農夫と現場検証

 


 水晶を壊した? ミシャとノエルは、アンジェと三人で村長の家を出た。


「とりあえず、その地面が裂けた現場を見せてくれる?」

「うんっ!」


 ミシャが案内を頼むと、明るい笑顔で応えるアンジェ。


「ふふ、私にもこんな時あったなぁ……」



 ―――それ、前世の話ですか?



 といった顔をしたのはノエル。


「行こうノエル」

「ああっ」


 ミシャが視線を向けた瞬間、驚愕の速さで顔と気持ちをリセットするノエル。 取り繕う能力は既にシルバークラスではないだろう。 だがその志は色すら付かない。







「ここだよーっ!」


 観光客をもてなす中心部から離れ、農作地に移動した三人。 先を行くアンジェが事件のあった場所で飛び跳ねている。


「ふふ、可愛い。 私にも――」

「なぁミシャ、犯人はピクシーだと思うか?」


 またも幼少期の自分に当てはめようとするミシャの言葉を遮るノエル。 その表情はいつになく真剣だが、要は余計な体力を使いたくないらしい。


「考え難いわね、恐らく違う存在か……でも、村人が感じた妖精の感覚っていうのが私にはわからないから」

「そうだな、俺もそう思う」



 ―――



 ミシャは結局なにも決定的な意見を言っていない。 どうやらノエルにとって言葉とは意味を持たないようだ。



 二人がアンジェと合流すると、確かにひび割れた大地が重なっている。


「結構な範囲ね」

「こんな事……どうやってやんだ? 大体やる意味がわからねぇ」


 そのひび割れはおよそ20メートル近く続いている。 どんな力を持ってこれをやってのけたのか、妖精の悪戯を感じなければ自然現象としか思えない。


 現場を検証していると、作業をしていた一人の農夫がやって来た。 作業用の長靴を履いて、麦わら帽子を被り鍬を持っている。 つぶらな瞳で、口の周りには髭がびっしりと生えた中年男性だ。



「あっ、カール!」



 アンジェにカールと呼ばれたおじさんは、優しそうな顔で微笑む。


「どうしたアンジェ、観光客の相手でも頼まれたんか?」

「ちがうよ? このしっぽの人ぼーけんしゃなんだって!」


 ノエルを指差してそう言うと、カールはまじまじと観察を始める。


「ほー、こぉりゃ珍しい、ハーフかい?」




 ――――最近色々混じってますが。




「ああ、それよりおっさん、このひび割れマジでピクシーがやったのか?」


「ああそうだ。 まったく、せっかくの収穫がパァだ」



 口惜しそうに答えるカール。 やはりピクシーの仕業だと言うが、



「それはやっぱり、感じたの? その、妖精の気配っていうの」



 自分らにはわからない感覚。 それをミシャは尋ねる。



「もちろんだ。 他の場所で地震があった訳でもねぇし、まさか……と思ったらよ、ほんわぁぁっていつものあったかい感じがしたのよ。 ありゃ妖精の『ごめんね』だよ」



 村の妖精伝説。 カールの言葉を信じるなら、やはり犯人はピクシーという事になる。



「でも、この規模はちょっと……そうだ。 妖精は普段から村にいるんでしょ? 夜もいるの?」


「そうだなぁ、深夜になると妖精の森に帰るって言われてるけど、見えたことはねぇからな」


「深夜……か。 これは延長料金ね、ノエル」

「え……だって全然クエストしてねぇのに……」

「この私が残業するなんて………あ、あんただけなんだからねっ!」




 ―――まあ、指名もノエルだけだが。




「わかったわかった、とりあえず夜までどうすんだ?」

「そうね、村長の言ってた川も見ておこうかな?」


「だそうだ、アンジェ」

「わかったぁ!」


 元気いっぱいに手をあげるアンジェ……の幼い、とは言い難い胸が弾む。


「おぉおぉ、お前乳だけ先に育ってねぇ―――かはぁっ……!」


 素直な感想を述べただけのノエルだったが、ミシャお姉様のハイキックが顎を揺らし、今度はノエルの発育の悪い脳が弾んだ。


「さ、行きましょアンジェ」

「うん! でも、しっぽ動かないよ?」


 先にってしまったノエルを不思議そうに眺めるアンジェ。


「平気平気、この変態ロリ犬は引きずっていくから」

「そかっ!」


 二人はカールに手を振り別れ、突然氾濫が起こったという川に向かって歩き、1匹を引きずって行く。



 ノエルくんの今見ている川は……どんな川でしょうね――――



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