その1 ああ……女神さま……

 


 『お勤めご苦労様です!』


 「あ、うん……刑期を終えた人みたいな言い方だね……って間違ってもいないのか」


 『はい。レオスさんは前世で殺した人達の償いをするため、頑張りました。そして今日、それがついに終わったんですから』




 ――ここはあの世で、今の僕は光の玉のような姿をしている。


 そして目の前にいる、頭のてっぺんから耳くらいまでが赤で、そこから毛先までは白という髪をした女の子は女神で、名をソレイユという。


 ソレイユの言うとおり、僕は人間でありながら、ある事件をきっかけに人間に対する憎悪から悪神になって人間の抹殺を企んだことがある。


 策を講じたり、異世界の知識を使ったりして長いこと生きていたけど、結局2000年経ったあの日、僕は討伐されてこの世へ来た。

 悪神になってしまった事情は省くけど、情状酌量の余地があるということで僕は僕の意識を持ったまま、色々な生物に転生し罪を償うことになったというわけだ。


 「はは……最初はミジンコだったっけ……あっと思ったらもう死んでたよね……」


 『そうですね、トンボにカエル、蛇にわんちゃんに猫さん……色々な生物に七万回……レオスさんは意識を持ったまま転生しました。これで『死ぬ』『殺される』というものが嫌と言うほど分かったと思います」


 「まあね。これでも悪神になる前はパン屋になりたかったんだ、分かっているよ。ツバメのヒナの時、鷹に攫われて食べられたのはきつかったなあ……でも終わりでいいのかい」


 『ええ、七生という言葉もあるくらいです。七万回繰り返して耐えたレオスさんならもう大丈夫でしょう!』


 とか言うソレイユだけど、実は僕が悪神時代に彼女の体を乗っ取ったことがあったりする。


 「……その、悪かったね体を乗っ取ったりしてさ」


 『え? ああ、そのことですか。もう過ぎたことですし、わたしもこうして元気です! あれからレオスさんの気持ちも理解して、動物さんの魂だけじゃなくて人間の魂を転生させることができるようになったんです。レオスさんは第一号さんですね!』


 にこやかに笑う彼女はそう言ってくれ、少しだけ心が軽くなった気がする。さらにソレイユは話を続けてきた。


 『それでですね。レオスさんはまた人間として生まれ変わることが許されました』


 「そうなんだ。ありがたいね」


 『……今度は記憶を全て失って転生します。今までのことも、わたしのことも、レオスさん自身のことも……エリザベスさんのことも忘れてしまいます』


 ああ、悲しい顔をしていたのはそういうことだったのか。僕はふよふよとソレイユの周りを飛んで語りかける。


 「大丈夫。記憶が無くなったらそれこそ覚えていないんだ、気にしようが無い。だから、いいんだよ」


 『はい……』


 「……エリーはどうなったのかな?」


 『えっと、もうすでに転生していますよ。わたしも知らないどこかにです』


 ? なんだか慌てているのは気のせいかな? でも、うん。エリーも転生したのか、良かった。


 「そっか。今度は元気で幸せになって欲しいな。……うん、ありがとう、それが聞けてホッとしたよ。それで今からもう?」


 『はい! 名残惜しいですが、規則なので。今度こそ思い描く幸せが手に入るといいですね! 応援してます!』


 「ありがとう。滅多にあんなことにはならないと思うよ。記憶も無くすし。ああ、何か平凡な家に産まれたいな――」


 『今から行く世界は神が管轄していない世界ですから、どうなるかわたしにも分かりません!』


 「え、そんな世界ある――」


 『では! 末永く!』


 僕が言い終える前に、ソレイユは僕をあっさりと転生させたのだった。





 ◆ ◇ ◆





 『行った?』



 『あ、お姉ちゃん。うん、今送ったよ!』


 ソレイユに良く似たショートカットの女の子がソレイユに話しかけ、目を瞑って頷いていた。彼女も女神の一人である。


 『今度は幸せになれるといいよね』


 『多分大丈夫よ。記憶が蘇らない限りね! 万が一にもないけど!』


 『物凄いショックとか受けない限り大丈夫だもんね!』


 『そうそう、滅多にないから! もし記憶が戻っても言わなきゃいいだけよ! そんなこと無いけどね! あははは!』


 『うふふ!』


 「あの……」


 二人が笑いあっていると、こそっとショートカットの女の子の後ろから光の玉が飛んでくる。


 『ああ、ごめんねー。今からあなたも転生させるから。……本当にいいのね?』


 「はい。記憶が無くなっても、一緒に過ごせなくても、同じ世界にいければ……」


 『そればかりは彼にも言ったけど、どうしようもないからね。運命ってのがあればもしかすると――』


 「いいんです。彼が幸せで、もうあれを繰り返さなければ……私のせいでああなってしまったのだから、彼の前に立つ資格はありませんし」


 すると、もう一つ、光の玉が現れ語り出す。


 「それはあたしもだよ。引き金はきっとあたし……だから、これは二人の罪。彼に会えないとしたら、それは罰なんだよきっと」


 「……」


 『……そろそろいい? あなた達も転生させるわ。末永く!』


 ショートカットの女の子が叫ぶと、二つの光の玉はフッと消えた。


 『後はなるように、だね、お姉ちゃん』


 『ま、大丈夫でしょ。いざとなったらこの世界は――』



 そういって二人の女神は他の神が放逐した世界を見下ろしていた。

 

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