王弟の出現
僕は真っ暗の中で声の主ライロイド王を発見した。王がなぜ、こんな場所に閉じ込められているんだ? いや、そんなことよりもまずは、ここから救出しなければ。しかし、周りを見渡しても暗闇だけ。僕達がどこから来たのかもわからないほどだ。
「ライロイド王よ。ここがどこだか分かるか?」
「ゴホッゴホッ…・…おそらくは……城の地下だと思います」
ダメだな。体の衰弱が激しすぎるのだろう。言葉を発するのもやっとの様子だ。僕は手探りで近づいていった。そしてライロイド王と思われる体に触れた。なんて労しいのだろう。足はやせ細り、服も粗末なものだ。僕はライロイド王に触れながら浄化魔法と回復魔法を使った。
するとライロイド王のお腹から音がした。
「なんだか、少し体が楽になったような。お腹も空きました」
「そうか。それはよかった。とにかく、ここを脱出しよう。長い階段を昇ることになるだろうが、僕がおぶろう。さあ、肩を貸してくれ」
そう言って僕はライロイド王の体を持ち上げようとしたら、ルードが騒ぎ始めた。
「まずいです。どうやら火の手が上がっているみたいです。階段から煙が……」
何⁉ どういうことだ? 城には誰もいなかったはず。火の手などあがりようも……ミヤの言葉を思い出した。やはり嵌められたのか? いや、考えてもしょうがない。とにかく抜け出す方法を考えなければ。
「シラー。すまないが上の様子を見てきてくれ」
「分かりました!!」
僕はライロイド王を担ぎながら、シラーが戻ってくるのを待った。
「ところで貴方は何者なのですか?」
「ああ。言ってなかったな。僕はイルス公国の主、ロッシュだ」
「公国? ああ、ルドベック様が亡命した国ですね。そんな国の方がどうして僕の救助に? 王国はどうなってしまったんですか?」
そんな前のことしか知らないのか。一体いつから幽閉されていたんだ?
「分かりません。今がいつで。僕は長く長く眠りについていたような気分ですよ」
「ふむ。いいか? 王国は……王弟によって滅ぼされようとしている。それを阻止するために僕達がここにいるんだ。それにライロイド王にはやってもらわなければならないことがある。それを説明したいが、今は抜け出すことが一番だ。それまでは休んでいると良い」
「よく分かりませんが、そうさせてもらいますね」
そういうとライロイド王は眠りについた。ようやくシラーが戻ってきた。
「ご主人様。駄目です。火の手は城中に回っているようで、とても上からの脱出は難しそうです。我々ならばなんとかなりますが、その人間はもたないでしょう」
くそっ。王城に火をつけるとかどうかしているぞ。
「いいか? この部屋の壁が薄いところを探すんだ。そこを破壊して脱出するぞ」
反応が一番だったのはリードだった。空気の音を聞き分け、壁の先を知ることが出来るようだ。
「ここならば、簡単にやぶれそうですね。じゃあ、ミヤさん、お願いします」
「なんで、私がぶち破る担当みたいになってるのよ。まぁ、別にいいけど……」
そんなことを言いながら、リードが示した壁を蹴り飛ばした。すると向こうも煙が漂っていたが、まだ大丈夫そうだ。そんなときに変な声が聞こえた。
「イタタ。なんだ? 急に壁が壊れてきたぞ。ん? んん? ミヤさん?」
「あら? ルドベックじゃない? それにマリーヌも一緒ね。そんなところで何してるのよ」
「それはこっちの台詞……ってライロイドじゃないですか!!」
ライロイドを背負った僕がミヤの後ろから姿を現したのだ。
「ああ、王弟は残念ながら見つからなかったが、王弟の部屋の隠し部屋からここに行き着いた。そこにライロイド王がいたんだ」
「よかった。煙が立ち込めてきたから、脱出をしようと思っていたんだ。それじゃあ、マーガレットを探して脱出しないと」
何っ!? マグ姉はまだこの城の中にいるのか?
「分からない。マーガレットのことだから、もう脱出しているかも知れないけど」
「僕はマグ姉を探しに行く。ルド、ここの隠し通路を教えてくれ」
いるとすれば隠し通路の先のはずだ。ルドから教えられた場所はここから近い。僕はライロイド王をルドに預け、僕はそのまま駆け出した。後ろからすかさずミヤとシラーが後を追ってきた。
「ロッシュ!! 無茶しないで」
「でもマグ姉がここにいるかも知れないんだ」
「全く……」
僕達はルドに教えられた隠し通路の場所に向かった。火の手は上から起きているようで火が徐々に下に降りてきてる感じだ。僕はいてくれることを祈っていたが、隠し通路の場所にはいなかった。
「どうやら、この通路が使われた形跡はないですね。そうなるとマーガレットさんは、まだこの城のどこかに?」
僕は大声でマグ姉の名を叫んだが、当然反応はない。僕達は手分けして探すことにした。各階の部屋を覗きながら進んでいく。すると三階と四階の間の階段でマグ姉を発見した。しかし火の手はマグ姉に迫っており、身動きが採れないでいた。
するとマグ姉は僕の存在に気付いて、ホッとしたような顔で笑みを浮かべた。
「ロッシュ!! これを受け取って」
そういって投げてきたものを僕は受け取った。豪華な彫り物がされたものだ。これは?
「それは王を継承するためには必要なものなの。それがあれば、ライロイドを王にすることが出来るわ」
こんなものを取りに行くために、無茶をしたのか。とにかく助け出す。僕が一歩進むと、ついに城の構造が日に耐えられなくなってきたのか、大きくぐらついた。その拍子にマグ姉がいた場所に大穴が空き、吸い込まれるように下に落ちていった。
僕はマグ姉の名を叫んだ。しかし、声がするわけが……ん? 何か聞こえた。
「そこにご主人様がいるんですか? マーガレットさんが降ってきたので、受け取りましたよ。ちょ、ちょっと!! 変なところを触らないでください!! 落ち着いてください。私達はこのまま下に向かいます。ご主人様も戻ってきてくださいね」
良かった。マグ姉は無事のようだ。僕はマグ姉が命がけで手に入れた彫り物を手にして、階段を降りようとしたが、そこは火の海とかしていた。そうだ!! 階段は反対側にもあるはず。僕はそっちの方に駆け出したが、どこも火の海だ。こうなれば、僕は廊下から下を見下ろした。この城はエントランス部分が吹き抜けになっている。真っ直ぐに降りればエントランスだ。
高さは十五メートルくらいだ。これならば落ちても死ぬことはないだろう。死ぬほど痛そうだけど。僕は目を瞑り飛び降りた。真っ逆さまに向かう時の気分はちょっと気持ちよかった。もうちょっと経験したほどだ。しかし、いつまで経っても痛みが来ない。僕はそっち目を開けると、宙に浮いていた。信じられないが、浮いていたのだ。そしてなんとなく、飛び方が頭に浮かんだ。
僕は難なくエントランスに着地をした。下で待ち構えていたミヤとシラー、そしてマグ姉も驚いたように近づいてきた。
「ロッシュ。いつの間に飛べるようになったのよ。というか、信じられないわ。魔族でも空を飛べる種族なんてそんなにいないわ。ましてや羽もないのに。本当にロッシュって変わってるわね」
「知らないぞ。僕も気付いたら飛べていたんだから。とにかく、ここを脱出しよう。マグ姉、本当に無事でよかった。でも次からはこんな無理はしないでくれ」
「その時もロッシュが助けに来てくれるんでしょ? 来てくれた時は本当に嬉しかったわ。興奮して、シラーにいたずらしちゃったけど。本当はロッシュにしたかったわ」
全く……反省する気もないだな。僕達は崩れ行く城からなんとか脱出することが出来た。僕達はエントランスから飛び出し、城門の前の広場に出た。しかし、そこには信じられない光景が広がっていた。
大量の魔族がいたのだ。まるで軍隊だ。空にも羽ばたかせた魔族がいた。僕は先に脱出したルド達を探すと、彼らも魔族と対峙して動けない様子だ。あっちは非戦闘員だらけだ。僕達はゆっくりとルド達に近づいた。
「ルド!! 無事か?」
「ああ……しかし、この状況は」
「手遅れだったみたいだな」
すると魔族の群れから一人の男がやってきた。太って歩くのもやっとといった様子の男だ。僕は見たことはないが、確信できる。
「王弟か!?」
「王弟? 私の名は……どうでもいいか。死ぬ者に語る名はないな。さて、お前たちのおかげで私の王国はめちゃくちゃだ」
「お前の国ではない。この国には正当な後継者がいる。お前が幽閉していたライロイド王だ」
「そんな小物にこの国の王が務まるか。私が王としてこの国を治めれば、この国はより発展する。それをお前がいちいち邪魔しおって!! なんて気に食わないガキなんだ」
「お前に王の資格はない。民は疲弊し、領土は荒れ、国はかつてないほど傾いている。今からでも遅くない。魔族達も戻すんだ。今ならば……願いを言っていない今ならば、対価はないはずだ」
「ほお。やけに詳しいな。お前も魔族を召喚したのか?」
何を言っているんだ? 僕の側にカミュがいるではないか。
「そんな魔族は知らんな。私にはどの魔族も同じに見える。ただの道具にしかな。なぁに。対価はたっぷりある。この王国にはな。私さえいれば、この国はどうとでもなる。まずは……私をここまで追い詰めたお前に報いを受けてもらおうか……そうだな……お前の国もめちゃくちゃにしてくれよう」
「何をする気だ!?」
僕の言葉は虚しかった。王弟は魔族に命じたのだ。
公国を滅ぼせ、と。
魔族達の前には魔導書が置かれ、それが光り輝いた。契約成立の証だ。羽ばたく魔族が王弟を掴み、飛び去ってしまった。目の前には誰もいなくなった広場だけが広がっていた。
くそっ!!
「ルド。僕達は魔族を追う。なんとかライロイド王を説得して王位を継がせ、民に伝えるのだ。連合軍全員を使っても良い。とにかく急ぎ、王国民の所有を王弟から外すんだ」
僕は立ち上がり、振り返った。
「ミヤ、シラー、リード、ルード、ドラドは僕と共に。シェラとカミュはここに残ってくれ」
そういうとカミュが前に出てきた。
「なんで? 私も行っちゃ駄目なの?」
「これは公国の問題だ。カミュは公国の民ではないし、これから魔族との戦いになる。お前にとっては同僚ではないか」
「いやよ。私はロッシュの側から離れない。例え、同僚でもロッシュに危害を加えれば許さない」
「ロッシュ。ここで言い争っている時間はないわ。本人がやる気があるなら連れていきましょう。今は一人でも戦力が必要よ。人間ではあの大量の魔族を相手にすることは無理でしょうから。皆も行くわよ!!」
ミヤの掛け声にシラーと眷属達が反応する。
「シェラ、一人残して済まない」
「いいわよ。私では足手まといでしょうしね。この戦いの先で多くの者の餓えがなくなる世が来ることを祈っています」
「ああ、そうだな。そんな世界になると良いな。じゃあ、行ってくるぞ」
僕達は急ぎ王都を脱出することにした。今ならば魔族の出現で王都も混乱している。大通りを抜けて脱出することも容易だろう。王都を駆けていく。不思議なことだが、僕がミヤ達の速度について行けるのだ。身体機能が飛躍的向上している気がする。
王都の扉の前に出た。大きな扉だが、内側からなら壊すのは簡単だ。言うまでもなく、ミヤが勢いに乗じて蹴り突き抜けた。扉は大きな音を立て、下半分が吹き飛んでいた。すると遠くからフェンリル達がこちらにやってきた。後ろから僕達に気付いた王国兵が追いかけ始めてきた。
僕達はフェンリルにまたがり、ライル達がいる司令室に向かったのだった。
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