22 幕間③ 後始末②
旧王都であった時代から使われている会議テーブルに差し向かいで座った二人はお互いにグラスを掲げて軽く乾杯後、一口飲む。
二人の間には酒のツマミ用にしては大きめの皿にこんもりと盛られたサラダが置いてある。ゼーラトゥースは
「ほう。『健康草』か。美味いな。これは…塩昆布か。ドレッシングに混ぜたのだな?出汁が出て中々良い」
シャキ、シャキ、という歯触りが心地良い。
『健康草』とは元々肉料理などに添えられるもので爽やかな辛みを持つ。栄養価も高く本来は別の名前があるのだが、今では通称であった方が有名になってしまった。それほど食べるだけで健康になれると謳われる食材であるが、その辛味故に中々まとめては食せるものではない。
しかし、下町の居酒屋の料理人が考案したドレッシングをかけると、いくらかまろやかになり辛味の角が取れる。激務に耐える主の健康を考え披露しようと
とはいえ本来はこのようなことは許されない。先王が臣下の者と共に酒を飲みながら、臣下の者がその場で拵えた料理をつまむなど言語道断である。が、今は二人きりではあれど、この光景を咎めるような者は、もはやこの城には少ないし、その少ない咎める者の前では二人も絶対にやらない。
「うむ、実に美味いな。『健康草』の辛味が後を引く。こうなるとアレも食べたいものだのう」
「アレ…、でございますか?」
「うむ、お主が前に作ってくれたツマミだ。何と言ったかのう……スプリングなんちゃらの……」
「ああ、『スプリング・クレセンタム』のガーリックソース和えでございますか?」
「おお! それよそれ。アレも実に美味かった」
「よろしければ御作り致しますよ?」
先王が所望した料理は火を使う必要がある。当然、執務室に調理器具などないが、この魔導師の青年にかかれば二人分の食事を作る火を手の平に発生させて、維持することなど造作もない。
「む。うう~~~~ムムム……。やめておこう…。これ以上食うと夜の食事に支障を来すからな。また、料理長に要らぬ心配をかけてもつまらぬ」
「左様ですか」
そしてまた室内は先王が軽食を摂る音のみに包まれる。
残りが殆ど無くなったところでゼーラトゥースが箸を止めずに言う。
「ところで、何か言いたかったのではないかな?」
魔導師特有のローブに身を包んだ青年は、ずっと微笑を浮かべながら先王の健啖な様子を眺めていたが、その言葉に片眼を見開く。
「それ程のことではございませんが…」
「構わぬ。言うてみよ」
「なれば。お館様、あの男と同じようなことを言うのは些か癪ではありますが、お人好しは確かに美徳ではございますけれども、腐り切った者にこれ以上大切なお館様のお時間をお掛けするのは如何なものかと存じます」
「あの男のことか」
「はい」
「心配してくれるのは嬉しいがな。余が時間をかけて人を見極めることなくば、お主はここにはおらんかったのだぞ?」
「これは、一本取られましたな」
青年はぴしゃりと楽しそうに自分の額を叩いたが、続けて言葉を紡ぐ。
「しかし、アレは視たところ腐ってしまってどう仕様もありません。早晩、枝より落ちるかと」
「確かにな。まあ、心配するでない。時期が来れば、諸々とまとめて膿は出す」
「了解致しました」
全てを食べ終わると箸を置いたゼーラトゥースはぐいっと酒を飲み乾し懐紙で口を拭う。
「さて、それでどうなのだ? 報告を聞かせてくれ、ラウム」
先王のその言葉で姿勢を正した魔導師の青年、ラウムは淡々と語り出した。
「はい。まず、ドラゴンでございますが。やはり交戦した者がいたようでございます。手の者に調べさせたところ、スラムの住人達の避難を手伝った冒険者チーム
「ほう!? エルフとな?」
「はい、ギルドにも
あの男とは筆頭執政官のことを表しているのは明らかであった。
「そのエルフは強いのか?」
「いえ、まだ子供であるようで…レベルも一桁台とのことです。ただ、回復魔法が使える貴重な人材で、連れた魔獣もレベル30越えの強者でございました」
「組めばかなりのことが出来ような」
「はい。ただ、ドラゴンを退散させたとなると……」
「無理がある、か。その
「
「倒せぬ、と見てか。素晴らしい判断だな。そのエルフと魔獣は無事なのか?」
「はい。魔獣を連れたエルフなど目立ちますからね。本日、職人街地区にて目撃されております。念の為、手の者にも確認させました」
「それが本当ならば勲章ものだが……ならば何故、彼らは名乗り出ない? 冒険者であれば名を売るチャンスではないか。まさか本当に戦神のご加護ということなのか?」
「いえ、何者かがドラゴンに傷を負わせ、退散させたのは確実でございます」
「ほう、その口振り。現場へ行ったか」
「はい、昨日の内に。現場で凄まじい破壊の痕も視てきました。そこには血の跡も見つけられませんでしたが、代わりにこれを発見いたしました」
ラウムは自分専用の
それは生物の骨のように視え、また、鉱物の結晶体のようにも視えた。
「ドラゴンの折れた牙でございます」
「何!? これが!?」
「はい、どうぞお納めください。魔法で鑑定済みでございます」
ラウムは牙の欠片を布で包み、先王に渡した。ゼーラトゥースも流石にヒュージクラスドラゴンの牙なぞ視たことは無い。国宝に龍の牙で作られた魔法の武器があるが、アレは既に加工済みだ。
まじまじと見つめ、ひっくり返しては様々な角度から眺めている。
「と、いうことは、誰かがドラゴンを傷付けて退散させたのは確実、か」
「はい」
「何者なのだ? 何か手がかりは無いのか?」
「実は私、現場でもう一つのものを発見致しました。魔法で積層形成された氷壁の欠片でございます。確保しようともしましたが、残念ながら溶け切ってしまいました」
「ほう、氷魔法か。心当たりは?」
「あります。古都3強とも言われるヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスです。彼女は
「うむ、その名は聴いたことがあるぞ。だが、しかし、確か彼女は……」
「ええ、『四ツ首』の関係者であるとも噂されております。お館様。よろしければ、私個人の推測を語らせて頂いても宜しいでしょうか?」
「無論だ。頼む」
「されば。…ヴィラデルディーチェは間違いなく強者です。ですが彼女は冒険者としては完全にソロで、パーティーを組みたがりません。単独では先程のエルフと魔獣のコンビと同じくドラゴンを撃退することなど不可能でしょう。そこで協力者が必要になります。彼女との関係が噂される『四ツ首』には古都3強の内のもう一人が所属しております」
ゼーラトゥースはそこで話の流れを理解したらしく、手で膝を叩く。
「成る程! 確か名をダリュドとかいったな」
「はい。盗賊上がりで『四ツ首』の始末屋をしている危険な男です。この男とその子分達がヴィラデルディーチェと共に行動しているのを街の人間が目撃していた情報もございます。彼女とダリュド、そしてその子分達であれば、ドラゴンを撃退させられるかもしれません」
「そういうことか。名乗り出れぬのは、協力者がお尋ね者であった為、か。痛し痒しよのう。それ程の英雄的行為をしたのであれば、勲章ぐらい贈りたいものであるが」
「ヴィラデルディーチェは兎も角、ダリュドは確実に組織の人間ですからね。犯罪者を英雄にするワケには参りませんし、代わりに金目の物で褒美を取らせるにしても、その金が確実に『四ツ首』に流れることでしょう」
「全くだな。犯罪者組織を太らせて良いことは無い、か」
「そうですね。しかし、彼らも全く利益が無かったということはないでしょう。折れたドラゴンの牙を持ち帰ったでしょうからね」
「お主の持ってきた牙は彼らが回収し損ねたもの、ということか」
「はい。素材に使える大きさを売れば、一生遊べるひと財産といったところでしょうか。ヴィラデルディーチェは冒険者でございますから判りませんが、ダリュドは確実に売り払うことでしょう。つまりはどこかでドラゴンの牙が取引されていれば私の推測が正しかった、ということになりますが、念の為、ヴィラデルディーチェに実際に会って、話してみようかと思っております」
ゼーラトゥースは腕を組んで考えた。腹心であるこの男に万が一のことがあっては、この後のことに支障が出る。ラウムに抱えさせてしまっている仕事は多岐に渡るのだ。
「手の者に行かせた方がいいのではないか?」
「手の者達には公の立場というものがありません。刺客と勘違いされれば危険なこととなるでしょう。それに比べ、私であればお抱え魔術師としての表の顔がございます。ダリュドならばいざ知らず、ヴィラデルディーチェは冒険者として一応は名が通っております。私を害するような短気は起こしますまい」
ゼーラトゥースはしばらく黙考したが、ラウムの言葉に齟齬は無い。なれば冷徹な指導者としては認めざるを得なかった。
「わかった。ただし、存分に気を配るのだ。腕の立つ者を何人か連れて行け。衛兵長のあの男がいいだろう。お主に死なれては困るのだからな」
それが最大の譲歩だった。
「勿体無いお言葉でございます」
「事実だ。本当に気を付けるのだぞ。それで……だ」
先王が言い出しにくそうに膝と指先でトントンとする様を見て、ラウムは何の話を求められているか気付く。
「ああ、姫様のことでございますね?」
「うむ」
若干ではあるが、ゼーラトゥースがはにかみを見せている。肉親の、孫への情を見せるのを恥ずかしがっているのであろう。如何に普段は冷徹な指導者として振る舞ってはいても、その本質は暖かい人間であることをラウムは良く知っていた。
「心配ございません。手の者が見張っております。今のところ、怪しいものが近くに潜む気配もありません。昨日はリィズ殿と共に鍛冶屋職人街を散策していたとの報告にございます」
「鍛冶屋職人街? 何故、そのようなところに?」
「恐らくではございますが、木を隠すなら森の中とは良く言われることでございます。しかし、その木の枝が変わっていて、この地方では見られぬものであったとしたら。ということかと思います」
「すまぬが武具には詳しくない。単刀直入に言ってくれるか?」
焦れたようにゼーラトゥースが言う。珍しいことであった。武器に詳しい詳しくないとかそんなことではなく、愛孫のことを考えているせいで数少ない彼の駄目な部分が出ているだけのように思えた。
「失礼いたしました。姫様とリィズ殿の持つ剣は王都のもの。この古都ソーディアンで売られている剣とは若干意匠が異なります。見る人が見れば王都から来た余所者であると、すぐに気付かれることとなるでしょう。ですから、その前にあらかじめこの古都で売られる武器を購入しておこうということかと思うのです」
「成る程! そういうことか。流石はアルティナだな」
「全く持って同意でございます」
多少、誉めるポイントが低い気もするが、アルティナの優秀さについてはラウムも良く知っていた。
「明日、ジョゼフと会談の際に話すつもりだ。アルティナをギルドの寄宿学校に入れるよう頼んでおく」
ジョゼフとはこの都市のギルドマスター、ジョゼフ=オルデルステインのことである。
古都ソーディアンの冒険者ギルドはこの国でのギルド本部に当たる為、ジョゼフは冒険者ギルドの最高幹部の一人でもある。
「今回の件で、自然な流れでジョゼフ殿をこちらにお呼びすることが出来るのは僥倖でした。不幸中の幸いとはこのことを申すのでしょうか」
ラウムのこの言葉は、冒険者のギルド長が突然、先王に呼び出されれば、周囲が何事かと訝しがる可能性があるということを表している。しかし今回に関して言えば、古都に突如襲来したドラゴンの調査を専門家に依頼するという大義名分があり、妙な勘繰りを受ける可能性は限りなく低い。
「正にあの娘は天にも愛されておるかもしれぬな!」
「ええ、そうかもしれません。が、ジョゼフ殿は大丈夫でしょうか?」
ラウムの心配はジョゼフが我々とアルティナにとって味方となってくれるか、ということにある。
「大丈夫だ。ジョゼフは中央で何が起こっているかある程度知っておる筈だ。それも含めて話せば判らぬ男ではない。最初はアルティナから協力を打診するしかないと思っておったが、余から依頼する方が確実であろう。それにあやつはアルティナの顔も知っておる。下手に隠し立てすれば、逆に厄介なことになりかねんからな」
「左様でございますか。了解致しました」
※作者より追記、そして宣伝告知です。
『エルフに転生した元剣聖、レベル1から剣を極める』書籍第一巻発売中です!
今回、書籍化にあたりましてかなりの加筆を致しました。
また、ヴィラデルの設定や本編での行動を多少なりとも変更しております。それはもう、今後の展開に影響が出るくらいに、です。
そして最後に、巻末にて番外編も掲載しております。本編はもちろん、Web版でも見せないヴィラデルの新たな一面を垣間見ていただける内容です。
ご興味を抱いていただけましたら、ご購入をお考えいただければ幸いです!
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