第23話 逃げる時は全力で逃げる

「私の、願いの……ために――死ん、で……」


 そう言い放った少女は、牙を剥き、今にも襲いかかりそうな体勢を取る。

 それはもう人間であることをやめ、獣に堕ちたように見えた。

 結衣もすぐさま戦闘態勢を取り、いつどこから襲いかかられてもいいように構える。


 すると突然、雲一つなかった青空が白一色に染まり、水滴を垂らす。


「あ、雨……?」

「結衣様! 避けてください!」


 結衣が雨に気を取られて上を向いている隙に。

 猫耳の少女は弓を構え、矢を放っていた。


 結衣はすぐさま防御魔法を貼り、ドーム状の防壁が出来上がる。

 しかし、無造作に投げ込まれる矢に耐えきれなくなったのか、パキンと音を立てて崩れた。


「ぐっ……!」


 その衝撃波で体勢を崩し、結衣の身体は石のように転がり、ドアを壊しながら家の中に強引に入れられた。


「結衣様! 大丈夫ですか!?」

「うっ……こ、これぐらい……治癒魔法でなんとか……」

「無駄……だよ。そん、な……隙が……あるなら、速攻で……矢を放つ……から」


 かつてないスピードで猫耳の少女が迫る。

 こんな力を持ってたのか……

 あの時とは、比べ物にならない。

 だけど、結衣も――負ける訳にはいかないのだ!


「――増幅ブースト!」


 そう言葉を紡ぎ、迫る少女をギリギリで躱す。増幅魔法をもってしてもなお、互角のスピードを見せる少女。


 かつてない苦戦を強いられ、治癒魔法すらまともにかけられない。

 どうすれば勝てるのか。

 そう考えさせてくれる間も与えない。


(――つ、強い!)


 まともにやり合っても勝てるわけがなく。

 対峙している相手はいつもの真菜ちゃんでも、初めて戦った敵でもなかった。


 ただ純粋に勝利を求める、明確な殺意を持った――厄介すぎる、敵。


 腕も脚も、傷だらけで立っているのがやっとなぐらい。

 それでも、結衣は――勝つために。


「――空間転移シフト!」


 “逃げ”の一手を、選んだ。

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