エルフと吸血鬼の援軍

 トランとリリがなぜここにいるのだ?


 「ロッシュ君の不思議そうな顔はもっともだな。だが、説明は後にしよう。ここにいるバカどもを魔界に送り返さねばならないからな」


 そういってトランと眷属達が群がる魔族のなかに突進していった。僕はなんとか体を起こし、介抱してくれたリリに礼を言う。


 「リリ。助かった。リリとトランが来ていなければ、僕達の命はここまでだった」


 「ふふっ。我が君らしからぬ弱気な発言。あまり妾を失望させてくれるな。とにかく、これを飲むと良い」


 そう言って手渡してきたのは、一つの小瓶だ。透明なガラスのような容器に、透き通った紫色の液体が入っている。見るからに……怪しい。リリが手渡してきたことでさらに怪しさが増す。とはいえ、ここまでやってきたリリがふざけたものを渡すはずがない……と思う。僕は思い切って、ぐっと飲み込んだ。


 ……特に体に変化はないな。


 「なあ、リリ。何の変化もないんだけど」


 「そんなの当たり前じゃ。その薬は何かを回復するようなものではない。そなたは魔力の使いすぎで体が魔力を受け付けない様になっているだけ。それを治しただけじゃ。今ならば、魔法が使えよう。ただし、無理は禁物じゃ。今は薬でなんとかなっているが、本来ゆっくりと体を休めなければならない状態なのじゃからな」


 僕はリリを抱きしめた。


 「これ!! 皆の前で恥ずかしいではないか。もう少し雰囲気をじゃな……」


 いままでさんざん滅茶苦茶やってきたのに、どの口が、とも思ったが今は感謝の気持ちでいっぱいだ。僕はリリに礼を言うと、すぐにリードとカミュの側に駆け寄り回復魔法をかけた。リードは際どい感じだったが、なんとか間に合ったようだ。それでも回復してから口を開くことが出来た。


 「私よりまずはロッシュ殿自身の体に回復魔法を……酷い有様ですよ」


 「何を言う。僕は大丈夫だ。それよりも痛いところはないか?」


 「ええ。ロッシュ殿の魔法は気持ちが良いものですね。これならば、私も戦いに参加できそうです……ってリリ様、なんでここに?」


 リリが僕の後ろからリードをずっと見ていたのにようやく気付いたようだ。リードは回復したばかりの体をすぐに起こし、土下座をするような格好でリリと対峙していた。


 「リードよ。そなたも成長したな。主人である我が君を命をかけて守る姿がよく見えるの。よくやった。これからは我が君のそばに付き、身を挺して守るのじゃ。この者の体はエルフの未来を左右するほどの力があるのじゃ。それを忘れぬことじゃな」


 「リリ様よりお褒めの言葉を頂き、嬉しく思います。この命、尽きるまでロッシュ殿をお守りすると誓います」


 リリは満足げにリードの元を離れた。


 「妾はそろそろ行くぞ。我が君はしばらく待っているが良い。あの吸血鬼と共闘とは気に食わぬが、ここまできて何も働きをせぬのはエルフの名が廃る」


 それだけを言って、リリは戦場に向かっていった。それに従うのは弓を構えた百人のエルフたちだ。皆、武装をした。それにしてもなんと美しい弓だろうか。あんな弓をエルフの里では見たことがなかったが。僕はリリ達を見届けてから、リードとカミュを瓦礫がある場所から少し休めそうな場所に移動させた。


 するとずっと黙っていたカミュがようやく言葉を発することが出来るようになったのだ。回復魔法をかけたがやはり傷が深かったせいで体力をかなり奪われていたのだろう。


 「な、なんで魔王がいるのよ!!」


 「元、だけどな。ミヤを追いかけて、こっちにやってきたんだよ」


 「そんなことは分かるわ。あの魔王、ミヤは本当にかわいがっていたから。うん、本当に……」


 一体何があったというのだ。しかし、トランのことだ。ミヤ絡みでかなり無茶なことをするのは容易に想像が出来るな。でもカミュは何が疑問だっていうんだ?


 「魔王がロッシュに肩入れする理由よ。はっきり言って、かなり異例のことよ。魔王が人間に手を貸すなんて」


 「ああ、そういえばなんで来たか、聞けなかったな。まぁトランとは色々あったからな。その誼で来てくれたんだろ? それに召喚された魔族にかなり怒りを持っていたみたいだぞ。あんな表情をするトランは初めてかも知れないな」


 「えっ? 怒ってた? まずいかも……私は消えるわ」


 何を言っているんだ?


 「魔族には人間界に干渉しないっていう不文律があるのは知っているわよね。召喚っていうのは例外的なものなんだけど、魔族が人間界に大きな影響を与えることは固く禁じられているの。でも、今回は大量に魔族が召喚されて人間界は混乱しているの……分かるでしょ?」


 「その原因を作ったのが……カミュか」


 「だから絶対、魔王はあそこにいる魔族達を魔界に送ったら私を叱るはずよ。だから、その前に逃げるの」


 そんなバカな。でも、カミュには一度お灸をすえたほうが良いかも知れないな。カミュが魔導書を持ってこなければ、と何度も思ってしまう。怒られれば良いんじゃないの?


 「いやよ!! じゃあ、ロッシュ。また会いましょうね」


 そういってカミュは脱兎のごとく、戦場から逃げていったのだった。


 「変わった人ですね」


 リードがそう呟くが、激しく同意するよ。まぁ、トランとリリが加われば相当な勢力でなければ勝ち目はない。王弟もここまでだろう。僕とリードは肩を寄せ合って、しばらく休むことにした。


 どれくらい眠っていただろうか? ふと目が覚めると、遠くの方からこちらに駆け寄ってくるものがいた。トランだ。もしかしたら、全部の魔族を倒してしまったのだろうか?


 「ロッシュ君!! 目が覚めたか。実は首謀者を取り逃がしてしまったのだよ」


 どういうことだ? トランが逃がすなんて考えられないけど。どうやら、トラン達とリリ達の攻撃によって、召喚された魔族達は瞬く間に数を減らしていったらしい。首謀者である王弟はこの状況に信じられないような表情を浮かべ、なにやら魔族に命じて……魔族の一部を食べたらしい。その後、王弟の体に異変が生じ、体が徐々に黒ずみ醜い化物に変わったらしい。


 「あれは魔獣化の儀式が行われたのかも知れないな」


 魔獣化? つまり王弟が人間を捨て、魔獣になったということか?


 「さあな。その後、首謀者が私達に攻撃を加えてきたが、エルフたちが難なく反撃していたぞ。まぁ、元は人間だから。大した強さにはならんだろ。でもその後が早かったのだ。勝てぬと踏んだ首謀者が魔族達と共に逃亡したのだ」


 魔獣化しても意識はあるんだな。なんとも不思議な儀式だな。もちろんトラン達は王弟たちを追いかけたらしい。その先に王都が見えてくるかどうかというときに、首謀者達が消えるようにいなくなってしまったそうだ。というよりも速度が格段に上がって、トラン達を巻いてしまったみたいだ。


 「我らよりも早い魔族などそうはいないはずなのだが……それとも我らが弱くなった? 考えられぬことだが、そうとしか考えられないな」


 トランが何やら考え込んでぶつぶつと言っている。ちょっと待て、王都?


 「王弟は王都に向かったのか?」


 「王都かどうか知らないが、このあたりでは一番でかい街だったような気がするな」


 「まずい!! 王都には連合軍とルド達がいるんだ。魔族達を王都に近寄らせるわけには」


 僕は立ち上がり、リードと共に王都に向かおうとした。


 「大丈夫か? ロッシュ君は力を使いすぎてしまったのだろ?」


 「そんなことは言っていられない。とにかく仲間たちを守らなければ」


 「良いぞ!! そういう考えは私は好きだ。本当はここまでのつもりだったが最期まで付き合おう。そして見届けよう」


 ん? 何を言っているか分からないが、トラン達が来てくれるのは願ったり叶ったりだ。しかし、リリ達は違った。


 「妾達はここまでじゃな。これ以上の介入は良しとはしない。吸血鬼ははぐれゆえ、気にはしないようだが。妾達は違うのでな。我が君。妾は信じておるぞ。きっと戻ってくるのじゃぞ」


 「ありがとう。リリ。最期に聞いていいか?」


 「なんじゃ?」


 僕はどうしてもエルフたちが持っている弓が気になったのだ。


 「おお、さすが我が君じゃな。これは、ドワーフがくれたんじゃよ。妾達が我が君を助けに行くと行ったら渡してきよったのじゃ。我が君のおかげでドワーフ製の弓をもらえて儲けさせてもらった。ではな。また会おう」


 そういってリリ達は足早に去っていった。ドワーフ達がそんなことをしてくれたのか。なんだかんだ言っても、世話になりっぱなしだな。また、酒でも持っていくか。


 「それなら私達ももらっているぞ。あの名匠ドワーフ作の武器だ。我らは大して武器というものは使わないが、それでも嬉しかったぞ。私にはほれ……」


 トランの腰には大きな剣がぶら下がっていた。そしてトランは部下からある物を受取り、僕に手渡してきた。


 「これは?」


 「さあな。ドワーフに頼まれたんだ。ロッシュ君に渡すようにってね。なんでもロッシュ君専用の武器らしいぞ」


 武器って……これ、どう見ても団扇なんだけど。確かに骨組みは金属だし紙が貼られているわけではない。なにやら金糸を編み込んだ薄い生地が貼られている。でも、形はどうみても団扇だ。僕がまじまじと見ているとトランも見てくる。


 「それにしてもすごいものだな。それは敵を斬ったり叩いたりするものではなさそうだから使い方はよく分からないが……その骨組みはどう見てもアダマンタイトだな。私も一度しか見たことがないが見間違うはずはない。そして、その貼っている生地だ。どうやってそんなものを作っているんだ? オリハルコンの糸だぞ。それを編んでいるだから、ドワーフの技術は底が知れないな。ちなみに私の武器にもオリハルコンが使われているんだぞ」


 オリハルコンとアダマンタイトか。こっちの世界と魔界の最高の金属で作ったということか。おそらく価値で言えば、物凄いんだろうな。僕からすれば、採掘をすればよく手に入る鉱物くらいの認識しかないけど。


 でも、本当にどうやって使うんだ? 団扇だから扇げば良いのか? 僕は誰もいない方角に向かって団扇を扇いだ。爽やかな風が流れたことだろう。あれ? 武器だよね?


 「それは魔武器だ。魔力を込めなければ威力は出ないぞ」


 魔力……僕は団扇に魔力を流しながら再び扇いだ。すると、今度は烈風が巻き起こり、目の前にあった瓦礫がことごとく吹き飛ばされていた。なんて威力だ。僕が流した魔力なんてちっぽけなものだ。それがこの威力。


 「ロッシュ君。すごいじゃないか。これならば、今の君の体でも魔族と戦えるだろうな」


 ありがとう。ドワーフの皆。おそらく、これを作ったのはギガンスだろうな。なんとなくあたたかみを感じるのだ。僕達は最期の戦いに挑むべく、王都へと向かった。

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