王弟の最期

 目の前にいる異形なものは一体何なんだろうか? 魔獣? いや、ドロドロに溶けたような体をしているが不思議と形を保っている。大きさはドラドと同じくらいの大きさだ。黒く、目の部分だけが赤く光っている。こんな化物と戦わなければならないのか? とても嫌だ。なんなら、逃げ出したくなる。


 僕の目の前には先祖返りをしたミヤとトランが王弟に対して身構えている。あまりにも不気味な姿できっと手を出しかねているのだろう。すると王弟が大きな声を放った。言葉とも聞こえなくはないが、はっきりとは分からない。その音には魔力が乗っているようで、その後、強烈な爆風が吹き荒れ、僕は吹き飛びそうになった。そして王弟の口から出た汁のような物が地面に垂れていた。


 垂れた汁はそのまま地面に当たると、地面を溶かし始めた。あれに当たるとまずいな。まるで弱点がなさそうではないか。とにかく遠距離攻撃をするしかない。その中で王弟の弱点を探さなくては。その意図を汲んだのか、リードとルードがすかさず矢を放ったのだ。


 矢は王弟の体に突き刺さり……そのまま抜けてしまった。矢は後ろの木にストンと当たった。見た目がドロドロだが、本当に肉体が無くなってしまったのか? これでは物理攻撃は難しいではないか。すると王弟は咆哮しながら攻撃を繰り出してきた。それはあまりのも遅かった。ミヤとトランに対して、打ち下ろすようにパンチをしたが、二人は難なく避けた。王弟の拳に見える場所は地面に当たると、その部位が四散したのだ。


 飛び散ったものが辺りの物に当たると、溶かし始めたのだ。なんだこいつは。歩く硫酸か? 何でもかんでも溶かしやがって。こうなったら、何でも試してやる。僕は団扇に最大の魔力を込めて、大きく扇いだ。今まで感じたことのないほどの烈風が、周囲の瓦礫を巻き込みながら王弟の体に激しくぶつかったのだ。


 その風の影響で王弟は激しく倒れたのだった。


 「よし!! 王弟には魔法は効きそうだな。皆、魔法を……」


 考えてみれば魔法が使えるのは僕だけだ。シラーはまだ治療中だ。そうだ、カミュだ。魔法だけなら役に立つだろう。


 「カミュはどこだ?」


 辺りを見回したがカミュは見当たらなかった。


 「くそっ!! また逃げやがった!!」


 すると、どこからともなく笑い声が聞こえた。


 「私が逃げるなんてロッシュは何も分かっていないわね。私が活躍できそうな場面で逃げるわけ無いでしょ。魔力も休んだから満タンよ。さあ!! 喰らいなさい。私の最大最強の魔法を!!」


 その言葉を放つとカミュが決まったポーズで王弟に魔法を放った。キラキラとした光が王弟を包んだ。その瞬間に王弟が試算するほどの大爆発が起きたのだ。


 凄い!! 王弟をやっつけてしまったぞ。


 「カミュ!! やる時はやるんだな」


 「褒められているんだか、貶されているんだか分かりませんが、私にかかればこんなものですよ。魔界最高峰の魔術師と言えば、この私よ!!」


 なんだろう。カミュが調子に乗る時は嫌な予感しかしない。するとミヤから声が飛んでくる。


 「気をつけて、気持ち悪いのが戻ろうとしているわ」


 ミヤの言う通りだ。四散した王弟の肉体と言うか液体と言うか、それが一箇所に集まろうとしている。


 「集まり切る前に肉片を潰してしまうんだ。今なら、なんとかなるかも知れない」


 トラドが叫ぶ。なるほど、言う通りだ。今ならば王弟の反撃はない。といってもどうやるんだ? 目の前にウネウネと動き気持ち悪い物体がある。焼き払うか? こういうときこそ、カミュだ。僕は魔力回復薬をカミュに投げつけた。


 「カミュ。火魔法だ。これらを焼き払ってくれ!!」


 「ごめん。使えないわ」


 うん……なんだろ。なんか、ごめんね。


 「私をそんな哀れそうな目で見ないで!!」

 

 僕達には何も為すすべもないのか? 有効な物理攻撃もない。土? 水? 魔法がどれも意味があるとは思えない。するとシェラが攻撃が止んだのを見計らってやってきた。


 「旦那様。当てにしないで聞いてね。おそらく魔属性のアウーディア石の影響を強く受けているはずよね?」


 「そうだろうな。石のかけらを食べてから、訳の分からんものになったからな」


 「そうよね。魔属性のアウーディア石の対極の物をぶつけてみればどうかしら? 中和されるかも知れないわよ」


 対極? ということはアウーディア石そのものって事か。今手持ちなのは、アウーディア石から作った土壌復活剤しかないが。でも、これを使ったらむしろ強くなるってことはないよな? もう何が何だかわからないぞ。するとミヤが側に寄ってきた。


 「とりあえず使ってみたら? どうせ、私達にはどうすることも出来ないんだし。それで効果がなかったら……あれのことは放置しましょ? この都市は放棄することになると思うけど、なんとかなるでしょ」


 なんて無責任な。でもミヤの言うことにも一理ある。可能性があるならば、試して見る価値があるな。カバンから取り出した復活剤を一滴、王弟の何かにかけるとみるみる小さくなっていく。まるで塩をつけたナメクジのようだ。なんだ、楽しいぞ。僕は辺りに散っている王弟の何かに復活剤を垂らしていく。小さくなった王弟の何かはそれ以上は小さくならず、一箇所に集まっていくのは止まらないようだ。


 なんとか飛び散った王弟の何かには復活剤をかけることは出来たが、復活剤はなくなってしまった。こんな使い方をするとは、夢にも思っていなかったな。でも、これで王弟はかなり小さくなるはずだ。たくさんの何かが合わさり、一つの形をなしていく。


 その姿は……腹がはちきれんばかりに膨れた魔獣の姿の王弟だった。王弟は堪えきれないのか、すごい勢いで腹の内容物を撒き散らしていく。出てくるのは魔族達だ。山のような魔族が積み上がっていく。


 気持ち悪いな……この光景を見ているミヤもすごく嫌そうな顔をしていた。きっとリードとルードも似たような顔をしているんだろうな。カミュは……もう見ていられないのは後ろを見ている。敵を前に後ろを見るとはな。


 王弟はどうやら吐き終わったのか、息を切らせている。


 「なぜだ? 私は最強の力を手に入れたのではなかったのか?」


 あれが最強? なんというか、災害みたいな物のように見えたが、最強とは程遠い気もするな。王弟は焦点が定まらない様子で僕の方を睨み付けてきた。


 「また小僧か。お前は本当に目障りなやつだな。私はこの肉体を得て、人間という器を超えることが出来たのだ。私はこれより新たな国を起こす。人間を超越した者たちが集う国だ。それが出来た暁には、かならずや王国は我が手中にしてやるわ」


 何を言っているんだ? 人間を超越? ただの魔獣ではないか。そんなので強くなってつもりなのだろうか? それにここを逃げ出させると本気で思っているのか?


 「王弟よ。お前は大きな勘違いをしている。お前はここを去ることは出来ないぞ」


 「ふん。何を言っているおるんだ? この肉体がある限り、何人も逆らうことは出来ない。まぁ王都の民が消えてしまうのは勿体無い気もするな。まぁ我が下僕である人間は腐るほどいるからな。なんなら、お前を下僕にしてやってもいいぞ」


 何を言っているのは本当にわからないが、そう思うのが遅かったようだ。それよりも早くミヤの拳が王弟に炸裂した。王弟は偉そうなことを言っていたが、なんとも無様に転がり瓦礫の前で止まった。


 「なぜだ? この肉体は最強のはず。こんな小娘にこうもやられてしまうんだ? それにしても美しいな。私の妾にしてやってもいいぞ」

 

 ミヤは生理的に受け付けないのか、自分を抱きしめるように身を守り始めた。その目はなんともゴミを見るような目だ。僕は大人だから、そんな言葉くらいで動揺しないが、ただ一人我慢できないお方がいた。


 倒れている王弟に対して、トランが踏みつけ二度と立ち上がれないようにした。その時の王弟の叫び声はなんとも気持ち悪かった。トランはさらに王弟を蹴り飛ばし、ゴミのように転がる王弟。トランはその王弟を見ると、頭を掻きはじめて、こっちに戻ってきた。


 「人間界に干渉するつもりはなかったが我慢できなかった。私はこれ以上、ここにいることはダメだな。ロッシュ君、すべてが片付いたらまた、魔の森に遊びに行こうではないか」


 それだけを言って、トランは僕達に背を向けて去っていった。お礼が言いたかったが、全てが終わってからにしよう。


 さて、王弟をどうしたものか。意識はあるものの、身動き一つしない。王国に引き渡すか? いや、こんな魔獣の姿をした者を王弟だと信じるものはいないだろう。殺すのもなんとなく気が引ける。すると、全員の回復を終わらせたシェラとミヤの眷属達が戻ってきた。皆、顔には疲労が残っていたが元気そうだ。


 「ミヤ、どうしたら良いかな?」


 「知らないわよ。少なくとも私は触りたくないわね」


 困ったな。すると一匹の魔族が飛び上がり始めた。そして、転がっている王弟の側に寄っていき告げたのだ。


 「我ら魔族に対し、その対価を差し出せ。ただ、我らにはお前の願いをほとんど達成できなかった。それゆえ対価は少なくて良いぞ」


 おお。意外と良心的だな。ちょっとびっくりと言うか、感心してしまった。王弟は魔族の要望に対して、苦しそうな息をしながらなんとか答えていた。


 「ふん。好きにしろ。王国の民を好きなだけ持っていくが良い。もはや私には不要なものだからな」


 「どういうことだ!? 対価となるべき者がいないではないか!!」


 「そ、そんなはずなはい!! 王国の法律では私の所有物になっているはず」


 僕が王弟と悪魔の会話に加わった。


 「知らないのか? ライロイド王は我らが救助し、名実ともに王位を継がせたのだ。つまり、お前はもはや王国の主ではなくなったのだ。その意味がわかるな」


 「分からん!! そんなことは私には関係ない。召喚をしたときには間違いなく対価は用意していたのだ。状況が変わったことは私の責任ではない」


 すると悪魔は大きなため息をした。


 「召喚主よ。お前は勘違いをしている。対価は求められる分だけ、払わなければならない。お前の責任かどうかは問題ではない。それこを我らが知ることではない。お前が払えないというのであれば、仕方がないな」


 「そうだ。諦めて本の中に帰るが良い」


 「お前の肉体だけは対価としていただこう。魔獣化した人間ならば少しは価値があろう」


 「なぜ私が……」


 その言葉だけを残して、王弟は魔族達と共に姿を消した。その場所に残ったのは僕達となった。王城周辺の街並みは尽く壊れ、王都の中心部は完全に廃墟となっていた。


 「終わったな……何もかも」


 「そんなことはないな。ロッシュ」


 その声は……ルドだった。マリーヌとライロイド王を連れてやってきたのだった。


 

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