その16 暗躍は悪いやつがよくやる手でしょ?


 「そらあ! 女にはきついだろ!」


 「わああ!」


 084番の子、セラはザハックの攻撃に対し逃げるしかできなかった。見た目からするとエリィの前職でもあるクレリックのようで、武器は軽そうなロッド一本だけである。

 細腕の彼女が接近戦で戦うには無理がある……と思うのが一般的なので、周りの人も見ていられないという感じで苦笑したり目を背けたりと、応援の声すらなかった。


 ザハックにいいようにやらせるのは良しとしないと思い、僕は舞台の袖にさりげなく近づいていく。ちなみにセラは金髪で胸は中々あり、実に僕好みだということを付け加えておく。


 「君、ロッドを前に構えるんだ!」


 「え!? は、はい!」


 僕の言葉に慌てて転げながらも立ちあがってロッドを前に構えると案の定、剣を振り回していたザハックは動きを一瞬止めた。


 「チッ、てめぇか……おい、口出しはダメだろ!」


 「だな。おい、小僧これ以上はダメだ。アドバイスしたらその子を失格にするからな」


 「はいはいっと……」

 

 「そ、そんな……」


 泣きそうになるセラ。なら、別の手段で行こうじゃないか。


 「<スワローアイ>」


 僕が小さく呟くとツバメが一羽生み出される。それをこっそりセラのうなじへ、髪に隠れるように飛ばす。


 <聞こえる?>


 「え!? ど、どこから!?」


 <シッ、静かに。僕の言うことを聞いて動いてみるんだ、そうすれば負けるけど逃げないで済むよ>


 「(は、はい……)」


 よしよし、小声で応答してくれれば幸いだ。スワローアイはすぐ消すこともできるから証拠も残らないし。


 <前に出すと剣士は途端やりにくくなる。それは槍と同じでね、間合いの問題なんだ。多分ロッド全体に塗料が塗布されているはずだからロッドは好都合さ>


 「(ど、どうすれば……私、ここで落ちる訳にはいかないんです……)」


 <……オッケー、狙うのは足元。円を描くように逃げながら転ばす感じで適当に振ってくれ>


 「え、えいやあ!」


 「おお、そっちから来るのか! 当たらねぇよ!」


 「(当たりませんよう……!)」


 <いいから続けて、剣は避けてね>


 「そら!」


 「ひい!? や、やあ!」


 「当たらないってんだ! ……くそ、逃げながらとは卑怯な女だ……」


 「やあ! やあ!」


 「くそ……! しつこいんだよ!」


 <! 今だ、ロッドを斜め下からすくうように振り上げろ!>


 「こう!」


 べち!

 

 「や、やったあ! ……あ!?」


 「いてえ!? やりやがったなぁ! こいつ!」


 「きゃあ!?」


 ゴツ!


 逆上したザハックの剣がロッドを弾き、左肩に鈍い音を立ててヒットした。あちゃー、当たった喜びで油断しちゃったか。あれは痛いぞ……するとそこで試験管の声があがる。

 

 「そこまで! ふむ、084番の君はロッドの長さを逆手に取ったいい作戦だった。あの少年のヒントがあったとはいえそこは目を見張るべきだな。だが、最後に油断したのは問題だ、魔物や人間相手なら相手が動かなくなるまでホッとしないこと」


 「は、はい!」


 「そして059、君は二回目だったかな? 剣技は上がっているし、時には強引な攻めも必要だ。だが、相討ちでは意味が無い。生き残ってこそだな。家に帰るまでがクエスト、そういうことだ」


 「……あいよ」


 何故遠足みたいな言い回しを……とりあえず憮然としながらも頭を下げるザハック。何となくだけど試験官に素直なのは、一回目にボロクソ言われたんじゃないかと推測される。


 ま、僕を殴ってくれたお礼はできたし、いいかな? 僕はセラに話しかけられる前にと、そそくさとリラのところへ戻っていった。


 「あ、おかえり。大きい方?」


 「トイレじゃないけど、そういうことにしておいてよ……エコールは?」


 「今終わったところよ」


 リラが笑顔で手を振ると、エコールがニヒルに歩いてくるところだった。塗料がついていないのでどうやら完勝だったらしい。


 「フッフッフ……見たか、オレの華麗な戦い方を」


 「あ、レオスは大きい方に行ってて見てないわよ」


 「ごめーん」


 「なんでみとらんちゃけんね!? オラちかっぱ頑張ったとよ!?」


 おう、取り乱して訛りが酷い……何を言っているのかさっぱり分からないのでとりあえず話を変えよう。


 「まあまあ、塗料がついていないから当たらなかったんだろ?」


 「そう! オレの剣技がこう――」


 「次、0100と078!」


 「あ、僕だ。行ってくるね」


 「頑張ってねー」


 「――そこで相手の手首をバシッと」


 「もう行ったわよ?」


 「何でや!?」


 

 ◆ ◇ ◆



 というわけで僕も舞台へ上がり、説明を受ける。


 「一応ルールとしては何でもアリだが、常識的に考えてそりゃダメだろってことはしないようにな? それで獲物は何を使う?」


 スタッフの人が一歩横へずれると、ずらりと武器が立てかけられている移動式のロッカーみたいなのが出てきた。対戦相手は即座に片手剣を手に取ってニヤリと僕を見る。


 「こんなガキ相手に本気を出すのもアレだが、全力でやらせてもらうぜ」


 「えーっと僕も剣でいいかな……」


 「聞いてない!?」


 セブン・デイズを見てだいたい剣と同じくらいだったかなと思い、対戦相手と同じ剣を持ち、相対する。ん? セブン・デイズの宝石が緑色になってる……一昨日は赤だった気がするけど……?


 「始め!」


 「うおお!」


 やば!? セブン・デイズに気を取られていたら始まってしまった! 躊躇なく踏みこんでくる男! くそ、『逃げ回って一発だけ当てる作戦』の出鼻をくじかれた……!


 「うひゃあ」


 「そおら!」


 「ひいい」


 「どおおらああああ!」


 「あぶないー」


 僕の演技も中々のものだろう? 大げさに逃げて声を上げれば情けないヤツだろ思われる……そういう作戦さ。


 「ちょろちょろ逃げるんじゃない!」


 「うわあー」


 そろそろ一発だけ掠ってもらわないとだめかな? 僕は自分から剣に飛び込んで服の袖を斬ってもらう。


 シュ……!


 「へへ、一発入ったぜ! もう一撃!」


 「やられちゃうー」


 すかさず僕は懐に入る!



 ◆ ◇ ◆



 「うひゃあ」


 「そおら!」


 「ひいい」


 「(なんだこの小僧……!? 攻撃は紙一重で避けやがるのに、棒読みで叫んでいやがる……一体何を企んでいるってんだ……?)」


 Aランク冒険者のグラン。それがこの試験官の正体である。得物は今戦っている二人が持つ片手剣……男は荒削りだがバランスはいい、それが最初に斬りかったのを見た感想だった。だが、それを回避するレオスの動きはそれ以上に恐ろしいものだった。


 「ちょろちょろ逃げるんじゃない!」


 「うわあー」


 「(おいおい、ちょろちょろと言ってるがよく見ろってんだ、坊主の軸足はさっきから数ミリも動いちゃいねえぞ! 大げさに避けているがこいつ慣れている? 最低でもBランクはあるぞ? ……あ!)」


 グランが冷静に分析していると、ちょうどレオスが動いた! 相手の大振りをスッと胸を反らしてかわし、左足を相手の足と足の間に踏み入れる。


 「えい!」


 懐に入ったレオスが脇腹に剣をちょんと当てて塗料をつけたのだった。


 「(狙ってたのか? あんな踏込みされたら避けようがねえ。本ちゃんなら上半身と下半身はお別れだぜ。何なんだあの坊主)」


 「ふむ、時間だぞグラン」


 「うわお!? ヒューリ、居たのか」


 「ああ、どうだレオスは? 面白くなかったか?」


 「……何か知ってるんだな? ありゃやべぇな。今回のトップじゃねぇか? おい、お前等それまでだ!」


 「やはり面白いやつだったな、こりゃ最終試験が楽しみだぜ」



 ◆ ◇ ◆




 「おい、お前等それまでだ!」


 「はあ……はあ……くそ、一撃だけか……こそこそ逃げやがって……」


 「いやあ、怖かったよ。逃げるので精一杯で、僕も一発だけしか入らなかったし。お兄さん、強かったよ」


 「チッ……」


 試験官からカードをひったくるように受け取ると、アドバイスも聞かずに舞台を降りて行く。僕も試験官からカードを受け取りアドバイスを待つ。


 「はあ……お前に言うことはねぇ」


 「……そうですか、ありがとうございます」


 よしよし、ダメな感じが伝わっているみたいで良かった! 呆れてモノも言えないって状態だろう。 これなら何か適当な感じで受かるかな? まあ落ちても問題ないけどね、別の町で受けてもいい訳だし。


 「おーい! 相手凄かったねえ」


 「オレには及ばないがな。レオスなら問題ないと思ったんだけど、もらったか?」


 「そうだね、一応僕も掠らせることができたけど、試験官の感触があまり良くなかったからダメかもね」


 「うーん、そっかあ。ま、最後まで分からないし、次いこ次♪」


 リラに押されて僕たちは次の試験まで休憩をするのだった。


 魔法に剣、次は……なんだろう?

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