ!?」


 予想通りと言うべきか、左腿に刺さった飛礫はいとも簡単にハークの肉を貫通した。幸い端の方であったので、動きにそれ程の影響はなさそうである。


 このままではマズイ、と判断したハークは、浅くとはいえ抉られた左足に無理をさせてでも、直ぐ近くにあった岩に身を隠すことを選択した。それ程大きな岩ではないが、かがめばハークの小さな身体を覆い隠すことも出来よう。

 全力を込めたことで抉れた傷から結構な量の血が噴き出すが、構わず走り岩に身を隠した。


〈やれやれ……、アレをどうにかせぬ限り、儂では近付くこともままならんか〉


 一息吐き、ハークは状況を頭で整理する。

 現況は好転するどころか悪くなるばかりだ。こちらは近距離にしか活路どころか攻撃手段すらないのに、間合いは近付くのとは反対に離される一方だ。一先ず身を隠しての一時の安全は確保したが、これは正に袋の鼠というヤツである。結局はあの魔法『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』を正面切ってどうにかせねば勝ち目が無い。


『ご主人、危ない!!』


 その時、急に虎丸から自身の危機を告げる念話が飛んできた。虎丸にしては珍しい必死な声音に、ハークは反射的に自らの全感知能力を全開にした。

 その中の一つ、魔法感知能力が自身が身を隠す岩の表面から魔法発動の兆候を敏感に感じ取った。


〈まずい!?〉


 ハークは後先も考えられずに兎に角その場を脱出した。一拍遅れて巨大な氷柱が岩から真横に生える。『氷柱の発現アイシクル・スパイク』だ。危なく串刺しになるところであった。

 それにしても、注意していれば魔法の発動をゲンバが唱えるのを聞き逃す筈など無い。それだけ己が深く思考の淵に沈んでいたのだろう。だが、本当に恐るべきはこちらの姿を目視していなくとも攻撃可能な魔法スキルの利便性である。これでは前世での鉄砲のように、何か丈夫なもので身を隠したとて気を抜くことは許されない。


 安全圏とハークが思い込んでいた場所から強制的に叩き出された形だったが、直ぐに追撃に襲われるといったことは無かった。

 かなり無防備に岩陰から飛び出さざるを得なかったため、そこを『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』で狙い撃たれていたら、成す術が無いとまでは言えないにしても相当に追い込まれる結果に陥っていただろう。


 だが実際には先程の『氷柱の発現アイシクル・スパイク』とは別の魔法発動兆候を感じ得ない。


〈どうやらほぼ同時に魔法スキルを放つことは不可能なようだな〉


 お蔭で九死に一生を得たようである。

 とは言っても状況は今まで通りハークにとっては厳しいままだ。結局はハーク自身の手で正面から『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』をどうにかするしかない。


 ふと視線を送ると、虎丸が既に後ろ足まで立たせていて、今直ぐにでも走り出せる体勢になっている。ハーク自身の我が儘で一対一の状況を続けさせて貰っている以上、これ以上長引かせて心配させるわけにもいかなかった。


〈さて、今度はホントの本当にぶっつけ本番の賭けに出るしかないな……〉


 ハークにしても手が無いワケでは無かった。だがそれはたった今戦いながらに脳裏に浮かんだ土壇場の手札である。今までやったことも試したことも無い技術であるので、実行できるかどうかも分からず無論試す時間も無い。まさに土壇場の賭けであった。

 これによく似た状況は2度あった。1度目は古都ソーディアンの南西角城壁付近にて戦ったドラゴン、レベル100のエルザルド戦で、殆ど無我の境地で体得した一意専心・一芯同体・示現流・奥義・『断岩だんがん・チェスト』を放った時。

 そして2度目は、つい数時間前、ハークが襲い掛かるラクニ族を新しい武術SKILL、一刀流抜刀術奥義・『神風』で一刀のもとに葬った時だ。確かにその場での思い付き技を実戦でいきなり使用したという状況は2度目のラクニ戦とそっくりだが、あの時はもしあの技が狙い通り発現しなかったとしても勝敗には全く関係は無かった。狙い通りの効果が望み通りに発現させられなければ己の生死に関わりかねない状況というのはむしろ一度目のエルザルド戦に近かった。

 とはいえエルザルド戦の一意専心・一芯同体・示現流・奥義・『断岩だんがん・チェスト』は前世でも何度か試し済みの技術が元になっている。今回はそれすらも無い。ホントの本当にぶっつけ本番というのはそういう意味であった。


〈まあ、あの時に比べれば失敗しても己が大怪我する程度だからな。気が楽というものだ〉


 覚悟を決め、ハークは構えをとる。『断岩』の構えである八相から更に腕を身体の後ろ側に伸ばした、まるで振りかぶるような構えだ。

 そして、当然の如く、間合いを詰めるべく走り始める。

 そこに間合いを詰められぬようゲンバが魔法を発動するのもまた当然であった。


「『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』!!」


 ゲンバの正面に幾つもの氷の刃が形成され、発射される。それを視てもハークは前に進む足を止めることなく、そのまま刀を振った。

 未だ相手に届く筈の無い間合いで。

 そして氷の飛礫すらまだ発射され切ってもいない間合いで、下に向けて。

 腕をたたむことなく、大きく振りかぶった状態から剛刀を振り降ろせばどうなるか。当然、刀身が地面に突き刺さる。

 地に刀が中程まで突き刺さったまま、構うことなくハークは走り続け、更にその間、刀に魔力を流し続けた。その刀身の先の土や小石にまで浸透するように。


「秘剣・『山津波』!!」


 そして裂帛の気合いと共に持てる力全てでもって振り上げた。土砂を巻き込みながら。



 自らも遠距離攻撃を撃ち出すことを要求されたこの場面で、ハークの脳裏に浮かんだのは虎丸の『斬爪飛翔ソニッククロー』であった。

 何度か眼にしたこの攻撃を、ハークは己の刀でも再現出来ぬものかと既に何度か試している。

 結果は全て失敗だった。何度試しても魔力で作った刃が形成し切れないのだ。恐らく攻撃力か速度能力、もしかするとその両方が足りない、というのが横で見ていた虎丸とハーク自身の一致した見解だった。

 虎丸によると『斬爪飛翔ソニッククロー』の剣撃版である『音速斬撃ソニック・ブーム』は、レベルで言うと30台後半からでないと習得できない強者専用の超高等SKILLに属しているらしい。

 つまりはレベルが圧倒的に足りない、ということだ。


 だが、この戦いの中でハークは気付いた。魔法SKILLが魔力を氷などの物体に変えて攻撃に使用しているのであれば、剣戟も何物かに乗せて・・・・・・・撃ち出すことも可能なのではないか、と。そしてそれが風のような実体のないモノではなく、確かにそこに有ると実感でき、尚且つ常に存在する物であれば……。即ち、土砂であった。



 刀と共にたっぷりと含ませた魔力によって、細かい砂や小石が固まって刃を形成し、第2、第3のハークの刀となる。

 現代人から見れば、まるでゴルフの大きな駄振りの如くといった感じだが、ハークの土壇場の試みは見事成功し、巻き上げられた土砂はハークの斬撃と魔力を吸って、無数の刃を内に秘めた土石流となって『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』で射出された氷の飛礫を呑み込んでいった。


 そしてそのまま、その延長上に居たゲンバをも呑み込もうとする。


「うおおおおおおおーーー!?」


 突然の未知なる攻撃に襲われ、ゲンバは回避行動すらとることは出来なかった。ゲンバは目の前のエルフの少年に、遠距離攻撃の手段が無いと踏んでいたから尚更である。

 来襲する土石流の前に、ゲンバは頭部だけは防ぐように腕を眼前で交差させて防御体勢をとるのが精一杯だった。

 土石流に含まれた細かい刃は通過する瞬間にゲンバの表皮と服を無残に斬り裂いていく。

 刃に斬られた傷自体の一つ一つは深くなく、正直ダメージもそれ程ではなかったのだが、その数と、未知なる攻撃に曝されたという事実がゲンバに二重の衝撃を与え、その硬直を産んでいた。


 眼前に、既にハークがいた。撃ち放った自らのSKILL、秘剣・『山津波』の直ぐ後ろを追い駆け、間合を詰めていたのだ。


「ッ!!『氷の霧アイスヘイズ』ッ!!」


 これ程追い込まれた状況であってもカウンター用の魔法を放てるのは、ゲンバ自身の弛まぬ努力と才能の賜物であった。

 が、一度体験させてしまっている技は、二度もハークには通用しなかった。

 視界が塞がれる寸前に相手の武器の位置や体勢を脳内に記憶し、残りは他の四感と魔法感知能力によって補足する。


「奥義ッ!『大日輪』!!」


 空中に真円の軌跡を描いたハークの剛刀が、ゲンバの直小剣をまたも刀身の根元から斬り落としていた。




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