お姉ちゃん物語〜明るい方〜

 ひょんな事からボクは異世界転生する事になった。


 寂れた農村で産まれ育ったボクに妹が出来た。

 その報を聞いたのはボクが家の田畑の草むしりをしている時の事である。

 村の産婆のボクらをよぶ声に反応した父に抱きかかえられ、家へと走る。

 で、家の中には母と産まれたての妹がいたわけだ。


 あまりこういう事を言ってはいけないのだけれども、産まれたての妹はくしゃくしゃで猿っぽいなぁ、と。


 前世から今世と、ボクは人生初のお姉ちゃんになる。

 ボクのお姉ちゃん童貞はこの妹に捧げられるわけだ。

 妹よ、ボクは立派なお姉ちゃんになるぞ。だから君も立派な姉好き好き妹になってくれ。



 妹かわいい。村には見た目ではこの娘よりかわいい娘はいる。妹がそうならボクもそうなんだけれどもね。妹は特別なのだ。

 妹の手を引いて家の外へ散歩をする。

 太陽が眩しい。妹の日焼けが心配だ。ボクは日焼けロリボーイッシュ萌えだからボクの日焼けは気にならない。けれども妹の日焼けはだめなのである。妹だからそうであり、ほれは理屈ではなく、ボクの正義が拒否するのだ。

 これはどげんかせんといかん。

 しばし考える。帽子なんて上等な物はこの村にはないし、この村にはそういう文化もまだないのだ。

 布もあるにはあるが子供のボクに気軽に使って良いよ、と分け与えれる様な存在ではない。


 花かんむりを思い出したボクはそこいらに生えている雑草をむしって編んでみた。草の鍋敷きが出来た。

 ボクはそれを自分の頭の上に乗っけてみる。

 と、それを通りがかった近所の糞ガキ共が指を指して笑うではないか。ファック!

 妹もこの姉は…という眼でボクをみる。まだ幼いこの妹もそういう事はわかるのだろう。

 ボクは鍋敷きをサイドスローで投げた。ブーメランの様に途中で弧を描き戻ってきたそれは野犬に咥えられ、持っていかれた。

 妹はそれを見て少し喜んだ。ボクは鍋敷きを量産し、妹に与える。

 妹はそれを投げて遊ぶ。近所の糞ガキ共も真似して遊ぶ。

 他の野犬らも寄ってきてちょっとしたフリスビー大会が始まる。

 一緒に遊んで見れば糞ガキ共もわりと悪い奴らではない事がわかった。


 村のちびっこらにフリスビーという娯楽を提供したボクはちびっこらのちょっとしたヒーローだった。

 奴らが鍋敷きを自分で作れる様になるまでは。

 自分らで作れる様になればボクはもういらない女なのである。過去の女ってやつかファック。

 妹も奴らと一緒に遊びたがる。

 ボクの脳は粉々に破壊された気分だぜファック!!


 妹よ、お姉ちゃんと女の子らしい遊びをしませう。鍋敷きではなく花かんむりはいかが?

 やーなの。それよりあたしは皆とおいぬさんとフリスビーをしゅる!

 と言われたらからお姉ちゃんは悲しいです。心の中のナニが鬱勃起。

 ならお姉ちゃんは他の娘と女の子らしい遊びをします。今日からお姉ちゃんは皆のお姉ちゃんになります。誰にでもホイホイ姉になるビッチ姉に。


 そんな決意を幼き胸に抱き、女の子グループに飛び込んで見れば、ボクがそのグループ最年少じゃねえですか!

 これもう妹じゃん!もー!



 鬱勃起も萎え萎えになったけれども、周りが年上となれば、これは姉プレイの勉強になるし、妹の心境も学べる一挙両得。

 お姉ちゃんになるにはまず妹を学ぶべし。だから1つしか違わん娘もいるけど義理の姉らよ、もっとチヤホヤするべし。お姉ちゃん風をもっと吹かすがよい。


 妹よ、お姉ちゃんは妹になります。女の子限定のチヤホヤしてくれるのならば誰にでも妹になる共有妹に。

 お前は少年グループの姫で満足しておきな!



 母に怒られた。

 妹の面倒を見なさい、と。

 姉としては確かにそうだ。けれどももうボクと妹の道は違えたのである。

 ボクはビッチ妹に、妹は少年グループの姫に。

 もう交わる事はないの。悲しいけれども……

 的な事を伝えた。ボクは伝えたのである。


「何をわけわからない事を言ってるの!お姉ちゃんでしょ!」


 と母に一蹴されてしまったではないか。

 このわからず屋!と思ったし、口に出かかったけれども、親子と言えども人と人は結局はわかり合えぬのだろう。そう思うとボクの心に諦めが拡がる。

 幼きに寄ってしまっていたボクの精神は大人を思い出した。大人になるという、それは寂しくて、悲しい諦めを……


 仮初めの妹を捨てて、現実の姉に戻されたボクは考えなければならない。

 以前のチヤホヤされた妹ライフにはもう戻れないのだ。

 妹を女の子グループに無理矢理連れて行く?それをした所で仮初めの妹はリアル妹には勝てない。

 チヤホヤされる対象が妹になるだけだ。

 妹をパージするなんてのは出来ないし、したくはない。

 妹はカワイイ。それは嘘偽りない本心だから。

 けどあの糞ガキグループにはいたくもない。男の子より女の子の方がカワイイ。当たり前だよね!ならボク、女の子に囲まれていたいよ!当たり前だよね!これ!


 どうしたらいいかを考える。

 妹は外を駆け回るのが好き。

 ボクは女の子グループにいたい。

 女の子グループは散歩程度はよくても、野を駆け回りたくはないだろう。皆おしとやかだからね。

 もうちょっと成長すれば一世代上の少年少女混成グループみたいに裏の森の入口らへんで一緒に野鳥を生捕りにしては、捌いて焼いて食べるなんてたくましい事もし始めるのだろう。

 けれども今のボクらは互いに幼すぎて歩調を合わせられないのだ。


 お姉ちゃん達、ごめんなさい。ボクはやっぱりお姉ちゃんだから、妹の姉に戻ります。



 糞ガキグループのフリスビーは木を削って作られているちゃんとしたブーメランに進化していた。

 大人の介入が垣間見える。

 子供の遊びに大人の手を借りるなんて反則だ!

 クソッ!羨ましくないんだからね!ちっとも!

 妹は彼らのブーメランを借りて投げる。楽しそうだ。羨ましい。

 ボクも投げたい。けれどもボクのプライドが邪魔をして、ボクにも貸して、を言えなくて歯噛みしかできない。

 その日はボクは彼らが遊んでいるのをただ眺めていた。



 ボクらも毎日毎日遊んで過ごしているだけではない。

 家の手伝いをしなければならないのはどこの家も同じだ。それも各家によってまちまちだから、その日はいる子も別の日にはおらず、ボクら姉妹が参加出来ない日も遊べる子らは集まっている。約束なんてないって事。

 妹と雑草を抜いていると、妹が野良子犬を見つけた。

 そんなもんより働く姉の、このボクの姿を見て欲しいが、姉の雑草むしりテクに心惹かれる物は一切ないのだろう。見てよこの根を残さない引き抜きテクを。父にも褒められたこの自慢の技を。

 妹は野良子犬に夢中だから嫉妬しかない。

 子犬には勝てなかったよ……

 これだから子犬は嫌いだ。やっぱ猫だな、猫。それも成猫。仔猫は駄目だ。かわいくないとは言わないが、成猫には勝てはしない。その論争はボクは聞く耳を持つ気はないのでお前らで勝手にやってろ。


 妹は手早く雑草フリスビーを編んではポテンと投げる。

 子犬もそれに興味をひかれたのかトテトテと近寄ってはクンクンとその匂いを嗅ぎ始めた。前足でちょんちょんと突付いてみたり。

 ボクの中に存在していた、成猫へ傾いている天秤は少し犬サイドに振れた。可愛らしい物は可愛らしいのだ。


 よし、妹よ。君の雑草フリスビーは悪くはない。悪くはないが、この姉の元祖雑草フリスビーを見よ。そして尊敬の念をより抱くが良い。

 ボクもいそいそと雑草フリスビーを編み、妹に手渡すと、妹はそれを子犬の近くに放った。筈だった。

 それは作り方が雑になっていたのかもしれない。もしかしたら妹のいつものとは違っていたのかもしれない。

 距離が伸びたそれは子犬に当たる。驚いた子犬はキャンと鳴いた。

 それを聞きつけたのか親犬だろう成犬がシュババって来てはこちらに唸り声を上げながら威嚇を始める。

 野犬怖い。けどお姉ちゃんは妹を守らなければならない。すっと妹の前に立ち、犬から妹を隠す。

 敵意はなかったし、謝罪の意しかこちらにはないが、人と野生の犬は通じ合えないのか伝わりはしない。


 牙と歯茎を剥き出しにしながら唸る犬はボクは怖い。

 野生を初めて目の当たりにした妹も、いつも楽しく遊んでいるつもりだった野犬の現実を見てショックを受けているのか泣き出した。

 妹よ、幼い君に言っても無駄だという事はわかっている。だから言わない。ボクの思いよ届いてくれ。刺激する様な事は勘弁してくれ、という想いよ。

 そして父にも届け。近くで作業しているはずのパパン、助けてパパンという願い。


 前はグルグル、後ろはビャービャー。これなぁに。

 これはね、絶体絶命の危機ってやつ。


 多分一分二分も経過はしてない。体感ではそれ以上に思えたけれども。

 とにかく妹は助けなければならない。だってお姉ちゃんだから。

 あわあわしていたら犬の威嚇が少し柔らかくなった気がする。

 あちらも子犬を背にしているのだ。勝てる相手だと思っているだろうが、万が一を避けたかったのだろう。


「ぎゃん!」


 目の間にいた犬が悲鳴を上げながら、横へと倒れこむ。その上ではブーメランが回転していた。


「大丈夫か!?」


 糞ガキAの声だ。

 その大丈夫か、はボクの心の乙女心に深く刺さった。

 ブーメランでキュンです。


 そう。これが愛しの旦那さまに恋をしたきっかけである。

 ボクはその日、姉でも妹でもなく女へとクラスチェンジした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る