クリスマスの290

「メリークリスマス!!」

 僕とみゆさんは声を揃え、持っていたクラッカーを鳴らした。紙テープや紙ふぶきが少女の頭に引っかかり、遅れて少女がクラッカーを鳴らした。

 我が家のリビングは例にもれずクリスマス一色に染まっていた。クリスマスツリーにはオーナメントが散りばめられ、カーテンレールには色鮮やかなモールが引っかけられている。キャンドルも点々と置いてある。ぼんやりとした灯が幻想的だ。机にはこれまた豪華な料理が並んでいる。ちなみに料理は全てみゆさんが用意してくれた。

一年で子供が喜ぶ行事の一つ、クリスマス。子供の笑顔と引き換えに世のお父さんたちの財布の中身は空っぽになるという本来のクリスマスの概要とは異なってきているそんな日。僕は白い鬘と髭をつけて、サンタの格好をしていた。

「はーい! では豪華料理を食べる前に、今から僕サンタからのプレゼントタイムでーす!」

「わあ。いいなぁ、よかったねー」

 包装をされた箱を取り出す。テンションを上げてやや演技過剰な二人ではあったが、こういうときには馬鹿にならないともったいない。しかし肝心の女の子は不機嫌だった。

「はーい、これは僕からのプレゼントね」

「…………」

「えっと、これは私からね」

「…………」

 目の前にプレゼントを差し出すが、女の子は眉をひそめ、嫌悪感を露わにするだけで受け取ろうとしなかった。これではまずいと思った僕は、

「ちょっとタイム!」

そう言ってプレゼントを一旦脇に置き、みゆさんに目配せをする。目配せに気付いたみゆさんは女の子の隣に座っていたのだが、こちらの方へ移動した。そして僕達は女の子に背を向けて小声で話し合う。

「もしかして私がお邪魔したのが原因ですかね?」

「いや、それはないと思う。みゆさんが来ることは事前に言ってたし、嫌だったらそのときに言う子だよ、あの子は」

「なら、こういう騒がしいのが好きじゃないとか?」

「んー、それは少しあると思うけど……」

「あっ、もしかして私の料理が好きじゃないとか。以前電話で言ってましたよね、子どもの割に味の好みが変わってるって」

「それもどうやら違うみたいだよ。だって、ほら」

 そう言って僕は女の子の方を見る。みゆさんもつられて同じ方を向く。こちらが用意したプレゼントにはまるで目を向けず、女の子は目の前に並べられた料理にばかり気を取られていた。見定めをしているかのようにあっちこっちに視線が動く。よだれをたらし、今にも料理に手をつけそうな勢いだった。

「ねっ、言った通りでしょ」

「そうみたいですね。よかったぁ、気に入ってもらえたみたいで。でも、それならあの不機嫌な理由はどうしてですかね?」

「まあ、とりあえず本人に訊いてみるよ」

「大丈夫ですか、それ。不機嫌な理由を尋ねられて素直に答えてくれる人ってそうそういないですよ。逆に機嫌を損ねたりしますし」

「普通はね。でもあの子、基本的に態度に出にくいから直接訊いた方が早い」

「ちょっと短絡的じゃないですか?」

「まあ、見ててよ。伊達に二か月も一緒に暮らしていないからさ」

 大手を振って僕は女の子の傍に行く。そして、

「ねえ、何が気に食わないの?」

 と言った。女の子は料理にだけ動かしていた視線をこちらに移す。だけどじっとこちらを睨むだけだった。あっ、やってしまったかなぁと思い、ちらりとみゆさんの方を窺うと、首を横に振ってただただ呆れていた。

「えっと、じゃなくて。何かあったの? プレゼントだって受け取ってくれないしさ。どこか問題があるなら言って欲しいなって……」

 尻すぼみになりながらも僕は聞き直した。それでも女の子は何も言わず、先ほどより強く碧い瞳をぶつけてくる。思わず顔を逸らす。

どうしよう、怒らせたかな。

僕はものすごく焦った。どうにかしようと考えるが何も思いつかない。するとみゆさんが、

「答えてくれたら料理食べていいから」

 と言った。そんな子供だましな手がこの子に通じるわけない――そう思ったのだが、

「その格好」

 僕を指さしながら女の子は言うのだった。驚いて女の子の方を見ると、両手にはフライドチキンが握られていて、既にかじりついていた。なんだか釈然としない。だけどそれよりも事情を聞くことを優先することにした。

「これ? サンタの格好が気に入らないのかい?」

 女の子はもぐもぐと口を動かしながら頷く。僕とみゆさんは首を傾げる。一体どういうことだろうか。すると女の子は、

「サンタが嫌いです」

 続けざまにそう言った。

「サンタが嫌い? もしかして私たちのプレゼントを受け取らないのってサンタが嫌いって理由だから?」

 みゆさんは言った。女の子はぷいっと顔を背ける。

「だってあのおじさん、押しつけがましいです。勝手に人の靴下に物を入れるなんて。それで喜んでいると思っていることが」

 その言葉を聞いて、僕とみゆさんは呆気にとられてしまった。

「あんなのただの自己満足です。それにこっちは寒いというのにここではないどこかでサーフィンしたりして、とにかく不愉快です」

「それはちょっと違うような気がするけど……」

 どこでそんなこと知ったんだろう。そう言えばよくテレビやパソコンでネットを見ていることを思い出した。今度から少し控えさせたほうがいいかなと考える。

「んー、でもそれなら困りましたね、片桐さん。プレゼントを受け取ってもらわないと手続きが無駄になってしまいます」

「手続き?」

 女の子は食事の手を止めた。

「あっ、えーっと。まあ、もういっか。とりあえずプレゼントを開けてもらえないかな。受け取る受け取らないはそれからでも遅くないよね?」

 女の子は多少訝しげに僕とみゆさんを見比べる。そして軽くため息をつくと、プレゼントが入った箱のリボンをほどき始めた。

 中にはランドセルと制服が入っていた。

「これは?」

「実はびっくりさせようと思ってさ。こっそりと準備してたんだ。君が学校に通えるようにね」

「私はそのお手伝いをしてたんだ」

「場所はちょっと遠いんだけどみゆさんが勤めているところだから安心できるかなっと思ってさ」

 女の子は何も言わず、ランドセルを見つめて僕の説明に耳を傾けているようだった。その様子に僕は少し不安になった。

「迷惑だった、かな?」

 僕がそう言うと、女の子はそっぽを向き、

「不愉快です」

 小さく呟く。だけど僕たちのプレゼントを大事そうに抱えているのを見て、僕は失笑した。微笑ましい光景だった。

早く女の子が学校に行く姿を見たいなぁと思いながら、僕もフライドチキンを食べるのだった。

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