03.夢

2063/05/17Sat.

 いつもの白い天井が見える。何十回目だろう、この天井を見上げる度にVRから戻ったという実感とともに、例えようのない虚しさを覚える。陸はこの天井とカーテンに囲まれた空間に体だけではなく、心も囚われていた。しかし、今回、咲良と過ごした時間はそんな陸にとって、とても刺激的で充実したものであった。VRから戻った今でも、目を閉じると、咲良がしていた香水の香りが思い出された。


 陸は今日のVRでの出来事を反芻しながら、自身の心がいつもとは違う場所にあることを認識していた。同時にもし自分がなら咲良と何の負い目も感じず対等に向き合うことができるのに、という叶うことない新たな願望が湧き上がって来るのを感じていた。感傷に浸っていた陸だったが、ふとテーブルに置かれた時計に目をやると、時計の針は既に19:00を回っていた。


陸は帰ってきたことを知らせるために、ナースコールを押した。「プルルルル」という電話のような呼び出し音が10秒間程鳴った後、「プツッ」っと切れた。それから一分間程経った時、カーテンの向こうでドアが開く音がした。カーテンが開くと、そこには添田が立っていた。陸の顔を見るなり添田は、


「夜勤です、よろしくね。それにしてもよく寝てたわね」


と声をかけてきた。


「疲れたのかな。そんな感じはないんだけど」


陸は平静を装うように返した。


「で、どうだった?VRデート。その感じからすると大成功?」


添田は興味津々のようで仕事そっちのけで聞いてきた。


「まあまあかな。そう言えば、看護大学の学生だったよ。でね、、、」


その時咲良と添田とのギャプに驚いたことを話した。


「あら、失礼ねーこれでも30年前は、ナイスバディで大学ではミスキャンパスだったのよ」


添田は自慢げに話した。


「ミスキャンパス?添田さんが?ふふふ」と笑うと、


「それだけ元気なら大丈夫ね。陸くんのそんな笑顔、初めて見たわ。保護者代表として嬉しいわ」


と冗談交じりに言った。添田は陸が一年前にこの都立牧野病院に来た時からの受け持ち看護師で、陸が心を開く数少ない人間の一人であり、身寄りのいない陸には保護者同然の存在であった。検温を終えた添田は、


「じゃー何かあれば、コールで呼んでね」


と言ってカーテンを閉め病室を出ていった。


添田が出ていった後、陸は再び横になり天井を眺めた。いつもならタブレットをしている時間だったが、やはり疲れがあるのだろうか、直ぐに眠気が襲ってきた。陸は今日のVRの余韻をもう少し楽しみたかったが、眠気には抗えず静かに目を閉じた。

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