25 第3話03:鞘と刀と褐色肌


「……むう」


 今朝と同じ天井が視界に入り、ハークは己の状況を悟る。

 また倒れたのだと。


「あら、ハークちゃん、目を覚ましたのね。まだ辛いようなら寝ていなさい」


 冒険者ギルド本部医務室室長マーガレット女史のほんわかとした声が聞こえてくる。

 起き上がるのは少しまだ億劫だが、それでも体の疲れとかとは別物なので気力さえあれば問題無い。

 魔力切れも4度目であり慣れたものだと自分では思っていたが、先程は落胆により気力を一時的に失った挙句に意識を手放してしまった。


「もう大丈夫。それよりすまない。また厄介になってしまって。何時間、儂は寝ていた?」


「気にしなくていいのですよ、私の仕事ですもの。寝ていたのは大体4時間くらいかしらね」


 と、すると2時間が一刻であるから4時間で二刻、憶えているのが辰の刻半(午前9時頃)であるから今は正午を過ぎたあたりか、などとハークは頭の中で計算している。


 ハークの寝ていたベッド下に寝そべっていた虎丸がひょこっと顔を出す。


「こやつが連れてきてくれたのですな?」


 虎丸の頭を撫でながらマーガレットに聞いた。


「ええ、そうよ。念話というのは私も初めての経験だけど凄いものなのね。魔獣さんとお話しできるなんて」


『また世話を掛けてすまんな』


『とんでもないッスよ!』


 撫ぜる手を強めてやると喉を鳴らし始めそうな勢いだ。


『因みに…何と言ったのだ?』


『普通に、『人間よ。また主が気を失った。手当を頼む』って言っただけッス』


 ハークはいくらかホッとした。

 そこまで心配していたわけでもないが、虎丸は時々ハーク以外の人間に不遜な話し方をする時がある。というか、本来が逆なのであろう。ハークにのみ丁寧な話し方をするものだから、妙な下っ端口調となっているのだ。


 ハークはとりあえず起き上がろうとする。

 魔力は半分も回復していないので幾分頭がボーっとするが、この街は完全に統治されているようで中に居れば危険はないとこの数日間で判断できた。虎丸が何時も傍にいてくれるのだから尚更安心と思える。


 と、そこへドアを数回ノック後、マーガレットのどうぞの声を聞いて医務室への新たな来客が入室してきた。


「マーガレット。邪魔するぞ」


「あら、ギルド長さん。いらっしゃい。…どうしたの?お疲れね?」


 溜息すら吐きそうな表情で入ってきたのはこの冒険者ギルドの長だった。一度遠くからなら見たことがあった。確か名をジョゼフ。


 マーガレットの言う様に非常に疲れた顔をしていた。疲れ方から見て気苦労の方であろう。殿様から呼び出しを貰った後の弟子の顔を思い出す。


〈何か厄介事でも押し付けられたのかもしれんな〉


 ハークの目から見るとそんな雰囲気だった。


 視線に気付いたのだろう。ジョゼフもハークがいることに気が付いた。


「おっと、先客がいたか。本当に邪魔しちまったようだな。……ん? 昨日の事件じゃあ確か怪我人は一人で、現場で片付いたって報告を受けてたんだが……?」


「ああ、このコは違いますよ。修練場で鍛錬に身が入り過ぎて魔力を使い過ぎてしまったのです」


「ほう、今のご時勢にしては珍しく勤勉だな。感心なモンだ」


「ええ。本当ですね」


 マーガレットの言葉に急に破顔したジョゼフが言った一言が少し気になったハークは話に割り込んでみた。


「鍛錬が珍しいのか?」


 どちらにかけたともない言葉だったが、答えたのはジョゼフの方だった。


「まあな…。近頃の情勢がレベル偏重だという所為もあるんだが、昔はよくステータスを押し上げたり、新しいSKILLや魔法を習得しようと多くの若いモンが修練場で汗を流していたんだがな…。今ではそんな暇があったらレベル上げに勤しむってのが、ここ最近の風潮だ」


「王国の模擬戦への参加も、レベルによってお給金が変わりますものね」


「そうなんだよな。まあ、冒険者ギルドウチも手間と時間削減の為にパーティーの平均レベルのみで依頼の受注制限を判断するようになったから、文句を言えた義理ではないんだがな」


 自嘲するように話すジョゼフの言葉に、ハークは、やはりレベル上げはしなければならないな、との思いを強くする。


 現代風に言うならば、学歴が良くても資格が無ければある種の仕事を請け負えないし、給料も上がらないのと同じと言えるだろうか。


 昨日の戦闘で、ハークのレベルは14に達していた。

 まだまだ一般兵士と同じくらいであるが一気に5もレベルが上がったのは驚きだった。刺客3人組は3人で3から9へと6レベルの上昇であるから、1体でこれは、流石は暫定最強と言ったところだった。

 ただ、虎丸も2レベル上がっていたのだが、もう少し上がってもおかしくないと首を傾げてもいた。一方で、それについては、虎丸は精霊種へと進化したし、ハークもエルフというレベルが上がり難い人間種であるということで説明がつくかもしれないらしい。

 己の種族がレベル成長し難いというのはその時初めて聞いたが。


 思案の海へと沈みかけるハークに気付かず、ギルド長は話を続けた。


「そういや修練場のド真ん中に真ッ二つになった胴鎧が落ちておったが、あれをやったのはそこの白い魔獣か? それともお前さんか?」


「儂だ」


 別の事を考えていたハークは、弾かれるように答えてしまった。


〈しまった。ここは虎丸がやったことにしておけばよかったか〉


 などという考えが浮かぶが、もう遅い。覆水盆に返らずというものだ。


〈やはり多くの人の目があるようなところで行うべきではなかったか。周囲の視線には気を配ってはいたのだがな。…しかしな、危険な街の外で魔力を殆ど失って、へたり込んでしまうワケにもいかんだろうしな〉


 人に見られないようにするには周囲に人気のない場所で修練すればいいのであろうが、前世での京の都にも似たこの古都ソーディアンで、人に隠れて剣の修行をする場所など早々見当たる筈も無い。

 そうなるともう街の外に出てやるしかないのであるが、示現流・奥義『断岩』は使用する度に体内の魔力体力をすべて使い切った感覚へと陥る。魔物が闊歩する外の世界で、いくら虎丸が常に傍にいてくれるとはいえ、精も根も尽き果てた状態になるのはある意味自殺行為に近い。

 そこで冒険者ギルドに修練場があると知り、『断岩』の反復練習と技の再確認の為、使わせてもらっていたのだ。


「ハークちゃんは武術SKILLを練習してたんですよ」


 話題を変えねばと思っていたところにマーガレットが口を挟む。


「そうなると、『剛撃』か、何かか。エルフは魔法に秀でている筈だが、剣撃も嗜もうということだな。手を増やすのはいいことだ。ますます感心な坊主だな」


「そのことなんですけどね、ギルド長さん。ハークちゃんに寄宿学校に入らないかってお奨めしていたんです」


「ほう、それはいいな。向上心があるヤツには打って付けだし、他の連中の刺激にもなる。今季の締め切りも近いからな。何なら俺が試験を見てやってもいいぞ」


 とんとん拍子にマーガレットとジョゼフの間で話が進んで行く。話題は変わったのは良い事だが、応えねばならぬようだ。


「まだ考え中なんだ。締め切りは何時までかね?」


「10日後だな。今季は定員まで埋まることはないとは思うが、その気になったら早めに頼むぜ。まあ、遠目で見た限りだが、あそこまで見事に鉄製の胴鎧を斬り裂く腕があれば、合格どころか奨学金もカタいぜ。得物はどれだ?」


 ハークは急に話題が戻ったことに一瞬ぎくりとしたが、ジョゼフは目の前の少年が鉄鎧を木剣で掻っ捌いたなどとは毛ほども思っていないということにホッとする。考えてみれば斬った現場を見ている者はいない筈だ。いくらでも言い訳が効く。


「あれだ」


 そう言って、虎丸が抱えるように持つ日本刀を指差す。相変わらず布をぐるぐる巻きにして鞘代わりにしている。


 ジョゼフは指し示されたその刀をまじまじと見つめた。

 あまりにも長い間見つめていたので、何か不審な点でもあったのかとハークが思い始めたところで、ジョゼフが口を開いた。まるで感に堪えたような口調だった。


「ありゃあ…かなりの業物だな。だが、抜き身ってのは感心しねえな。鞘はどうした?」


「先日、壊れてしまったんだ。今朝、代わりのものを作成してもらおうと職人街に行ってきたんだが、満足のいくものを作ってもらえなくてな。そうだ、ギルド長。どこかいいところを知らないだろうか? 紹介してもらえるとありがたいのだが…」


「おう、いいぞ! 冒険者ギルドウチにも所属しているが、本職は鍛冶職人でな。中々の腕利きの奴がいる。場所教えてやるから行ってみるといい。若ぇから古都の職人連中と違って、ちゃんと客の要望にも応えるしな。俺の名前を出せば断らねえ筈だ」


「助かる」


 こうしてハークはギルド長お奨めの鍛冶職人店に向かうこととなった。




   ◇ ◇ ◇




 ギルド長に指示された場所に虎丸と共に行ってみると、職人店街でもかなり奥の方にあり、建物は相当古びていた。ギルド長は若い店主と語っていたが、外見からはとてもそうとは思えない。


〈先代の工房を継いだ若き店主…、というところなのかな?〉


 門を潜って中に入ると入り口に展示してある武器は僅かで、奥に在る工房と店が一体化していた。客の注文を聞きながらその場で手直しが出来る店構えというワケだ。

 ある程度腕に覚えがあるからこその構造と言える。客の手前、小手先や誤魔化しが効かないからだ。


〈ふむ、店構えだけで見れば期待できるな〉


 飾られている武具も、ハークの剛刀には及ばないものの、これまでこのソーディアンに来てから目にした武具の中では最も出来の良い部類に入る。

 具体的に言うならば、あのいけ好かない女、ヴィラデルの持つ大鉈のような大剣と、意匠こそ違うがほぼ同じ位の出来の良さだった。


 ハークが奥に声をかけるとすぐに返事が返ってきた。


〈ん? 女性の声〉


 家族の者か、結婚していれば嫁さんか、とも思ったが、程無くして、奥の家屋へと続くドアを開けて声の主が現れた。

 ぬっ、と現れた人影にハークは目を剥いた。


〈で…でかい!?〉


 まずハークの目に飛び込んできたのは、たわわに実った巨大な二つの双丘であった。色は鞣革なめしがわのように浅黒い。それが汗であろうか、水にぬれて艶めかしく光沢を放っている。しかも形が良い。あれ程の大きさにもかかわらず、重力に負けずにしっかり、ツン、と上を向いていた。一本闇が走った様な深き谷間に目線が吸いこまれそうになるのを理性で耐える。


 別段、ハークは女性を胸から観察するなどという趣味は無い。彼が、これから姿を現すであろう人物の顔が現れる高さに目線を留めていたら、そこにドデカい胸が現れたというだけである。つまり現れた人物はそれ程に背が高かった。


〈七尺(約2メートル10センチ)を超えるくらいあるんじゃないか……?〉


 正に見上げる高さである。男性だったとしても相当大きいと思ったヴィラデルをはるかに超えている。

 だが、只大きいだけではない。体格もがっちりとしていて、出るところは上述の通り出まくっているがへこむところはへこんでいる。

 どうしてそんなところまで見えるかというと、下半身はぴっちりとした布地に包まれており、腰から上は両肩から垂らした2本の細い帯と繋がった白い布で巻かれた大事なところだけを隠しただけの、体の線が丸見えと言っていい恰好だったからだ。

 現代風に分かり易く言い換えるならば、タイトなジーンズのパンツルックに、上はタンクトップのみと言ったところだろうか。


 それが汗で濡れて、大事なところすら透けて見えてしまいそうである。恐らく熱いところで作業中だったのだろう。


 これ以上はいい加減失礼になるだろうと思い、苦労して視線を上にあげるとそこにもまた視線が釘付けになってしまった。


〈こりゃ大した別嬪さんだな……〉


 女性の美しさに一時我を忘れて見惚れる、という経験は前世も合わせればハークにとって幾度か経験がある。しかし、その種の美に見惚れたのは初めてだった。


 彼女は野性的な美に輝いていた。



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