第二節 葬送

 「ちょっと、私をハプタ王が王女リシャーリスと知っての狼藉!」


 鎧を脱がせようとしている亜人達を足で蹴りながら、私は彼ら(もっとも性別は無いが)を罵った。

 言葉は通じるが彼らは王家だけでなく人間も憎いので、いくら文句を言った所で意味が無い。

 亜人は力が強い上に五匹もいるので、このままだとなすすべもなく食べられてしまう。


 「痛い、痛いから、痛いと言ってるでしょう!」


 私は謁見の間の戦いで魔王の黄水晶の剣を受け昏倒こんとうし、気絶したまま魔族の手で亜人房に投げ込まれた。

 亜人達に危うく鎧を剥がされる前に気がついて、今は手足を振りまわして激しく抵抗している。

 彼らに生殖器は無いので服を脱がされても犯される事は無いが、その分かまわず胸をつかんでくる。


 「離しなさい、遊んでいる暇なんて無いのよ」


 亜人は曾祖父王の指導のもとヘリオトスの魔法使いが奴隷として作った人工生命体だ。人間に対する反乱のあと、魔族の助けにより魔界に逃げ込んだ。

 寿命により数を減らしたものの、自らを作った人間達を心底憎み、魔界で戦死した人間を食べて見せしめとしている。


 「いい加減にしなさいと、言ってるのよ! この『加虐の雷球バカ』」


 省略形で魔法を詠唱すると、自らもそれに感電しながら彼らとの距離をとった。


 「いたぁあ、こんなんネタでしか」


 強烈に痛いけれども負傷はしないので、ミレニアの魔法学校の生徒はこれを罰ゲームに使っている。


 『光球ラマン


 床を転がって亜人達の手から逃れ、ようやく足を付けて立ち上がると、薄暗い房内を見渡すために光の魔法を使った。

 房内は二十メートル四方の方形の部屋だが、亜人が大柄なので思いのほか狭く感じる。


 出入り口は外側にかんぬきがある大きな鉄の扉と、その反対側の高い位置にある餌の投入口だけだ。

 おそらく彼ら自身によって清潔に掃除してあるが、人間の頭蓋骨がいくつも転がっていて生きた心地はしない。


 ここに至って初めて、黄水晶の剣を受けた左腕がひどく流血している事に気がついた。


 「つうぅ、黄水晶の剣って気絶するほど痛いのね。記録に無いわよ、記録があるはずも無いけどね」


 キアと一騎打ちをするまで、魔王は黄水晶の剣を人に対して使った事は無い。

 水晶剣に関する人間の知見は聖剣のみだが、人間に対して使われた記録は少なく、知らない事の方が大きい。


 「キアは大丈夫かしら? 作戦は失敗して侵攻部隊は潰滅寸前だったものね」


 魔界に攻め込んだ人間同盟の第一陣から第四陣までの戦士達八百名は、魔王の戦術に誘い込まれて謁見の間に殺到した。

 そこを魔族の戦士達に包囲され、自ら囮となった魔王に追い立てられるまま大混乱に陥った。


 私やキアを含む第五陣二百名が魔界に侵入した時には、すべてが遅かった。

 見捨てて撤退するべきであったが、政治的な影響を考えて救出という名目で突撃させた。

 世界の運命を決する戦いに、政治的配慮が介在するというのは不可解であるが、結局私も政治側の人間だ。


 「ちょっと借りるわよ、我が近衛」


 謁見の間に落とした私の剣の代わりに、房内に落ちているハプタ王家近衛兵の剣を拾い上げる。

 鎧が剥がれているので分からないが、房内の骨の誰かが持ち主であろう。


 抜き身の剣を正面に構えると、切先をまわして亜人五匹を牽制した。

 一対多数でこれだけ近距離だと全員倒すよりは、適当に相手して逃げてしまった方が安全だろう。


 『電撃剣カ・セシーラン


 雷の魔法を詠唱すると、近衛兵の剣が紫色の光を放ち放電する。こちらの電撃は痛いだけでは済まない。

 私は電撃剣カ・セシーランに怯える亜人達をにらみつけた。皆同じ顔で見分けが付かない。


 「なんでこんな悪趣味なもの作るかな、曾お爺ちゃんは」


 亜人の容姿は、筋肉質でかなり大柄な事、頭髪が無い事、肌が白い事を除いて人間と変わりが無い。

 ヘリオトスのハプタ王であった曾祖父は偉大な魔法使いで、造物主である神に挑戦する事で魔術の歴史に名前を残したかったのだ。

 ヘリオトス領内に金の鉱山が開山したばかりで、劣悪な環境に耐えられる労働力が必要だった事もある。


 私に手を伸ばしてきた亜人の太い腕を、右手を捻りながら剣で斬り上げる。


 「てぇぇー」


 とっさの事で踏み込みが足りず、身を引いた亜人の指を斬り飛ばしただけで終わった。

 感電の痛みに驚いた亜人が、そのまま尻餅を付き腕を持って苦しがる。

 代わりに割り込んできたもう一匹の間合いに入ると、胸に剣を突き立てた。


 「往生しなさい」


 亜人は血を吹き出して後ろに倒れ、私は彼を足蹴にして空中を飛ぶと部屋の反対側に走る。


 聖剣を預かるヘリオトス王国の王女である以上、魔法だけでは無く剣術も人並み以上のものを求められている。

 残念ながら勇者であるキアには勝てなかったが、ならばなおさら私は世界最強級の戦士で、最強の魔法使いだ。


 「全員なんて相手してあげられないのよ」


 この房には死んだ一匹を除いて四匹の亜人がいる一方、人間は既に死んでいる十名以上と、二十名以上の骨と、私しかいない。

 私が投げ込まれたであろう房の投入口は、手を一杯に伸ばしても届かない高さにある。

 投入口から逃げるのならば魔法を使えばよいが、私の位置から亜人達を通り越した位置にある。


 「しかたが無いわね。そこを、どきなさい! あんたらなんか、寿命でとっとと死に絶えればいいのよ、ハプタ王家の負の遺産なんだから」


 亜人達に駆け寄ると吶喊とっかんすると見せかけて、亜人の一匹に剣を投げつけた。

 剣が刺さり倒れる亜人のそばを、全速力で走り抜けると踏み切りながら衝撃魔法を発する。


 『超加速の衝撃波エタリソル・テラム


 こちらに手を伸ばそうとした亜人三匹が、発生した衝撃波に吹き飛ばされて後ろに倒れた。

 私も吹き飛ばされ天井に頭をぶつけたが、投入口の縁に左手をかける事が出来た。


 「痛い、つうぅ、なんで左手なの、でもここで死ぬ訳には」


 左の籠手から血が噴き出し痛みで脂汗が浮かんだが、強引に腕の力だけで身体を持ちあげ房の外に出る。


 「はぁはぁ、痛い。なんなのよこの傷は」


 亜人房から房外の廊下に出たとこで寝転がって、荒い息を落ち着かせた。

 深くは無い傷だが、黄水晶の剣で斬られたせいなのか出血して痛い。

 私に逃げられて亜人達が騒いでいるが、餌の投入口は彼らの手にも届かないので放っておく。


 「ここはどこかしら? 亜人の房があるんだもの、魔王城本体では無いのは確かか」


 私は粗い石で組まれた房外の廊下に立つと、亜人房棟の出口の方向を推察した。


 「風はあちらから吹いているのかな」


 蝋燭の炎の傾きから見て一定の風の流れがある。


 「だ、助けでくれぇ、助け……で」


 いくつかの房の中から、作戦の参加者であろう人間のくぐもった悲鳴が聞こえる。

 助けようとして覗いたが、いずれの房でも彼らは生きながらにして亜人に食べられていた。


 「たすげてぐれぇ……」


 「楽にならしてあげられるわ」


 亜人は新鮮な方が好みらしいが、これだけ死傷者が多いと生きている者を優先して食べるのだろう。


 「謝るわ」


 彼らを束ねる指揮官として戦士に謝る必要は無かったし、するべきでは無いと思ったが私は謝罪した。

 謝ったのは私としてでは無く、ヘリオトスの魔法使いを束ねるハプタ王家としてだ。


 『電槌カ・ルーアム


 心臓に圧縮された雷球を受けて人間の戦士は泡を吹いて事切れた。

 巻き込まれて感電した亜人達は、怒ってこちらに骨を投げつけてくる。


 「気が滅入るわね」


 現在でも使われている亜人房は五つだけのようだ。

 亜人房棟廊下の終点に達し扉を越えると、その先は曲がり角で階段に続いている。

 曾祖父の罪を精算し、惨劇の連鎖を断ち切るために炎の大魔法を用意した。



 『葬送の蒼色火炎輪フラム・エン・ソアイユ・クラン



 火種を投げ込むと亜人房棟の中をセルリアンブルーに光る高温の業火が渦巻き、亜人も人間の遺体もことごとく焼き尽くした。


 「ヘリオトスのハプタ王リオの過ちを子孫である王女リシャーリスが滅却する」


 亜人房を焼いた高温の炎が熱い空気となり階段まで上がってくる。


 「燃やしたわよ、これで満足した、曾お爺ちゃん。結局王家のわがままでしか無いけど」


 鉱山で亜人達の反乱が起きた時、曾祖父は説得しようとして、そのまま魔界に連れ去られた。

 聖剣の台座をその領地に収めてから三百年ほど続くハプタ王家だが、その歴史の中で初の在位中の王の喪失だ。

 曾祖父王の消息について魔王は答えず、討伐と称した魔界への侵攻の結果、叔父が亜人房を見せられて帰還した。

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