しょうもない短編祭
この中に一人、全裸がいる!
それは俺だ。
だが俺が全裸であることを誰も何も言わない。そういうルールだ。一堂に会している我々が、俺のあられもない姿を直接目にしていても、決して直接的な言葉にしてはならないというルールがここでは定められている。
これは俺の独白であり、ミステリである。全裸が誰かを当てるミステリだ。
俺からのヒントとして、登場人物名を特別に教えてあげよう。
アサイ、イシカワ、ウダ、エンドウ、オオクボだ。この中の誰が全裸の俺であるかを当ててほしい。
皆の挑戦を待っている。でないと、俺がわざわざ服を全て剥かれた意味がないからな。それでは読み進めてくれたまえ。
***
「全裸の人間に、一つあだ名をつけないか?」
何もない部屋に、人数分の椅子が等間隔に丸く並べられ、そこに過不足なく皆が座っている。霊でも召喚しようかという異様なこの光景の中で、落ち着き払った態度のアサイが指を一本立てて提案した。
「あだ名? いいけど、どうして?」
「だって、不便だろ。これから俺たちは全裸の人間の話をしないといけないのに、名前を言及することは禁じられているわけだ。だからあだ名をだな……」
「あだ名ねぇ」
腕を組むのはウダである。
「全裸マン」
オオクボが呟いた。
「ダッサ……」
「他にあるか?」
エンドウのぼやきは、オオクボの小さいながら鋭い言葉に叩き潰された。
「はい、全裸マンね」
あだ名が決まればなんでもいいアサイは、両手をパンと打って半ば無理やり場をまとめる。
「早速だが、全裸マンには俺たちの服を貸し与えるのは禁止されているらしい。なので、局部を自分で隠してもらうしかないな」
手で股間を押さえる全裸マンが小さい悲鳴を上げた。
「何で俺がこんな目に!」
「ジャンケンで負けるからだろ」
全裸マンの向かいに座るオオクボが静かに答えた。
「ま、局部じゃなくて顔を隠すってのもありだと思うけど」
アホのイシカワが両手を叩いて笑った。
「それは
エンドウがイシカワを手で制する。
「誰がジャンケンに負けても光ちゃんは被害者だ。全裸マンの全裸を一番見たくないのは光ちゃんなんじゃないの」
「俺は好きで全裸になってるわけじゃ……」
「まあ私は全裸マンの裸を見たことがあるからね。その点では、全裸マンの人選は私にとって良かったと思う」
「とにかく、光ちゃんがジャン負けしなくてよかったよ。もし負けてたら、誰も得しない、絶望的な結果になるところだった」
エンドウがほっとした表情になる。
「俺が脱いだら誰か得したのか!?」
全裸マンの叫びは無視された。
「男四人、誰が脱いでも得はしないが、光ちゃんが脱ぐことになったらそれはそれで地獄だって話だよ」
「私は昔から運がいい方なの。いろんな意味でね」
ウダはにやりと笑う。
「確かに、アサイあたりが負けても困るな……」
「え、別に良くない?」
アホのイシカワは首を傾げた。
「アサイは鍛えてるから、一番見苦しくないのは確かだね。けど、アサイが全裸になったら光ちゃんが困惑するのは間違いないよ」
「それもそうか……。俺が全裸になるしかなかったのか……」
単純な全裸マンは納得しはじめた。
「そうよ。私はアサイと良き友人ではあるけど、裸を見るような関係ではないもの」
「え、裸を見るような関係の人がいるの?」
アホのイシカワが爆弾を投げる。周囲がギョッとする中、ウダはゆっくり首を振った。
「エンドウは私の元彼だし、オオクボは私の今彼よ」
ウダは各人を一人ずつ指差した。
「そうなのぉ!?」
「知らなかったの?」
エンドウが呆れ返ったように尋ねた。
「だってエンドウとオオクボじゃ全然タイプ違うし……」
イシカワはしどろもどろに言い訳をする。
エンドウは物腰柔らかな優男、オオクボは寡黙でクールな男だ。言われてみたらタイプは確かに違うのだが、
「……そういう問題か?」
アサイの正当な疑問が全てを物語っている。
「知らなかったの、多分イシカワくらいだよ。全裸マンでも知ってるはずだ。ねえ?」
全裸マンは無言で頷く。
「というか、俺だからこそ、だな」
「それ、ヒントになっちゃわない? 大丈夫?」
エンドウが心配そうに尋ねた。
「いや、決定的な失言をすると警報が鳴るらしい。そんで、後でカットされるって」
この謎イベントに最も詳しいアサイが質問に答える。アサイだけ企画の説明を受けているのだという。
「え? カットって……」
「録音されるってこと? じゃあめっちゃ喋っとこ」
「イシカワはアホだから、喋るとボロが出る。黙っとけ」
オオクボがイシカワをバッサリ斬った。
「そもそも、録音されるから喋るという論理は何だ?」
「せっかく録音されるっていうなら、いっぱい喋って声を残してた方がお得じゃない?」
「その理屈がわからん」
「いや、待てよ。これは本当に録音されるのか? だって……」
アサイがそう呟いた瞬間、警報が鳴った。
「なるほどな。みなまで言わせない、ということか」
「どういうこと? どういうこと?」
アホのイシカワだけ気付いていないが、この疑問に答えるとまた警報が鳴るに決まっているので、周囲は口をつぐむ。
「しかし、思ったより警報は簡単に鳴るんだな」
オオクボが足を組む。
「となると、全裸マンはもう喋らない方がいいかもしれない」
「だね。今までの発言も全部カットされるかも」
「マジで!?」
アホのイシカワが大袈裟に驚いてみせる。
「まあいいよ。逆にカットされると分かってたら、好きに喋れるさ」
全裸マンは少し傷ついたような声である。
「全裸マンとしてではなく、名前を持って椅子に座っている人間の一人として喋ればカットされないよ。あたかも服を着ているかのようなフリをして、喋ればいいんだ」
エンドウがフォローに入るが、それはそれで全裸マンは傷ついたような表情になっている。
「それでも結局カットされちゃうんじゃ……」
ウダの一言も警報によって中断された。
「えっ、なんで警報が鳴るの? これがダメなら全部の音声がダメでしょ」
また警報が鳴る。ウダは完全に黙るしかない。
「喋りにくいな」
「もう全裸マンを無視して喋ろう。雑談してれば警報も鳴るまい」
「そんなぁ」
すでに時折無視されていた全裸マンは、完全に無視される運びとなった。
「しかし、急に雑談しろと言われても困るな」
「こんな時のイシカワだね」
「任せてよ」
アホのイシカワは胸を張る。
「昨日、姉ちゃんがさぁ……」
言いはじめたところで、ぽわんと間抜けな音がする。
「え、なにこれ、警報?」
「アサイ、解説よろしく」
「いや、俺もこれは知らない……」
「とにかく警報ではないんだよね? 話を続けよう」
「うちの姉ちゃんってアサイの妹と仲がいいんだよね。あと、エンドウの弟も。昨日、その三人で遊びに行ったらしいんだけどさぁ」
「ちょっと待って。うちの弟ってそうだったの!?」
エンドウが椅子から立ち上がって驚いた。
「そうだよ。実の弟なのに知らなかったのか」
「知らないよ。大学だって違うし、一ヶ月近く会ってない。弟の交友関係なんか……」
「なんなら、アサイの妹とエンドウの弟は付き合ってるよ」
「嘘だろ」
今度はアサイが椅子から崩れ落ちる番だ。
「なんで自分の兄弟が付き合ってたくらいでそんなに驚くんだ」
オオクボがクールに尋ねた。
「普通は驚かねぇよ。相手がこいつの弟だからだよ!」
「兄弟にはね、一人っ子のオオクボにはわからない機敏というものがあるんだ」
「いや、俺にも妹いるけど」
オオクボがそう言った時、ブーっと長いブザーのような音が部屋に響いた。失言のときに鳴る警報とは違う。
「何だろ、この音……」
イシカワが首を傾げる。全裸マンは震えていた。これから自分の身はどうなるのだろうという不安か、あるいは単純に寒いのか。
「……おそらく、この時点で全裸マンが誰かわかる情報が揃ってしまったということだ。つまり俺たちの役目は終わった」
アサイが周囲をキョロキョロ見渡した。
「ねぇ、これは結局なんなの? 僕は全裸マンについて喋ればよかったわけ? 喋らなければよかったわけ?」
「さあ、どちらにせよ俺はそろそろ全裸から解放されたいんだが」
「全裸が一番解放された格好なんじゃ……」
それと同時に、部屋に一枚のパンツが投げ入れられる。全裸マンは慌ててそれを履き、晴れて全裸ではなくなった。
***
どうやら俺の正体は、上記の描写からわかるらしい。俺の正体がわかる方を大募集しているそうなので、心優しい方は俺の正体を当て、できれば俺に服を恵んでほしい。
追記:このメンバーは、同じ大学の同じサークルだ。全く、こんな恥を晒して、俺はこの先大学生活をどうすりゃいいんだ……。
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