第2話 悪夢の始まり(時系列:本編開始前)

休めぬ翼

 空は青い。

 それは私への皮肉か?

 青い空が赤く染まる時、1日の終わりやこの世の終焉を感じさせる。

 ならば、私の紅い目は何を示している?


「今日の朝食です」

「うむ」


 近衞は相変わらず、器用に料理を作る。

 しかし、目の前に並べられた食事は人間を喜ばせる物だ。

 食事は、人間の味覚を刺激し、脳を震わせる。

 だが、食事で感動したことなど一度もない。

 食べるのが当たり前になっているが、食べなくても生きていけるのではないかとさえ思える。


「馳走になった」


 廊下を歩くと、鳥のさえずりが聞こえる。

 これは何を意味しているのだろうか?

 同族にしか分からない暗号か?

 それとも、何の意味もない生理現象か?


「あれれ? こんなところで会うなんて奇遇だね〜」


 風見はいつも通り屋根の上に登っている。

 将来は、風見鶏にでもなりたいのだろうか?

 それとも、前世が風見鶏だったか?


「別に。邪魔したな」

「そうかい? また話そ〜」


 この場から遠ざかる、長居しても雰囲気が悪くなるだけだ。

 いつものことながら、庭から聞こえる素振りの音は不快だ。

 私という存在を追い払うための呪詛なのではないかとさえ思う。

 奴が死んでから気分が晴れない。

 人の死など何とも思わんが、今まで目の前に当然のようにあった物が忽然と姿を消せば戸惑うものだ。

 随分と世話になった。

 拾ってもらった恩があるし、名をつけてもらったこともありがたく思っている。


「私が国主など馬鹿げているな。彼奴はこの国を潰したいのか……」


 遺言として残されたのは、私が国主になるということだ。

 私に務まるとは到底思えん。

 人の気持ちを理解することが出来ないと断言できるというのに。

 未だにこんな事でグチグチ言っていたら世話ないな。

 それに、気付かないうちに、この場所にまた来てしまった。

 いつも彼奴が座っていた玉座の間だ。


「お前はいつもそこで踏ん反り返っていたな」


 先代は、まるでこの世界の神であるかのように世界を俯瞰していた。

 その姿には、畏敬の念を覚える者も多かったのだろう。

 神々しく見えたに違いない。


「たのもーう」


 どこからともなく声が聞こえる。

 背後から聞こえるその声は、おそらく南門から叫んでいるのだろう。

 南門はここから遠いため、非常に面倒だ。

 次からは宮廷への出入りは自由にしよう。

 そう決めた。


「姫、少し問題が生じました」


 やれやれ、そのトーンで問題と言われれば、面倒事であるのが透け過ぎている。

 嬉しいサプライズである可能性を残した言い方はできんのか?

 まぁ、別に構わんが。


「それで?」

「国主の変更に兼ねてから反発していました属領の長が反旗を翻し、こちらに向かっています」

「あのカスか? する事なす事全てカスだな。マスターカスとでも名付けるか」

「いかがいたしますか?」


 そんな事を聞かれても困る。

 私にどうしろというのだ?

 優しく諭すのが正解なのか?

 先代なら、圧倒的なカリスマ性を持って、この場を沈めたのだろうな。

 現に、あのカスを配下においておけたのも、奴の手腕によるところが大きい。

 ならば、私はどうするべきなのか?

 何をすればいいのだろうか?

 国主として、私はどうすればいい?


「よし、迎え入れろ。門は全開で良い」

「御意」


 私は私のやり方で行くのみだ。

 この世界で目覚め、右も左も……自分自身さえも分からない私を迎え入れてくれた此の国には感謝している。

 国主になったからには、此の国を守っていかなければならない。

 そのためにするべき事はただ1つだ。

 そうしてるうちにも、門前には大軍とは程遠い軍勢が徒歩で訪れる。

 小さな国の小さな兵士達は、精一杯の武装をしている。

 微笑ましい限りだが、一国の中枢をそれで落とせると思っているとは、舐められたものだ。

 まぁ、ここには数人しか人はいないから仕方ないな。


「新たなる国主はどこだ?」


 軍勢のリーダー、通称カスは声高らかに叫ぶ。

 あーうるさい。

 本当にうるさい。


「それは自分の事だが、貴様らはどこの馬の骨だ?」

「ふん、我々のことも知らないで国の主とはよく言う」

「馬の骨一本一本を覚えるような非効率なことするわけ無いだろ? カスはカスらしく口は閉じておいた方がいいぞ」


 ボロボロの剣に、数本の弓、背後には農耕具を手に持ち、こちらを睨みつける集団は、アリよりは可愛げがある。

 このまま踏み潰したくなるが、まぁ良いだろう。


「それで、用件はなんだ?」

「我々の独立を認めろ! まぁ、国をまとめるのが面倒なら、俺が代わりに国主になってもいい」

「ほぉ……それはありがたい」


 少なくとも、この仕事は嫌気がさす。

 何と言っても人の上に立つなど、柄ではないのだ。

 出来ることなら、誰かに押し付けたいとは思っていた。


「話がわかるじゃねぇか。先代の時から、この国の舵取りは俺がやった方が良いと思ってたんだ」

「……」

「交渉成立でいいんだよなぁ?」


 自分の身の丈以上の要求をする奴に限って、馬鹿面が笑えん。

 馬の骨でできている馬鹿面男など供養する気にもならんが、正直こういった類の存在は面倒ごとを呼び込む疫病神の化身でもあるから、早々に退場してもらった方が此方としても助かるというものだ。


「それは出来んな」

「あぁ?」

「選べ。ここで死ぬか、私に従うか」

「ふざけんなよ? 死ぬのはテメェだ」


 勢いよく走り出して、私に武器を振りかざす。

 頭の沸点まで低いとはどうしようもない男だな。

 ご愁傷様だ。


「え……」


 宮廷まで来た軍勢はアリよりも小さく体を縮こませる。

 目の前に、先ほどの男の首が転がっているからだろうか?

 大袈裟だが、刺激が強過ぎたかな?


「はい、この話はお仕舞いだ」

「うわぁぁ」


 兵士達は一目散に四方八方へと散らかる。

 アリよりも早い逃げ足に感嘆を覚えるが、見ていて気持ちの良い物ではない。

 私は話し合いは苦手だ。

 出来る限り、早く事を終わらせたい。

 この男は何れにせよ、邪魔をしてくることだだろう。

 話し合いよりも、よっぽどスマートなやり方だ。


「姫……この賊の住んでいる地域では、女・子供も戦に参加するようです。これが第一陣だったようで……」

「現に女も数人混じっていたな」


 それは即ち、この暴動自体が属領国内の総意ということだ。

 先代の王は、素晴らしき指導者ではあったが、それでも敵を作らずに前に進む事はできなかった。

 必ず、侵攻を阻むものがでてくる。

 それを目に見えないところに遠ざかるか、手なづけるのか、そして殲滅するのかは指導者による。


「その属領に侵攻する。民家はすべて焼き討て」

「御意」

「この一件で、王は完全に死んだことにする」

「姫……」

「奴とはこれでお仕舞いだ」


 私は私のやり方でこの国を守る。

 新しい王などいらない。

 この国のことは国民が決める。

 私が気負うことなど何もない。


「この瞬間を待って、この国は生まれ変わる。先代の王の意志を継いだ中途半端な産声は、ここで途絶えた」

「……」

「これからは……私の時代だ」


 見ているだろうか?

 お前の作り上げた国は無残にも崩れ去ったぞ?

 だが、それも楽しんでいるのだろう。

 お前がくれたチャンス、私は私のやり方で続けていく。

 さらばだ、恩人。

 そして、消えろ……亡霊

 足下に広がる血の海は、国の母としての威厳を放っていた。

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