その91 火山に棲むもの


 レオスがボス猿に勝利し、温泉をせき止めていた大岩が破壊された。となると当然村では――


 「おおお!? お湯だ! 温泉が流れてきたぞ!」


 「マジか!? 雨続きで寒かったから助かるなあ。それにしても一体誰が……?」


 と、雨の中村はちょっとした騒ぎになっていた。そして宿にもそれは伝わり、ざわざわしているロビーの騒ぎを聞きつけエリィ達は受付のおばさんに訪ねる。


 「何かあったんですか?」


 「ああ、温泉だよ温泉! また流れてきて入れるようになったのよ。今、お風呂に溜まっているからもう少ししたら入れるよ」


 「あ、レオス君成功したんですね!」


 「みたいね! おばさん、もう浸かっててもいいかしら? 雨で退屈だからじっくり入ろうと思うんだけど」


 ルビアが肩を竦めてそう言うとおばさんは笑いながら、


 「はは、まあ構わないよ。ただあんた達みんなで入るならウチの浴場ってあまり大きくないから、村の真ん中にある浴場を使うほうがいいかもしれないねえ」


 「ありがとうございます。それじゃ、折角だし大きいお風呂にしません?」


 ベルゼラがにこにこと提案すると、エリィとルビアは頷いて即決しタオルを手に浴場へ向かう。エリィがベルゼラは温泉初めて? といった感じの会話をする中、バス子が声をあげる。


 「あ! あいたた……」


 「どうしたのバス子?」

 

 「い、いえ、急にお腹が」


 「空いたの? さっき食べたばかりじゃないのよ」


 「今『あいたた』って言いましたよね!?」


 「いや、だってバス子がお腹壊すなんて……」


 「ねえ……?」


 ベルゼラとルビアが『ないない』と言った感じで手を振るとバス子が口を尖らせて叫ぶ。


 「皆さんわたしを何だと思ってるんですか! ……あいたた、わたしは部屋で休んでいるのでゆっくり温泉にはいってきてください」


 「そう? じゃあ何かあったらこの笛を吹きなさい。駆けつけるから」


 「ええー……ま、まあいいです……行ってらっしゃい……」


 バス子は脱力しながらエリィ達を見送り、部屋へと戻った――






 ◆ ◇ ◆




 「サービスシーンは次回かな……?」


 「キ?」


 「いや、何でもないよ。どこまで行くの?」


 森の中へボス猿に案内され、辿り着いたのは地面にぽっかりと開いていた大きな穴だった。ぱっと見ただの落とし穴に見えるけど、降りてみたら横穴が通じていて洞窟になっていたのだ。ボス猿は結構大きく、立ち上がったら2メートル近くになると思うけど、それでも余裕だ。ちなみに僕は……いや、やめておこう……


 「あれ……?」


 ボス猿と数匹のラリアーモンキーの後ろについてしばらく進んでいると出口に到着した。だけど、そこは外ではなく、


 「人工的な建造物、かな? よっと」


 床まで高さがあったのでレビテーションでゆっくり降り、再び周囲を見渡す。ほんのり明かるく、そして少々暑い。どうも僕達が出てきた穴は正規のルートではないみたいだ。


 とりあえず温泉が湧く山と考えればここが火山だから暑いのだということはすぐに分かったけど、人口建造物の理由はまるで分からない。


 「花崗岩を削って柱を作っているのか……火山ならではの構造だね。それにしても何のために? ねえ、君は僕をどこに連れて行くつもりなんだい?」


 「キキー!」


 先を進むボス猿に声をかけると、振り向いてから洞窟の奥を指さしてぴょんぴょん跳ねる。どこか明確な場所へ案内してくれている気はするけど、何だろう。


 そして――


 「キキー!」


 迷宮のような道を進んでいくと、ボス猿の目的地であろう広い部屋の中へと踊り入っていく。それを追っていくと、部屋は先ほどまでとは比べ物にならないくらい暑い場所だった。それもそのはずで、丸い闘技場のような足場には壁が無く、溶岩の真下だからである。


 「ウッキー」


 「こっちへ来いって? ……何だろうこれ、宝石?」


 床を見ると赤い宝石が埋め込まれており不思議な輝きを放っている。ボス猿はどうやらこれを僕にプレゼントしたいらしい。


 「律儀だね。でもこれは確かに奇麗だ。これでアクセサリーでも作ったらいいものができそうだ。エリィ達にプレゼントするのもいいかも。あ、でも商品として売りに出すと利益があるかな」


 そう思いながら宝石に手を伸ばし、いざ拾おうとしたところで、部屋全体に声が響き渡った!


 <ふむ、ここへ人間が来るとは珍しいな>


 「ウキャ!?」


 「……誰だい?」


 <ほう、驚かぬか。さらに珍しいのう>


 「まあ、どこからともなく声を出すってのは僕も良くやっていたからね。姿を現さないならこのまま宝石は頂いていくけどいいかな?」


 <まあ待て、焦るでないわ>


 膝を付いて宝石に手を当てたまま周囲を目だけで見渡してみるが姿は無い。僕の予想が当たっていればもしかするとこの声の主は……


 <姿を見せるのも久しぶりじゃわい。わらわのはチェイシャ。炎を司る精霊チェイシャじゃ>


 いつの間にか目の前には4メートルほどの大きさをした赤い狐の姿をした精霊が立っていた。尻尾は業火とも言うべき巨大な炎を携え、細い目をさらに細めて僕を見る。


 「50年前に姿を見せなくなったってエリィに聞いたけどまさかこんなところに居るなんてね。どうして僕の前に?」


 <お主が色々と面白い性質を持ち合わせておるからじゃ。通常気づかんじゃろうがお主の魔力の質はこの世界とはどこかずれておる。それに質どころか純度もとんでもないわ。一体何者じゃ? そして何の目的でここへ来た?>


 そういえば大魔王エスカラーチもそんなことを言っていた気がするなあ。前世の記憶が戻ったから力も戻ったんだと思って深く考えてなかったけど、何か意味があるのかな……? でもソレイユは何も言ってこなかったし……


 <どうした答えられんか?>


 「いや、信じてもらえるかどうか分からないけど――」


 僕はオブラートに包んだりせず、全部言ってみた。精霊なら他言するのは難しいだろうし、何か分かるかもという打算があってのことだ。するとチェイシャは腕を組んで考える。


 <前世が悪神……憎しみだけで力を増し、人から神を名乗ったなら偽神と言うところだろうが、人の身でその強さを得たのなら脱帽じゃな。で、今世では真っ当に生きたいと>


 「そういうこと。僕には両親も居るし、もう人間を憎んだりしていない。後は商人としてお嫁さんでも貰ってのんびり暮らしたいんだよ」


 <ふうん>


 「つまらなさそうだね!?」


 <ああ、すまぬすまぬ。気持ちは分かるが、恐らく難しいじゃろうなあと思って。力あるものは騒動に巻き込まれるものじゃて。すでに冥王や魔族と交えたのじゃろう>


 「そうだね」


 <降りかかるキノコを払うだけか?>


 「火の粉ね。炎の精霊なのに間違えないでよ。僕としてはそう思っている。僕がやらなきゃダメってことはないでしょ?」


 チェイシャはそういう僕を見てニヤリと笑った気がした。


 <達観しておるのう。伊達に記憶は2000年以上受け継いでおらんということか。じゃが、すでにこうしてわらわの前に居ることがすでに因果ということよ>


 「それはどういう――」


 と、僕が言いかけた瞬間、右腕が熱くなるのを感じる。


 <お主の体……四肢にそれぞれ強力な力が見える。右腕は炎、違うか……?>


 それを聞いてぎょっとなる僕。


 確かに、僕の四肢には誰にも言っていない秘密があり、悪神として動いていた時、四肢を分身として配下に置いていたことがある。それを見極めたっていうのか……!


 <……その宝石は持っていくがいい。いつかお主の役に立つであろう。加工しても構わんが、身に着けられるものにするといい>


 「え? 僕はてっきり契約でもするのかと思ったけど」


 <お主の力はわらわなど遠く及ばぬところにある。恐らくその右腕にすら勝てまい。そんなのは無意味じゃ>


 「なら、僕の仲間と契約を結んでもらえたりしない?」


 <ふむ、面白いことを言うのう……あい分かった。ここへ来ればその申し出を受けよう>


 「ありがとう。それと後聞きたいことがあるんだけど」


 <……それはまた契約の時にでもな。そこの者達、出てくるがいい!>


 「キキィ……!」


 「え?」


 チェイシャが叫び、ボス猿が身構えると、


 「う、うわあ、殺さないでくれ!? お、俺達はそこにいる坊主を助けに来ただけだ!」


 いつの間にか昨日宿で見た冒険者が腰を抜かして叫んでいた。 

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