第五節 誘惑
僕と魔王は連れだって、書院から左の院を通って魔王城の大広間に至る。
そこにはアンテ城にあったものと全く同じ聖剣の台座が、天窓から差し込む二つの月に照らされていた。
黒曜石で出来た聖剣の台座は、世界の始まりからここにあり水晶剣であっても傷が付かない。
三メートル四方の方形で高さは十五センチほど、中心に聖剣を差し込む穴が空いている。
「世界の滅びについて、再度確認しようか」
「僕は十分に知っている」
アンテ城、アン・アナアムの塔から(表向きは)一歩も外に出たことがないセラシャリスは、自らをネイト神に捧げて世界の真実を得ていた。
「勇者を導いて世界を滅びに
「分かった」
僕は両手を目一杯伸ばすと聖剣を抜く。刀身に二つの月の光が入り、
魔王は右回りで台座を廻り始めた。
「聖剣をこの台座に刺せば、世界の滅びは確定します」魔王は抑揚を付けて世界の滅びを歌う。
「魔界からの力を絶たれ、人間界はその永続性を失う」僕は魔王に続いて
「人間界は輪廻の中に引き戻され、逃れられない『世界の輪廻』によって滅びに
「聖剣に選ばれた勇者の意志として、世界の滅びを確定させる」
僕は腕を高く上げると、聖剣を逆手に持ち台座に差し込む。
刹那、大広間を満たす月の光が、薄いビリジアンから鮮烈なカドミウムレッドに変わった。
東西の空に高さを交差させる二つの月が、その大きさを逆転させ赤い月が緑の月より十倍大きくなる。
僕は台座に刺さった聖剣の
「世界の滅びは覆えりません。なぜならキアが預言されている最後の勇者だからです」
魔王の瞳は月と同じカドミウムレッドに変化している。
「輪廻に引き戻された人間界は、過ぎた力が輪廻に還元され大地は崩壊する」
「月を通した力の流れは逆転し、人間界が失う側に、魔界が奪う側になります」
「力を奪われた人間界の麦は枯れ、木々は葉を落とし、家畜は太らない」
僕は歌い終わった。
今行ったことは世界の滅びの確定だけでは無く、人間の大虐殺でもある。
同時に荒廃へ至る未来から、地獄に変えてしまった人間を救済したのだ。
アンテ城では僕の裏切りを知って、大騒ぎになっているだろう。
「勇者としての僕の役割は終わった」
「じゃあ、帰ろうか」
魔王自ら城の中を先導して、左の院の客間に僕を案内してくれた。
渡り廊下の左右の木々が、月の祝福を得て沢山の白い花を咲かせている。
月を通した力の反転が、これほど早く効果をあらわすとは知らなかった。
「今すぐではないと知ってるけど、世界はいつ滅びるんだい?」
セラシャリスは世界の滅びの時期については、永続の結果ほどには興味がない。
荒廃からの救済が彼女の目的であり、世界の滅びは無条件に受け入れるべきものだったからである。
「初期状態に戻っていた輪廻の調速機が今廻り始めたから、ちょうど千年後の正午過ぎ」
「残念だけど、僕は生きていない」
「キアは世界の滅びを見たい?」
「……僕は世界の滅びを見たい」世界を滅ぼした者として、その権利と義務があると思った。
「じゃあ、そうしようか」
魔王は顔を明るくして、包帯が巻かれたゴールドオーカーの右手を差し出す。
僕は躊躇しながらも、その手に包帯で包まれた左手を重ねた。
「道が逆じゃないのかい?」
魔王は客間のある左の院を通り過ぎて中の院の方へ歩き続ける。
「キアを特別に初まりの院の私室に招待する」
「え、私室……僕が気軽にお邪魔していいのかい」
僕は魔王に対して抱いている劣情を思い出し、上気して返答の言葉がうわずった。
彼女は火照った僕の手を引きながら軽やかにステップを踏み、振り返って僕に問いかける。
「キア、前に言っていた『わがまま』って何か教えてくれる」
「僕は全てを投げうってでも、一人が大事だと思ったんだ」
「とても素敵なエゴイストね。それは私への告白?」
「うん、僕は君のことが好きだ」
言ってしまった。
でも勇者として聖剣でもって
「どれくらい?」
「僕は君とエッチしたい」
「レンと呼んでいいよ」
「レンとエッチしたい」
「キアの本当の名前を教えて」
「北村
「そうしようか、私の
僕は挽肉にならずに、欲しいものを手に入れた。いや、レンのものになったと言うべきか。悪く無いと思う。
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