違和感の答え①
「はい、それじゃあ帰りのホームルームを終わります」
担任の教師がそういうと、教室が慌ただしく動き出し、各々部活へ行ったり帰る支度を整えたりしている。
蒼星も特に用事があるわけではないが、いそいそと帰る支度を始めた、すると突然前の席の椅子が反転し、ちょこんと蒼星と向かい合うように座ったイタルがニコニコしながら話しかけてきた。
「今日はねー、この後ユージと新しい靴下見に行くんだけど、せーとはどー?」
イタルはくりくりな目を輝かせながら、少し前のめりで蒼星にせまってきた。
「い、いやー、俺は今日も、勉強しなきゃだからっ! ごめん」
イタルのキラキラした目を見たら少し申し訳ない気持ちになったが、蒼星もそこは譲れないと両手を顔の前で合わせて断りを入れた。
「あー、やっぱりダメかー、せーとは本当真面目だー、でもしょうがない! 分かった! 勉強頑張ってね!」
「うん、悪いまた今度な」
「また今度・・・絶対ねー!」
イタルは少し考えそう言うと、手をヒラヒラさせながら蒼星にあいさつし、トコトコと真っ青な髪のユウジが座る席へと向かっていった。
イタルもユウジも、ほとんど毎日の様にこうして蒼星を放課後誘ってくれるのだが、蒼星は一度もそれに応じた事はない、元来性格的にも蒼星はひとりでいる事が好きだ、一人でいれば周りに合わせて自分のしたい事が出来ない事態は起きないし、なにより他人に気を遣うというのはとても疲れる、それならいっそできる限り一人で居たいと考えるのは自然な事なんじゃないだろうか、それでもやっぱり周りから浮いた存在になるのは嫌だから、こうして表面上だけの付き合いはするものの、それ以上は絶対に踏み込まないし、踏み込ませないというのが、もはや自分の中でも普通になってしまっている。
少し罪悪感に苛まれながらも、蒼星は普段通り静かに教室を後にした。
蒼星の放課後の過ごし方はいつも決まっている、最寄りの駅からの道すがらにあるコンビニに寄りたいして飲めもしないのに、無理して微糖の缶コーヒーを買い、家の近くにある市立図書館へ向かう、図書館の中は夏でも涼しくて快適だし、何より地元なのにも関わらず知り合いとほとんど会った事がないのだ、それに本来何か読みたい本を探したり、邪魔されず勉強をする目的でくる場所なので、皆あまり他人の事を気にせず自分の世界に入りこんでいて、そんな空気感が蒼星にとっては何よりも居心地が良かった。
「さぶっ・・・よし、行くか」
16時30分頃、蒼星は外との気温差に少し身震いしながら図書館に入ると、二階にある歴史書、古書の棚の前にある一人用のソファに腰を下ろし、カバンの中から読みかけのライトノベルを取り出した、元々静かな図書館の中でも、ここはひときわ人通りが少なくまれに誰か通ったとしても、ほとんどは職員の人か古書や歴史書が好きなご年配の方だけだ。
今読んでいるラノベは、主人公が突然異世界人にスカウトされ、異世界で傲慢な王女様の家庭教師をするという作品で、傲慢に見える王女様の心がしだいに解きほぐされていく描写がとてもリアルで、あまり趣味の多くない蒼星の数少ない楽しみの一つだった。
本を開いてから、蒼星は時間も忘れて本に夢中になっていたが、暫くしてある違和感を感じた、もう60ページ近く読み進めているはずなのに、その間誰も蒼星の近くを通らなかったのだ、平日でそもそも人が少なく、さらに人気のない場所に居るとしても時間にして二時間近く経過しているはずなのに一人も近くを通らないなんてこと今まで一度もなかった、何かがおかしいと思い蒼星がはめていた腕時計を確認すると、時計の針は16時45分を指していた。
「えっ・・・えっ?」
蒼星は驚いて時計を見返したが、時計は間違いなく蒼星が図書館に入った時刻の15分後を指していた。
いや、確かに小説は佳境ですごく面白いシーンだったし、続きが気になってたからいつもより少し読むスピードが速くなってもおかしくはない、だがいくら何でもそれで文庫本の60ページを15分で読めるほどの速読スキルは持っていないはずだ、だとしたら考えられるのは・・・時計が壊れた? それならこの状況にも大体は説明がつくし、人がずっと通らなかったのは、自分が本に夢中で気が付かなかったか、たまたま人が少ない時間帯で職員の人も特に用がなかったと考えられる。
「・・・じゃあ今何時だ?」
蒼星が時計を探そうと辺りを見回すと、棚の奥の方にかなり埃をかぶった壁掛けの時計がある事に気が付いた。
「まー、時計は時計だし」
誰も見ない様な場所にある時計に少し不気味さを感じたが、それよりも時間が気になっていた蒼星は、かまわず棚の奥へと足を進めた。
時計はかなり埃だらけで、まともに動いているのかも分からなかったが、蒼星は時計の盤面を擦り時刻を確認した。
「えっ・・・」
埃をかぶった壁掛け時計の指している時刻は・・・。
16時45分だった。
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