40 第4話08:刀というモノ




「あの剣、シアさんが造ったのか!? スゲエな!?」


「カタナっていうのさ。ハークに指導して貰ったからこそ出来た剣だけどね。もう作成方法から根本的に違ったんで大変だったけど。どうだい? 及第点くらいは貰えるかい?」


「アレを一撃で葬っておいて文句など出るはずもない。満点の出来だ」


 ハークが大太刀の出来に太鼓判を押すと、シアは照れたように匙の柄の先で頭を掻いた。


「そりゃあ良かった。使い手に喜んで貰えるのが一番だね!」


「なあなあ、シアさん! 俺にも一本、そのカタナってやつ打ってくれねえか!? カネなら今回の依頼の俺の分け前分で足りなけりゃあ少しはあるからさ!」


 先程の戦闘結果を見て、シンが件の武器を求めるのは当然の成り行きだった。強さを求める冒険者稼業を志す者たちにとって自身のレベル以上の敵に挑むことができ、且つ不意打ちとはいえ一撃で葬れる武器など伝説や御伽噺の類である。

 だが実際に自らの目で見たのだ。疑う余地すらない。ならば大金をはたいてでも手に入れようとするのは当然の流れである。


「んーー、まあ材料は特に特別なものを使用するワケじゃあないしね。作成費は今回ので充分足りると思うよ。……けど、このカタナって武器はハークみたいに特殊な技術に精通していないとあそこまで恐ろしい斬れ味は出せないみたいなんだよねえ」


「え? そうなのか? 確かに反り曲がっているけど、そこまで奇妙な形というか、剣の形と言うか概念からそれ程逸脱しているようには見えないが…」


 その言葉を聞いて、やはり一介の村に住んでいた普通の青年にしては難しい言い回しをしているなと思いながらも、ハークは己の後ろに立て掛けていた大太刀に手を伸ばす。


「論より証拠だ。使ってみろ」


 言うやいなや半信半疑そうな様子のシンに向かって、ぽーん、と山なりに大太刀を放り投げる。

 シンも一瞬慌てた様子だったが、持っていた椀を置いて結局は過不足なく受け取れるあたりハークより上のレベルであることが垣間見れた。


「おっ、とと。イキナリだなあ。んじゃあ遠慮なく抜かせて貰うぜ。……って、何だこりゃあ? 抜き辛いぜ?」


「ああ、抜く前に鞘の口側の端っこ、そうそこを握って。んで、鍔を親指でぐっ、と押してごらん。そうそう。すぐ抜けないようにって、割と固めに作ってあるから」


「へえ、ロックしてあるようなモンか。む、片手だと重てえな」


「構造が普通の剣と全く違うからねえ。ぎゅっ、と中身が詰まっているようなもんさ。長さもあるし両手で持たないとね」


 流石に一度作って刀の構造を熟知したシアが解説しながらシンに指導する。

 しゃらん、と小気味良い音を奏でながら大太刀の刀身が鞘の中から姿を現し、焚火の炎を反射して鋭い光を周囲に放った。


「おお~、片刃なのは見て判ってたケド、刃に模様があるんだな。近くで見ると綺麗なモンだぜ」


「よし、シン。こいつを空中で斬ってみろ。ホレ」


 ハークはまだ火が付いていない、やや太めの薪を選んで先程と同じように山なりにシンに向かって放り投げた。

 それがまだ空中にあるうちに、シンは難無く大太刀で迎撃する。カッ、と音がして刀身の先端にほど近い『物打』の部分に薪は刺さった・・・・


「ありゃ?」


 両断できると思ったのであろう。シンが不思議そうな声を上げる。

 先の戦いでの結果を見ればそう思わざる得ないだろうが。


 シンの振った大太刀は少々太い薪枝を半ば過ぎまで斬って止まっていた。

 普通に考えれば十二分に斬れ味の良い、かなり高級品といえる手応えだ。しかしながら、明らかに先程のジャイアントホーンボア戦で見せた凄絶且つ超絶無比な斬れ味とは一線を画している。


「心配する事ぁ無いよ。あたしも工房で振ってみて同じような結果だったからね」


 不思議そうな顔をするシンに、シアが訳知り顔でやんわりとフォローと入れる。


「ハークさん、俺の振りが遅いのか? それとも力が足りてないのか?」


「力はともかく、振りは足りんかも知れん。だがシアにも言ったが刀に限らず刃物ってのは引いて斬ることでその本来の斬れ味を発揮するものだ。今のシンのように腕だけ振り回しては、斬れ味の優劣は表れにくい」


「そ、その斬れ味の優劣を出す斬り方ってのは、どうやればいいんだ?」


「肩や腕、さらには足など、全身を連動させて剣を振らねばならんな。身体に染み付けるには時間が掛かるぞ」


「どのくらいだい!?」


 大太刀を元通り鞘に納めながら、シンは勢い込むように訊ねる。

 その勢いに押されたわけでもないが、ハークは前世での弟子達を脳裏に思い浮かべる。

 高名な剣士であったハークは晩年、多くの門下生を抱えていた。


「うーむ、一つの型を憶えるだけでも才有る者であっても1週間。それだと付け焼刃もいいところであるから、せめてひと月は必要だ。実戦で使えるようになるのは、いくらお主の身体ができておると言っても更に先となるだろう。完全に全ての型を憶えられるのは最低でも3年。才が無ければ10年経とうが修めることは不可能だ」


「そうか……。かなり掛かるんだな……。だけどよ、そいつを修めればハークさんみたいな力が得られるってコトだろう? そんなら……」


 何故か増々やる気に満ちてきたシンの言動に、ハークは押し留めるような仕草をして彼を落ち着かせようとする。


「待て待て。お前さんは剣と盾での戦い方をするのであろう? この刀という武器は両手で使うのが基本だ。片手で扱うことも出来ぬわけではないが、難易度は更に跳ね上がるぞ。現に儂とて、その長さの大太刀となると片手ではまだ自在とまでにはいかぬのだからな」


 先程の戦いでシンは右手に片手用の両刃剣、左手に胴体が隠れる程の盾を装備して戦っていた。


「いやしかし……、あれだけの強さがあれば盾など!」


「だから待てというに。お前さんのスラムの仲間たちを想う気持ちは分かるつもりだ。そのために、早く強くなりたいというのも、な。だが盾というものにそれ程詳しいつもりはないが防衛手段としては使い勝手の良い武具だということは儂にも判る。敵を倒すことも重要だが己の身を守れぬのでは本末転倒であろう?」


 ハークの説得、のようなものを受けて、少し落ち着いたのかシンは手の中の大太刀とすぐ横に片手剣とともに置いてある盾を見比べて言った。


「そうか……、つまりはハークさんの戦い方は攻撃特化のスタイルなのか。そりゃそうだよな」


 何となく納得したかのようなシンの呟きの中に、すたいるとかいう聞きなれぬ言葉もあったが気にせず言葉を続ける。


「無論、刀での凌ぎ方、所謂身を守る為の防御手段や型もある。それでも単純に防御能力のみで考えればどうしても盾には劣るだろう」


「せっかく身に着けた戦い方が無駄になるワケね」


「シアの言う通りだ。最終的に刀を使うことを選ぶとしても儂の様に一刀流で戦うか片手剣を小太刀に変更するだけかどうかも決めねばならん。いずれにしても一朝一夕どころかその場で決定すべき事柄ではない。じっくり己で熟考せねば後々に後悔する結果となるだろう。最低でも明日、依頼が無事終わってから決めるべきだ」


「そうか……。確かに、成る程な」


「この先の冒険者生活に於いて結構重要な判断になるんだね。ところでさ、ハーク」


「なんだ?」


「あたしは盾も持ってないし、武器はこの大槌一本なんだけど。あたしにゃあどうなんだい?」


「いや……お主はまず刃を立てて振り降ろすところから始めないとな……」


 シアは刀に限らず刃のついた武器を扱う際に必須とも言える、目標対象に向かって垂直に武器を振り降ろすという事自体がまず出来ない。

 刀作成時、本業の鍛冶作業中での打ち込みでは見事に面を捉えて打鎚していたので大丈夫だと思ってシアにも大太刀を試し斬りさせた際、殆どナナメに振り落とされたのを見てイキナリ折れるんではないかとハークも焦ったものだ。

 あの時も試斬り用に使用したのは奇しくも今回と同じ薪枝だった。その素材がもしもう少し固い素材を選んでいたらと考えると、折角完成した大太刀がその日に使用不能になりかねなかった可能性すらあり、今更ながらに血の気も引くというモノであった。



 ハークの主武器たる刀の話で始まり、ひとしきり武器談議で盛り上がった後、夜も更けたという事で就寝となった。


 翌朝までもたせる為に大量にくべた焚き木がぱちぱちと爆ぜる音と、少し離れた場所に流れる小川のせせらぎに周囲が包まれる中、炎からのぬくもりにほんのりとハークも眠気を感じ始めた頃、シアとシン、そして虎丸の寝息が耳に届いてきた。


 ちらりと左隣を見ると右腕を枕にこちら側へ向いてすうすうと安らかな寝顔を見せるシアの姿が目に入った。


 実に無防備な寝顔だ。

 起きている間は意志の強そうだった瞳が閉じられて幾分あどけなく感じられつつも、未だ鎧に包まれたままでありながら自己主張の激しい胸の双丘に、時たま鎧の隙間からのぞく太ももや二の腕からは工房に居た時の彼女とは別の意味で魅力的だ。


 ハークからすれば、彼女は言わばどストライクだ。

 外見はモロに好みであるし、性格もさっぱりとしつつ面倒見が良いようで好感しかない。

 前世であれば、この状況で猿の如く圧し掛かろうとは思わないが(シア相手にはそんなことしてもブン投げられて終わりだろうが)、寝る前にアプローチの一つや二つでもして甘い言葉をカマした筈である。

 あの頃の己に対する周囲の評価は、女性にだらしがないとまではいかなくとも女好きの遊び人ぐらいは言われていたに違いないし、そのような自覚もある。流石に手当り次第ではないが、好みの女性には手練手管も使って積極的に迫ったものだ。


 しかし今世、この身体になってからというもの、どうもそういったことに対する関心が薄くなったように感じる。

 美しい、魅力的だとはもちろん思う。しかしその先の感情が湧いてこない。

 今もすぐ横で無防備な寝顔を見せるシアに対してイマイチ衝動が起きてこないのだ。

 これは街中で魅力的な女性を発見しても同様であった。


 ハークの現在の身体、その肉体年齢は外見的に10代前半に見える。ひょっとするとまだそういうこと・・・・・・に興味を惹かれる前の年頃なのかもしれない、とも思いつつ、彼は次第に強く感じてきた心地良い眠気にそろそろ身を任せることにした。




   ◇ ◇ ◇




 翌朝、快晴だった昨日とは打って変わって空はどんよりと曇っているのか、元々木々に覆われて光の届きにくい森の中はさらに薄暗い。

 それでも進むべき方角は虎丸について行けば良い為、迷いようがない。

 一時間も経たずに目的地である村予定地が見え、そこに巣食う依頼目標モンスターの姿も確認した。


「……でかいな。巨人ではないか」


 小さな囁き声でハークが漏らす。遠くて正確には掴めないが、軽く2丈(約6メートル)に届きそうだ。確実に虎丸よりデカい。

 人の二倍以上とは言われていたがあそこまでとは思わなかった。もはや伝え聞く地獄の悪鬼のようである。金棒のような棍棒を携えてうろついているのがさらにそれを助長させる。


「どう? 虎丸ちゃん、アイツのレベルは」


 離れた小高い風下の草叢に一行は身を隠しつつ、矢張りシアも小声で虎丸に話しかける。

 『鑑定』のSKILLを持つ虎丸は目標のステータスや所持SKILLまでも明らかにする為、既に数分に渡って凝視していた。


『レベルは33だ』


「さらに上がってるじゃないか……」


 天を仰ぐようにシアが嘆く。

 レベルはこの世界に於いては強さのバロメーターである。この中では虎丸が一番強くレベル37。次点が彼女でありレベル22。

 ギルドの事前の調査ではトロールのレベルは32だった。ただでさえ10もあったレベル差がさらに広がったのである。

 この世界の常識で普通に考えれば、レベル10以上の差がつけば攻撃など殆ど通用しない。

 つまりは虎丸以外、戦力外通告されたと言ってもよかった。


「なんで? ギルドの調査ミス?」


「いいや、違うな。シア、奥を見てみろ」


 シアはハークの指し示す方角を目で追いかける。

 そこにはこの土地を人の住める場所に作り変える為に森の一部を切り開き、地面をならして畑用の土地を開墾した人々が少しの間生活したと思われるあばら家が、まるで爆ぜるように砕かれていた。


「なんだ? 爆発した跡? 暴れでもしたのか?」


「そうじゃない。恐らく戦闘痕だ。壁に血の痕が残ってる」


 ハークに言われてよくよく目を凝らしてみると、確かに砕かれた壁一面に血痕らしきものが残っている。と言うより壁一面が血痕で赤黒く染まっているのだ。表面積で見れば凄まじい量である。あまりにも広い範囲に飛び散っており、まるで爆発痕のように見えなくもない。


「あたしたちがギルドの依頼を受けてこの場所に着く前に何者かが手を出したっていうのかい。ンで返り討ちにされて挙句喰われちまった? 余計な事を……。依頼を受けてもいないのにレベル30以上のトロールなんかに手を出す奴なんかいないから冒険者じゃあないね。他の魔物との縄張り争いか、或いは野盗か……」


「人間種、のようだな。壁の近くに短剣らしき武器が落ちているのが見える」


「どういう眼ぇしてんだよ。エルフは眼も良いんだな。それで、どうするんだ? 結局、虎丸さん任せ? 足手まといにならないようであれば、俺も参加させて欲しいんだが…」


 シンが同じく声を潜めて話に加わってくる。彼と同じく虎丸任せは仕方ないとは思いつつも、ここまで来たのだしシアも出来る事があれば戦いに協力したいと思っていた。


「ふむ、虎丸よ。どうだ?」


『トロールはステータス的には攻撃力と体力偏重型ッス。怖いSKILLも持ってないッスし、動きも基本鈍重ッス。マトモに攻撃を貰えば終わりッスけど2人共深追いしなければ問題無いと思うッス。正面に立たないようにして意識を散らしてくれればオイラも楽になるッス。ただ体がデカい分歩幅も長いッスから、追い掛け回されたらオイラの後ろに回って欲しいッス!』


 今回、虎丸は念話をパーティー全体に繋げているため、シアやシンもこの言葉を聞くことが出来ていた。


「了解だよ。かなり虎丸ちゃん任せな気がするけど、可能な限り手伝えるよう手を尽くすよ」


「一撃も喰らえないと思っとかないとな…。ところで2人ってのは俺とシアさんだよな? ハークさんはどうすんの?」


『ご主人は一度あれくらいのレベルの相手と戦って勝ってるッス。だからオイラが指示するまでもないッス! 心配無いッス!』


「え!? ホントに?」


 驚きに一瞬声が大きくなってしまうシン。慌てて自らの口を抑える仕草をするが、視界の先のトロールがこちらに気付いたような反応は見られない。十分に距離を取っているとはいえ無警戒なものだ。


「虎丸と一緒にな。しかも、左肩を割られたし、結局トドメを刺したのも儂ではなく虎丸だ。その言い方では勘違いされるぞ」


 あの時は本当に参ったものだ。

 攻撃が全く通じず、容貌や仕草などに全く表れぬ武術・兵法に由らぬこの世界特有の強さ、レベルとステータスに終始翻弄され続けた。

 結果大怪我を負い、一瞬の機転が通じなければあの時点で死んでいてもおかしくはなかった。

 しかし、それでも前世から丹念に積み上げてきた剣技が無駄ではなかったということは確信することができた。そして、この世界特有の強さも徐々にではあるが手に入れつつある。


 そういう意味ではあの時とは違うと、己の成長を証明する戦いとなるのかもしれない。


『そうッスか? けど、今のご主人なら、あんなトロールごとき心配ないッス!』


 虎丸の言う通りだ。

 その言葉に、ハークが不敵な笑みを浮かべた。先のジャイアントホーンボア戦では使うことなく終わってしまったが、そろそろ新開発のアレを使うべきであろう。


「そうか。その期待には応えんとな。よし! 皆行くぞ!」




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