第二章:第二の覇王 絶氷の女帝ティア・クリスヘイム
第10話:覇王の行方
――あれから一週間か……。
自室でアキは胸に穴が空いたみたいな気持ちでベッドにうつ伏せていた。
早いものでEAWスタジアムでの一件から一週間経ち、世間も騒がしくなってた。
『覇王再臨! その名は
「それ……持ちじゃなくて
スマホに載っているネットニュースを見て、アキは思わず笑みを浮かべる。
確かに餅よりは格好いいかもだが、四季シリーズが判明した事でそう勘違いされるのも仕方ない。
――四季シリーズだから季節持ちか。
単純な勘違いだが、それを訂正する者がいない。
その名前の主――覇王本人ですらも。
「……夢じゃなのよね」
一週間前の事が今でもそう思ってしまうが、机の上に置いている修理した紅葉と、大して使ってない商品券の束がアキに現実だと教えてくれる。
「……どこでなにしてるんだろ」
一週間経っても音沙汰なしの現状だが、それでも春夜は確かに言った。
『復帰させてもらう!』
あの話はすぐに拡散されて各プレイヤーは騒ぎ出したが、春夜の姿はテレビにも週刊誌にも出ていなかった。
名前は名乗ってなかったのもあるが、アキが士郎に聞いてみると傍にいた天童 閏が一枚噛んでいるとだけ教えてくれた。
メディアに圧力でも掛けて揉み消し、後は本人のタイミング次第だろうと言っていたがアキは胸の中に残るモヤモヤが晴れなかった。
『なんだ、惚れたか季城に?』
違う、確かに助けてもらったけどそんなんじゃない。
何かと弄ってくる叔父の言葉を否定したが、それじゃあ胸のモヤモヤの正体は何なんだろう。
――もう一度だけ会えたら分かるのかな……。
会えるならば会いたいが、連絡先を教えてもらった訳でもない。
でも確かにEAWスタジアムを一緒に見て回ったのだから、せめて何か一つぐらい合っても良いだろうとも思ったが、所詮は無い物ねだり。
「……もう、なんか桜餅食べたくなっちゃった」
隙あらば餅餅餅、そればっかり言っていた人騒がせな覇王のせいで食べたくなった。
ベッドから起き上がってアキはそう呟くと、服をベッドに投げ捨て制服に着替え始めた時だ、下から士郎に呼ばれた。
「お~い! 朝飯できてんぞ~!」
「いま行くから!」
アキは鞄とEAボックスを持つと、急いで部屋から出て行った。
♦♦♦♦
「忘れろとは言わん……だが少なくとも、お前等は運が良かっただけなのも忘れるな」
特に変わり種もない朝食を取っていると、不意にアキに対し、新聞を読む士郎がそんな事を言ってきた。
「お前や他の連中に影響を与えたのは確かだが、奴は復帰を宣言した以上……たかが『銀』のお前の為に顔を出す事はないぞ?」
それは一見、現実を突き付ける様な厳しい様にも聞こえる。
だがアキには分かっていた、それは
――分かってるわよ、そんな事は。
言われなくても分かっている、それだけ『銀』と『覇王』の差は大きい。
企業の援助を受けてプロとしてEAWで戦う者ですら『白金』は疎か、『黄金』にすら届いていない者も多い。
「世界規模でも『白金』クラスは僅か数百人程度、その下の『金』ですら万に届くかどうか……後は『銀』以下の『銅』と
士郎はそう言って新聞を折り畳み、コーヒーを口にするが、それもまた息継ぎの様なもので、再びアキへ言葉を投げてきた。
「お前はインターハイを制覇した……それは確かな実力で結果だ。だがお前と同じく制覇した奴も、そのまま『金』に上がる上がらないをしているのが大半が現実だ」
――それも分かってるわよ……。
アキも内心では分かっているつもりだ、あれからずっと春夜について――そして覇王についても調べていたからだ。
そして同時に思い知っている、自分が周りよりも結果を出した所で、本当のランク争いの足下に及んでいない事を。
――唯でさえ『白金』に上がるのは至難だ。その『白金』ですら篩に掛け、ようやく『覇王』になれるんだもんね。
自分にはまだ見上げる事が精一杯の世界。
実際、他の覇王達に会うのも決まったイベント以外なら偶然か、彼等の気まぐれな野良試合で当たるのを祈るしかない。
「その顔を見る限り、お前も分かっている様だな。――だが本当に上を目指し、
士郎はそう言い終えると、これ見よがしにテーブルへ新聞を放り投げる。
それをアキも見てみると、記事には大きく見出しが書かれていた。
『復帰宣言! だが再び消えた始まりの覇王! その姿は何処へ?』
メディアですら詳細を知らない春夜の消息。
その事実を見た事で、思わず溜息を吐きながら立ち上がった。
――今の私にも、まだ何も出来ないわね。
「ごちそうさま……じゃあ行ってきます」
「おぉ……お粗末様」
適当に答える士郎の声を聞きながら、アキは玄関の自転車に跨り、学校へと漕ぎ出した。
♦♦♦♦
――たかが『銀』のお前の為に顔を出す事はないぞ?
「当たり前よね……一体、私は何に期待してるんだろ」
自転車を漕ぎながらアキは思わず独り言を言ってしまう。
自分でも分からない胸のモヤモヤのせいだと思っていると、後ろから元気な聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おっはようございます! 紅葉院先輩!」
「おはよ~アキちゃん~!」
それは後輩の時雨と、クラスメイトのムラサキだった。
制服を身に纏う二人も自転車に乗っており、そのままアキの隣に来て合流する。
「おはよ二人とも」
「……あらぁ~どうしたのアキちゃん? なんか元気がなさそうよぉ~?」
「そうっすね? 最近の先輩は少し元気がないっす!」
「そ、そうかな?」
アキは誤魔化す様に笑うが、己自身も誤魔化せない事を親しい二人が気付かない筈がなかった。
時雨とムラサキは互いに顔を見合わせ、気にした顔でアキの顔を見て来る。
「やっぱり……季城さんの事っすか?」
「やっぱり相手が相手だものぉ~切り替えは難しいわよねぇ~?」
「……はぁ、やっぱり二人には分かっちゃうわよね」
アキは諦めた様に溜息を吐き、誤魔化す事を諦めた。
そもそも自分で溜め込んだ結果がこれなのだと、ならばいっその事、親しい二人の力を借りるのが良い筈だと納得させる。
「あれからずっとさ……なんか胸がモヤモヤしちゃうの。それが何なのか分からなくて……」
「!……そ、それはきっと恋――」
「“恋”以外の答えでお願い……」
その答えは流石に出していると、瞳を輝かせながら自分を見る時雨の姿にアキは苦笑いする。
もしこれが本当に恋ならば一体、自分はどれだけチョロイのだと人生を考え直さねばならなくなる。
「でもでも! 季城さんは周囲が諦める中、カオスヘッド達の毒牙に掛かりそうになった紅葉院先輩を助けたんすよ! そしてズババンと敵を一刀両断からのゼネラル級を協力して撃破!! 普通なら恋に発展するのが普通っすよ!」
「……また変な少女漫画を読んだわね時雨?」
中々に引き下がらない時雨にアキは、彼女の性格を思い出してしまう。
――
プライベートでも学ランを着こなす体育会系女子の時雨だが、その趣味は少女漫画。
その読んだシリーズの多さから下手な乙女よりも乙女らしい性格であり、アキもたまに感想を聞かれる為に無理矢理に貸された経験もある程だ。
「もう……お願いだから恋以外の答えを教えてよ」
「う~ん……そうねぇ~?」
優しい、のほほん、けれど気品もある。
そんな雰囲気を纏いながら考える天川 ムラサキ(17才)
アキとは幼稚園の頃からの親友であり、実家は大企業のお嬢様だが、その雰囲気とは裏腹に人を見る目はあるのでアキにとって信頼できある相手だった。
「アキちゃんの性格から思うとねぇ~
「ちょっ……寂しいって何よそれ?」
アキは流石にあり得ないと笑ってしまう。
まるで子供みたいではないか、幾らなんでもそれはないと否定した。
「ムラサキね? 確かに助けてもらったし、子供の為に飛び出したのも格好良かったけど……だからって、そこまで子供じゃないわよ私は?」
時雨よりはマシと思いながらも、アキはそう言って疲れた様な笑みを浮かべた。
たまにだが、昔からムラサキに子供扱いされる時があって、今回もその手の事だと判断。
けれどムラサキは真剣な表情を浮かべ、アキの顔を見ていた。
「あらぁ~? 私は本気よぉアキちゃん。私もねぇ、アキちゃんがEAWを始めた頃より前から知ってるけどぉ~やっぱり季城さん――始まりの覇王は特別なのよぉ~」
「特別って……何が?」
「憧れ……目標……アキちゃんにとってのねぇ~だって私、EAWを始めた時のアキちゃんの言葉、今でも覚えているものぉ~」
『ほんっとに凄かったんだよムラサキ! 私たちとそんなに歳が変わらないのに大人の人たちを次々と倒してさ!――だから私は決めたの! あの人みたいなすっごいEAWプレイヤーを目指すね!』
「――って言ってたものぉ~?」
「よく覚えてたわねぇ……本人は忘れてたのに」
ムラサキの当時の声真似を聞き、アキは恥ずかしそうに顔を逸らすが、内心では当時を自身も覚えており、ただ恥ずかしいから誤魔化しただけだった。
しかし可愛いものを見るような目で見てくるムラサキに気付き、それがバレている事をアキは察したが、ムラサキは何も言わずに話を続けてくれた。
「だからねぇ~今まで憧れも目標だった人が消えてたのに、その人が目の前に現れたんですものぉ~本当ならアキちゃんは色々と聞きたかったり、知りたかった筈なのよぉ~?――でも、その人はまた消えちゃったから、アキちゃんは寂しくて不安なのよねぇ~連絡先も知らないからぁ~確かに自分の傍にいた人が消える――」
――分かっているのに、
「!……寂しさと不安か」
ムラサキの言葉を聞いたアキは、完全に納得できずとも今までの中で一番腑に落ちた気がした。
――きっと後悔もあるのね。
少しでも何かしていれば、あぁしていれば、こうしていれば。
意味もなく、決して納得できる答えを出せない後悔にもアキは気付けた。
「調べたり、叔父さんに言われて現実を思い知って……内心じゃ、もう季城さんに会えないって分かってるのね私。でも、それが納得出来ないから……こんなにもモヤモヤしてるのね」
「……答え、分かったのぉ~?」
「一応ね……ムラサキと時雨のお陰で」
正体が分かった気がするアキだったが、やはり胸はモヤモヤしている。
どれだけ自分は諦めが悪いのか、それとも確信や自信でもあるというのか?
――私よりも長くプレイしていても上に行けない人がいるのに、私は自信があるの? 堂々と覇王に会えると思う根拠が?
自分の事なのに分からない。
アキは自身のどこに根拠があるのかと悩んでいた時だ、学校の前に到着して不意に見上げた
『EAWインターハイ――優勝:紅葉院 アキ』
そう書かれた風で揺れる横断幕。
思わず自転車を止めて、それを見た瞬間、アキの迷いは晴れると同時に自身の過ちに気付く。
「……そっか、私はもう
叔父が何と言おうが、現実がどうだろうが関係ない。
それもまた自身で掴み取った証明・結果・誇るべきもの。
「そうだよね……一緒に勝ち取ったんだよね、紅葉?」
カゴに入っているEAボックスを見て、アキは決めた。
自身のやるべき事、目指すべき道の先のゴールを。
「どうしたんっすか先輩?」
「何か思い付いたのアキちゃん~?」
心配した二人がアキに話しかけると、それに応える様にアキは頷いた。
「うん……私のやりたいことが決まったみたい」
――何もせずに現実に臆するのは私らしくない。
臆せずに来た。だから得たインターハイ制覇と『銀』の誇り。
「まずは……突き進んでみるね」
自転車を置き、時雨と別れてムラサキと共にクラスに向かうアキは、親友へそう宣言すると、ムラサキも嬉しそうに微笑んだ。
「やっとアキちゃんらしくなったわぁ~!」
「ごめんね、色々と心配かけたみたいで。――でも、ここからよね」
教室の扉を掴み、アキは決意を新たなに踏み出そうとしていた。
世界が変わる様な特別な感じ、その先に覇王がいると信じて新たな一歩を踏み出すかのように、アキは扉を開けて教室へと入っ――
『紅葉院!!?!』
『アァァキィィィ!!』
新たなに踏み出したアキが見たのは、一斉に襲い掛かる様に迫ってきたクラスメイト達だった。
「キャァァァァァァ!!!?」
♦♦♦♦
「い、いやさ……いきなり向かって行った俺等も悪いけど、普通に返り討ちにするか?」
アキの目の前には所々が、ボロボロになったクラスメイト達が正座していた。
いきなり向かってきた事でアキが返り討ちにしたのが原因だが、アキにも言い分はある。
「ごめん……普通に襲われると思ったから」
「昨日まで普通にだべってたろ!?」
「つうか! 普通に女子も混じってるでしょ!?」
返り討ちにしたクラスメイトの中には女子も混ざっていた――というよりも、一緒にいたムラサキを除く、全員が向かって来ていたので区別はできない。
「ごめん……目覚めたのかと思ったから」
「昨日までイケメンアイドルの推しの話してたでしょ!?」
「まぁまぁ~皆さん落ち着いてぇ~いきなり向かって来たらアキちゃんも無双乱舞ぐらいするわぁ~」
ムラサキがアキとクラスメイト達の間に入り、何とか場を収めようとしていた。
すると落ち着いたのか、クラスメイト達は思い出した様にアキに一冊の週刊誌を差し出す。
「そうだそうだ! 本題はこれだぞ紅葉院!」
「ちょっと大変な事になってるわよあんた!?」
「何よいきなり……こんな週刊……誌が……」
渡された週刊誌、その開かれたページを見たアキの顔色が、みるみるうちに青くなる。
『覇王の子飼い? 愛弟子?』
そこの書かれていた内容、人物の顔写真。
ハッキリ言ってアキにとって看過できないものであり、クラスメイト達を見ても全員が何とも言えない表情で頷くだけだった。
そして周囲の様子に気になり、ムラサキも横から覗き込む。
するとアキとは真逆に、ムラサキの表情はみるみるうちに嬉しそうに輝き始めた。
「まぁまぁ~! よく写っているわぁ~!」
「よく写っているわぁ~!――じゃ、ないわよぉぉぉぉぉ!!!」
絶叫しながら週刊誌を床に投げ付けたアキだったが、そのページは嘲笑うかのように開いたままで、記事はアキの目に再び入った。
『始まりの覇王の右腕――それはインターハイを制覇した超新星! 秋に君臨するは紅蓮の姫武将!!』
その大きな見出し、隣に配置されている顔写真。
目だけは隠しているが、それはインターハイの優勝時とEAWでのアキ自身の写真だった。
――私の知らない所で何か起きてる……!
どっと疲れが来たのか、取材も許可もした覚えのない雑誌の記事を見て、アキの肩は大きく下がっていった。
♦♦♦♦
激動の早朝、他の学生も押し寄せての質問攻めも耐え抜き、今は放課後。
そして現在、アキは自身が部長をする『秋道高校――EAW部』の部室、そのパーツやら散らばっているデスクで突っ伏していた。
「部長……大丈夫ですかね?」
「一応、部長の叔父さんや両親、校長先生達も抗議してくれたみたいだけど……」
「始まりの覇王の話題っすから、やっぱり周囲の反応も凄いっす!」
アキの後ろでは、時雨を筆頭に部員達が状況を話し合っている。
実際、連絡したアキの話を聞いて士郎も怒った様子で、色々と対処する事を約束してくれた。
『まぁEPにも知り合いはいるしな……未成年でしかも俺の姪っ子だ。色々と思い知らせてやるから安心してろ』
見た目はむさいが、やはりそこは頼りになる叔父だとアキは思ったが、当分は今日みたいな状況を想定するしかない。
下手に反応しなければ人の噂も次の噂で消えるのだと言い聞かせ、何とも言えない気分だった。
「もぉ……なんで私がこんな目にぃ~! なのに騒ぎの元凶はどこで何しているのよぉ……!」
何故か段々と春夜への怒りが強くなる。
アキも八つ当たりだと分かっているが、それでも掴み所のない春夜の事だ。
最悪、自らの宣言も忘れて和菓子を食べ歩いてる可能性も捨てきれないので、やはり腹立つ。
「むぅ……やっぱりもう一回だけでも会って、色々と言ってやりたい……!」
「じゃあ……これ試してみますか、部長?」
気を使う様にそう言って、アキに別の週刊誌を差し出したのは一人の男子部員だった。
「また週刊誌なのね……」
今度はなんだと思いながらも、アキは週刊誌を受け取って開かれたページを見ると、そこにはこう書かれていた。
『始まりの覇王! 遂に所在判明!?
「四臣大学って……二駅向こうにある大学よね?」
「はい……最初はただのデマと思われたんですけど、段々とその大学についての噂が広がってきて信憑性も高くなっているんです」
「そうなのねぇ~でも、そうなるとアキちゃんはどうするのぉ~?」
部室のEAWの装置を弄っていたムラサキだが、話を聞いてアキに問いかけて来た。
「そう言われても……それでも噂でしょ? 行く理由はないわよ」
信憑性が高い、だからといって真実の証拠ではない。
アキは否定するように雑誌を置き、手を叩いて部員達の意識を向けさせる。
「はいは~い! 注目して」
男子12人、女子9人、それはアキ達3人を除いての数だが、それでも多い方であり、全員が『青銅の兵士』クラスで優秀な部員達。
そんな彼等はアキの方をしっかりと向いた。
「私のせいで色々と騒がせちゃったけど、切り替えて練習練習! 試合するも良し、カスタマイズに力を入れるのも良し、デザインするのも良し! まずは今日の予定を考えて」
「それは良いっすけど、紅葉院先輩は本当に大丈夫っすか?」
「少しぐらい休んだって、誰もアキちゃんを責めないわぁ~? 本当に行かなくて良いのぉ~?」
周囲から見ても余程の様子だったのか、時雨とムラサキの言葉に周囲の部員も頷いている。
「大丈夫だって……そこまでしていく理由はないわよ、本当に会える訳じゃないもの。――うんうん、行かない行かない。絶対に行かないわ」
ここまで言えば寧ろ意地でも行かない。
アキは部活を始める為、周りと話をし始めた。
♦♦♦♦
「――って言ってたのにねぇ~?」
「来たっすよ! 四臣大学っす!」
「……みんながしつこいから、仕方なくよ仕方なく」
結局、噂の場所へと来てしまったアキ達3人だった。
周りが10分置きに言って来れば、流石にアキも折れてしまったが、実は部活が終わったら一人で様子を見に行くつもりだったのは内緒だ。
「……でも、本当に凄いわね」
周囲を見ながらアキは目に映る景色に驚く。
ハッキリ言って大学自体は普通だが、部員が言った通り、信憑性の高さから記者と野次馬が入口付近に固まり、出入りする人達を監視している。
「どうだ見たか?」
「いいえ分かりません……そもそも顔写真は天童コーポレーションが規制掛けたから、顔が分からないんですよ? 例え通ってたとして判断できませんよ」
――じゃあどうやってここを判断したのよ?
アキは愚痴りながら休憩している記者の話に耳を傾け、その内容のおかしさに気付く。
けれど他よりも集まる以上、ここにそう思わせる原因があると言う事だ。
「なんか動きはないっすね……」
「当たり前よ……所詮は週刊誌の噂でしかないんだから」
「う~ん、じゃあ~なんでそんな噂が流れたのかしらぁ~?」
「分からないけど、どうせ話題作りのガセとかよきっと。――はぁ、もう馬鹿馬鹿しい。もう帰りましょう」
明らかに周りの雰囲気も仕方ない感を感じ、アキはここにいるのも馬鹿らしくなり、そのまま3人で駅に帰ろうとする。
――すると、その時だ。
「覇王がいたぞぉぉ!!」
「覇王が自分で名乗り出たぞ! 急げ急げ!?」
突然の急変、雰囲気も空気も一変する。
周囲は驚愕の声と共に校門へと走りだし、それを聞いたアキもムラサキ達の顔を見た。
「えっ……まさか本当に?」
「そうなるわねぇ~」
「本物っすよ多分! だって大学にも迷惑掛かってるんすから、本当にいないと出てこないはずっす!」
――そんな都合が良いかしら?
流されやすいのか、テンションが高くなる時雨や周囲の言葉を聞いても、アキは未だ半信半疑。
けれど子供を助ける為、カオスヘッド達に立ち向かった春夜ならば或るいわとも思い、仕方ない様にアキは溜息と共に納得する。
「まぁ良いわ……でもこれでガセだったら帰るわよ?」
「はいっす!」
「おぉ~」
どこか能天気、他人事な友人達を見て不安になるアキだったが、その内心は微かにだが揺れていた。
――もしかして本当に……。
本当だろうが偽物だろうが、確信を得られれば問題ない。
あやふやな話ばかりに振り回された以上、少し確信を得たいと思い、アキ達も記者や野次馬達を追った。
♦♦♦♦
「今までの7年はどこで何をしていたんですか!」
「EAWスタジアムでの復帰宣言ですが、これからの予定は!」
「他の覇王についてどう思います!?」
「総理が昼にカツ丼を食べるという、ふざけた現状にどう思います!」
――うわぁ……修羅場。
アキ達が駆け付けると既に人だかりが生まれ、その光景に3人は絶句してしまう。
我先にと記者も野次馬もごった返し、その先頭に立っている青年にマイクを向けていた。
「本当にこの大学の生徒なんですか!?」
「えぇ、
「7年の空白で何をしていましたか?」
「自分探しですかねぇ? 覇王となったら色々と忙しいのでね」
姿は見えないが声をは聞こえる。
次々と質問に答えていく青年だが、アキ達はどこか違和感を抱いた。
「……なんだろ。口調も声も違うし、明らかな異物感を感じるわね」
「自分もっす、一回しか会ってなくても春夜さんじゃないって確信があるっす」
「顔が見えないのに
アキ達は確信する。
どこか他人を見下す様な口調、明らかな上から目線の様な態度が滲み出ている言葉。
絶対に春夜ではないと確信するが、アキ達はゆっくりと側面へ移動し、偽物の顔を拝んでやろうと覗き込んだ。
「できれば貴方様のお名前を! どうかお願いします覇王!」
「仕方ないですね……これも上に立つ者の務め。――私は四臣大学・EAWサークル部長『
――いや誰よあんた。
痩せ型、インテリ眼鏡の七三分けの嫌味らしい青年――偽物と、その左右に側近の様に立つ男女の学生を見て、アキは完全に興味が失せる。
「うわぁ……本当に偽物っす。堂々とした偽物っす」
「始まりの覇王を名乗る偽物は今までもいたけどぉ~ここまで露骨なのは初めてねぇ~」
時雨とムラサキも同意する様に頷いていた。
今までもいた典型的な偽物、空席ゆえに垂れ流されている覇王の甘い蜜、それを少しでも得ようとする典型的なクズ。
「じゃあ帰りましょう……馬鹿らしくて本当に疲れたわ」
一体、今までの事はなんだったのか。
少なくとも二度と週刊誌なんか買わないし読まないと、アキは己に誓いながら二人を連れて帰ろうとした時だった。
「始まりの覇王として、何か一言お願いします!」
「えぇそうですね……では! 始まりの覇王として、そう! EAWの革命を起こした始まりの覇王として! この
「うるさいわよ偽物。あの人はEAWを
「――な、なに?」
アキの声が偽物の言葉を遮り、そのハッキリとした口調は周囲の者の耳に届いた。
「いま言ったのは彼女か?」
「っていうか偽物って……」
周囲は困惑しながら道を開けていき、やがてアキと偽物の視線が繋がると、偽物は明らかに目の下をピク付かせ、怒りを露わにしている。
「な、なんだ君は……? 覇王の僕に向かってその言い方……これだから覇王以下の低ランクは駄目なんだ――」
「うるさいわよ。あの人はどんなランクでも区別する様な人じゃないし、何よりアンタみたいに他人を見下す様な人じゃないわ!」
本当は帰るつもりだったアキだったが、気付けば偽物に向かって行っていた。
だが後悔もなく、逆に始まりの覇王――春夜を侮辱する様な姿に、例え偽物でも許せなかった。
「偽物演じるなら、少しあの人を真似てみなさいよ! 滲み出る嫌な雰囲気から察するに、無理だとは思うけど」
「なっ!? こ、この小娘が! お前は一体、なん――」
「あぁ!! 君はまさか週刊誌に出ていたインターハイ制覇し、EAWスタジアムでは始まりの覇王と共闘したって言う紅葉院プレイヤー!?」
――もう実名までバレてるのね私。
なんか虚しくなったアキだが、もう宣伝していると思って諦め、内心で肩を落としていた時だ、周囲の言葉を聞いた偽物の表情が変わる。
「なっ……まずい」
自分が春夜と共闘したことを知ると、明らかに顔色が悪くなった偽物を見てアキは確信する。
カオスヘッド達と同じ分類。汚い事で己に立たせようとする根っこが腐った人種だと。
「格好いいっす先輩!」
「流石よぉ~アキちゃん」
後ろから二人が応援した事、そして後戻りできない事を踏まえ、もう一声ぐらいは言ってやろうとアキは腹に力を入れた時だった。
「一言聞かせてくれ!!」
「あれは偽物なのか!? ならば本物は!? あの人――やらについてどうかコメントを!?」
「キャァァァァァァ!?」
アキ達は一斉に記者達に囲まれてしまった。
思い出せばクラスメイト達でもそうなのに、本職の者達ならば尚も激しくしてくるのは当然だったと、アキは今になって後悔。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 離れてください!」
「どうかコメント!!」
「コメントしたら離れてやる! だからコメント寄越せ!!」
――何よりコイツ等、横暴すぎるわよ……しかもすっごい態度悪い奴もいるし。
アキは内心で怒りを抱いていた。
自分勝手な大人ばかり、それもアキ自身だけならばともかく、ムラサキや時雨も巻き込んでいる事が最も腹正しい。
強引にも出ようか、アキがそう思った時だった。
『そうよ? こんな子達に良い大人が何をしているの?』
黒髪のセミロングと長いスカートを履いた一人の女性。
落ち着きがあり、清楚な雰囲気のその女性が自分達を守る様にアキの目の間に入って来た。
――誰? ここの学生さん?
恐らくはそうなのだろう。
見かねて助けてくれたのはありがたいが、それでも記者達は止まる様な連中ではなかった。
「邪魔をするなどけ!?」
『キャア!』
また同じ横暴な記者の声と同時に、女性の悲鳴も聞こえた。
無関係な人をまた、そう思ったアキはその記者を睨み付け、そのまま手を伸ばした時だった。
『この人、触わりました! ちょ、マジで勘弁!』
その記者の腕が高らかに上げられ、その腕を掴んでいたのは目の前の女性だった。
「いや……清楚系からのなんでギャル?」
なんか口調が安定していない事にアキは疑問に思ったが、更に目の前で現れる者達がいた。
リュックにカメラを持った10人以上、あからさまなカメラ小僧スタイルの者達が人混みの中で入って来ると、そのまま記者にカメラやスマホで一斉に撮影。
「拡散! 拡散! 拡散! 拡散!」
「特定! 特定! 特定! 特定!」
「ぎゃあぁ!? なんだコイツ等は!?」
「うおっ!? やめろ撮るな!!」
――もう、なんなのよ……?
目の前で呪文の様に撮り続ける集団に困惑するアキだったが、そのお陰で記者達から離れる事が出来た。
後は周囲の人混みから移動できれば、そう思っていると先程アキ達を助けた女性が近づいて来た。
『さぁて……今の内に離れるよ?』
「えっ? は、はい……」
耳打ちの様な声にアキは咄嗟に頷くが、この状況でどうするのかと思っていると、女性は周囲の者達に何やら手で合図をしていた。
『はい移動開始……!』
『ラジャー!』
「えっ? これってなんすか!?」
「あらぁ~?」
気付けばアキ達を囲んでいた者達は記者ではなく、周囲にいた野次馬――一般人達。
その集団のままアキ達は移動し、カメラ小僧達が記者を足止めしている間に大学内へと入って行った。
♦♦♦♦
アキ達が連れてこられたのは、大学内のちょっと人気のない中庭。
そこに先程までの女性と野次馬達、そして記者と対峙したカメラ小僧達も合流してきた。
『いやぁ済まなかったなぁ、なんか変なの頼んでさ』
「ぐふふ~同志の要請ですからなぁ、拙者達に掛かれば朝飯前ですぞ」
「そうそう、新入生の子達の良い練習にもなれたしねぇ」
男子女子関係なく気さくな集まりなのか、助けてもらった女性も口調が変わりながら周りと何かを話していた。
しかしアキは困惑しながらも前に出て、その女性達にお礼を言った。
「えっと……ありがとうございます」
「ありがとうっす!」
「ありがとうございますわぁ~」
アキに釣られて二人もお礼を言うと、女性はアキ達に立った。
『いや……今回の件も
「えっ……俺って――っていうかアキちゃんって?」
――のらりくらりとした感じ、そして私をアキちゃんって呼ぶって事はまさか?
段々と頭の中がクリアになるのをアキは感じながら女性を見ていると、女性は何かに気付いた様に首のネックレスと頭をに手を伸ばした。
『あぁ……ボイスチェンジャーとカツラ取ってなかったか――』
そう言って女性はネックレスを外し、カツラも取ると出て来たのは黒い短髪、そして見覚えのある顔だった。
「でも、まさか俺の大学の前で会えるなんてね……なんかあったのかなアキちゃん?」
そう言いながら、アキ達に楽しそうな笑みを見せたのは女性ではない。
だが知っている人であり、どうしてそんな格好しているのかもアキには分からない。
――だって、そうじゃない。この人は……!
「一週間ぶりだけどさ、君は笑っている方が好きだよ?」
――始まりの覇王・季城 春夜その人だから。
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