34 第4話02:物事の落ち着く先
「ぷはーー! さっぱりした! しゃわーとは実に良いモンだな!」
熱いシャワーで汗と汚れを流したハークが気持ち良さそうに虎丸に言う。広いシャワー室なので虎丸が居ても余裕である。
本来、シャワー室を使用するのは有料であるが、今回はギルド長の
熱い、というよりも温い適温の湯が柄杓の頭のようなものの先端に沢山開いた穴から一定時間注ぎ続けてくれるのだ。最初は前世の滝行を思い出したのだが、温いお湯であればこうも感じ方が違うものかと感心した。
仕組みが気になって虎丸に念話で尋ねてみたが正解だった。
水を生み出す法器と、その水を温める法器が2種使われているのだろうという事だったが、この法器、高級なものほどエルフの住む森の都、森都で製造されているという。つまりは今現在の己の身体、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーの故郷で生産されているらしいのだ。そんなことを赤の他人に聞けば怪しまれることこの上ないところであった。
『法器とは確か特定の魔法を自動で発動出来る便利な生活用具、ということであったな?』
虎丸が、ギルドの女性から貸与されたふわふわした布地を咥えて渡してくれる。それで全身の水気を拭き取りながらハークは念話を飛ばした。
『そうッス。ただ、一部の人間種には法器を使ってデッカイ岩なんかを打ち飛ばしてきたりだとか、自分の魔法を増幅したりだとかするッスよ』
『ほう、軍事にも使われるのか。その法器を製造する為に魔物から摂れる魔石が必要不可欠であるということから、最も高価な部位だということだったな』
現代人であれば大型電池や大容量バッテリーなどを想起するであろうが、ハークにはその発想は無い。ただ、冒険者の活動や数が、この国の豊かさをある意味支えているのであろうな、などと思うのみである。
『ところで、虎丸はしゃわーを浴びぬのか? なかなかに気持ちが良いぞ』
『オイラはいらないッス』
その言葉に珍しく明確な拒絶を感じて、ハークは前世の飼い猫を思い出す。
『何だ、虎丸も風呂に入るのは嫌いか?』
『も、って、ご主人もッスか?』
ハークの言い方に虎丸は別の受け取り方をしたようである。しかし、あえて訂正せず、ハークもそう言えば風呂は前世で殆ど入った経験が無いことを思い出す。ただし、その理由は好き嫌いという訳ではなかったが。
『儂も風呂は入らぬ主義であったが、虎丸の様に嫌いという理由ではないな。風呂はどうしても裸になるものなのだから、当然刀も手放さねばならん。そんな状態でもし刺客に襲われれば殺されるがままとなるしかないからな。
『へえ、でも、今はいいんッスか?』
ハークの刀は大太刀も共に虎丸の傍に服と一緒に纏めてある。
『うむ、この世界には常に
その言葉を聞いて虎丸の機嫌は急上昇したのであるが、ハークはその様子に気付いてはいなかった。虎丸、というか猫科の大型獣の表情変化など非常に分かり難い。
『モチロンッス!』
なのでハークは、やけに気合の入った返事だな、とぐらいにしか感じなかった。髪の水気もある程度拭い終わって服を着る。
「さて、行くとするか」
そして、シャワー室を出るとハークと虎丸はギルド2階にある応接室とやらに向かった。
応接室の扉を開けると、ジョゼフは既に部屋の中央に置かれたテーブル奥のソファに腰掛けていた。
「む。来たか」
「遅くなって済まぬ。それとしゃわーは実に気分の良いものだった。重ね重ね礼を言う」
「気にするない。ま、とにかく座ってくれ」
ギルド長に促され、ハークもジョゼフとテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛ける。
「さて、と。いきなりで悪いんだが、早速本題に入らせてくれ。2日前にこの街の南東壁を突き破って、ドラゴンが侵入したのを知っておるな?」
「ああ、勿論だ。儂と虎丸もそこに居た」
ジョゼフとしては段階的に一つ一つ聞いていくつもりだったのだが、いきなり機先を制される結果となった。とはいえ、それで不快感を滲ませたり慌てたりする程若くもない。
些か肩透かしを受けたような気分にはなったが。
「ほう、現場でお前達を見たという奴がいてな。スラムの連中を援護していたという報告を受けておる。間違いないかね?」
「間違いないな。いかんのかね?」
「とんでもない。報告した中にはお前さんに命を救われたと言ってる奴もいてな。そいつからも礼を言っておいてくれと頼まれているし、俺も感謝している。そ奴の名はリードといってな。リードを救い、スラムの民達の命を助けてくれてありがとうよ」
「そのリードというのは儂が庇った冒険者の男のことか。彼は無事だったか?」
「ああ、お蔭さんでな。今では既に稼業に戻っとる。奴からは直接会って礼を伝えたいと言われておる」
「礼には及ばんよ。儂は避難の援護をしたに過ぎん。それに最後まで守りきった訳でもない」
「その辺のことを俺も知りたいんだ。リードを助けた後のことを是非教えてくれんかね? あ奴等は
「了解した」
ハークはその後のことを滔々と語った。事実に虎丸たちと話し合って決めた展開を混ぜ込んで、である。内容としてはこうだ。
倒れた冒険者とスラムの少女を守るため、ハークと虎丸は全力でドラゴン相手に立ち向かったが、やはりすぐにハークの魔力、そして体力が尽きてしまい、もはやこれ以上は戦闘不能と撤退を選択するしかなかった。
魔力体力双方尽きて意識を失ったハークはその後、ギルドの医務室に虎丸によって運ばれ、後は医務室長マーガレット=フォンダの厄介になった。
ハークの語る内容に対して、唯一と言っていい懸念があの時倒れた冒険者、リードの傍らに居たスラムの少女である。彼女は唯一の目撃者なのだ。名はユナというらしい。
ユナも助け出された当初は意識を失っており、目覚めてからエルフのお兄ちゃんがドラゴンを斬った、などと証言していたようである。しかし、周りの大人たちと駆け付けた冒険者たちにこぞって有り得ない、見間違いか夢を見ていたのだろうと結論付けられ、本人もそう納得しつつあるようだ。
ユナという少女には悪いが、諭してくれた大人、及び冒険者達には感謝だ。彼らにとってはレベル一桁のエルフがドラゴンを傷付けることが出来るなど100%無いと踏んでのことなのだろうが、その方がハークにも都合が良い。
冒険者の重鎮たるジョゼフも同様に考えているようで、ハークの言葉に特に齟齬を感じた素振りも無かった。それどころか頷きながらハークの話を補完してくれる。
「そうか、これで繋がったかもしれん。元々お偉いさん方はヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスが現場に介入し、最終的にドラゴンに傷を与えて撤退させたと考えているんだ」
「ほう」
果して何処からあの性悪女の名前が出てきたのかは知らぬが、押し付けられるなら否やは無い。溜飲も降るというものだ。
「儂らはあの時余裕など皆無だったから、彼女の姿には全く気付けなかった。が、必死に抵抗することでドラゴンの注意を引き付ける形になったのかもしれん」
この言葉がトドメだったらしい。ジョゼフはしきりに頷き、ハークの台詞を肯定した。彼の言うところのお偉方の推理と一致したのかもしれない。
ハークにはスラムの住民達を救ったということで銀貨5枚が渡された。その代りという事でもないが、リードを含む『
このソーディアンの街に訪れた当初は、すぐにこの街から離れることになるだろうと考えていたのだが、シアという冒険者仲間も出来た事であるし、もう少し滞在しようと思っていたところである。会って話すだけなら問題は無かった。
最後にジョゼフからは再度、寄宿学校を受講することを勧められた。
忘れていた訳でもなかったのだが、この2日間はその事に関してじっくり考える時間が無かった。虎丸たちとの話し合いもしていない。
具体的に考えるならば、寄宿学校に参加することで生じるメリットとデメリットとかを話し合って明確にする必要があった。
ジョゼフに寄宿学校の件は、答えを保留にする形としたところで、ドアがノックされ、ギルドの女性職員がシアの来訪を告げた。
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