フォレインの最期
王国からの使者はフォレイン侯爵だった。クレイとサルーンの腹違いの姉シスと結託して、レントークを売り渡させたとされる人物だ。関係性が証明されれば、フォレインも立派な重罪人だ。なにせ、王に毒を盛った者と繋がっているのだから。考えれば、よく来れたものだと感心するほどだ。それほど。証拠がないことに自信があるともいえる。
会場は元七家筆頭の屋敷で行われることになった。七家と言えども、外国の使者を出迎える設備があるのはこの屋敷しかないのだ。こういうことがあるから、サルーンにはもう少し慎重でいてほしかったのだ。といっても、後の祭りだし僕達はあれから屋敷をいじったわけではないから、使者への対応はつつがなく行われていた。
そして、ついに謁見という段取りとなった。謁見の間にはサルーンが堂々とした様子で当主の座に腰掛け、僕が横に座る形だ。レントーク王ボートレには使者から見えない位置にいてもらうことにした。一応、使者がどれほどレントークの情報を掴んでいるか把握するためだ。
アロンやニード、イハサにも出席してもらい、謁見の間にはレントーク王国、公国、アウーディア王国の衛兵や護衛も入り、かなり密度が高い空間となった。フォレインは恭しく頭を垂れ、サルーンに挨拶をしていく。
「お初にお目にかかります。私はアウーディア王国内務卿を拝命しておりますフォレインと申します。サルーン様におかれましては……」
「そのような話は聞きたくない」
サルーンがフォレインの挨拶を途中で打ち切ったのだ。このような行為は外交上無礼と扱われるため、実質的な王であるサルーンがするような行為ではない。しかし、サルーンの表情を見るとなんとなく分かるな。表面的には無表情に近いが、かなり怒りを秘めている感じだ。
「フォレインと言ったな。今回やってきた用向きだけ話してくれればいい」
「それならば……ミータス殿下をお返し願いたく参上いたしました」
「ミータス……だけか?」
「ええ、その通りです。我々はミータス殿下をあなたがたが拉致したものと考えております。兵についてはどのように処分しても構いません。ミータス殿下を守れなかった兵に対して王は非常にお怒りの様子ですから。ミータス殿下さえ返していただければ、こちらとしたは今回の全てについて不問とするつもりであります」
「フォレインよ。お前はバカなのか? こちらが了承するとでも思っているのか?」
「はて? 我々は正当な主張をしているつもりです。我々とレントークとの間にはボートレ王署名の降伏宣言書が取り交わされております。それにはレントーク領はすべて我々に属するとあります。軍を出したのも、レントーク治安維持のためのもので、決して糾弾される覚えはありませんな」
フォレインは一呼吸おいた。
「その正当な軍に対して、攻撃を仕掛けてきたのは七家軍と承知しております。本来は我々が七家に対して損失についての賠償をしたいくらいですが、王はレントークとの関係をこじれることを好んでおらず、今回についてはミータス殿下を速やかに返していただければ不問にするという寛大なお考えなのです。私としては、サルーン様が速やかに決断を下すことをお薦めします」
「フォレインよ。お前の言う通りならば、我々の方に責を問うのは筋というものかも知れないな。ところで、ボートレ王は王国に行っているのか? 我らが手を尽くしたが発見には至っていないのだ」
「なるほど。七家でも発見できていないわけですな……ボートレ王は残念ながら死にました。我らが手厚い葬儀をあげましたぞ。すでに体は年齢の割には衰えているように感じましたからな。今回の騒動で大きな心痛があったのでしょう」
「何⁉ 父上はお亡くなりになられたのか。だそうです。父上」
「そうか、そうか。私は死んでしまったのか。それは知らなかったな。フォレイン卿。久しぶりだな。お前は私が毒で意識が無くなっていたと思っていたようだが、私は全てを見ていたのだぞ。お前だシスと結託して、私に毒を盛り、降伏宣言書などふざけたものに署名させたこと。私は怒りで我を忘れそうになるぞ」
ボートレ王の登場に、フォレインは腰を抜かしそうなほど驚いていた。フォレインの悪巧みを知っているのはシスだけと高をくくっていたのだろう。
「げっ!! なにゆえボートレ王が……いや、それよりも死にかけのはず。なぜ、元気なのだ」
「随分の言いようだな。お前がシスを通じて、毒を盛ってくれたおかげで死にかける目にあったが、今はこの通り元気だぞ。むしろ、以前よりも元気なのが不思議なくらいだ。さて、フォレインよ。お前の罪はすべて私が見ている。どう、申し開きをするつもりだ?」
「ぐっ……しかし、すでに降伏宣言書は交付されている。お前らは王国の属国に過ぎないのだ。私にどのような罪があろうとも、お前たちに裁く権利などないわ」
サルーンは溜息を付いた。
「よいか? フォレイン。毒を盛り、降伏宣言書を書かれたとあればそれを無効とすることも容易いのだ。そうすれば、お前が言っていた王国の正当性は全てなくなるのだぞ」
「ふん。私はまだ認めていないぞ。シスという女と私が結託したという証拠を示したいのなら、シスをまずここに連れてこい。話はそれからだ」
フォレインはどうしてここにシスがいないかのような態度をしているんだ?
「そうか。ならばシスをここに」
それからの謁見の間は異常なものだった。シスは洗いざらい話し、フォレインはそれを否定する連続だった。しかし、すでにシスとフェレインを結ぶ証拠は十分すぎるほど揃っている。毒物についてもマグ姉に調べてもらうと王国にしか自生していない毒草から採取したものと判明した。
フォレインもさすがに観念したのか、罪を認めるような話をし始めた。その話にはやはり公国も入り、とにかくレントーク王国の亜人を手に入れるための壮大な計画だったようだ。それが半ば成功していたのだが、最後の最後でレントークの反撃に遭い、フォレインは全てを失いかけたそうだ。それでもミータスさえ連れ戻せれば、不問にするという話だったようだ。
そうなると、ここにいるフォレインは何の権限もなく、自らの保身のためにやってきたただの人だ。王国の使者とは名ばかりのものだったのだ。サルーンはこの目の前にいる無用な男に声を掛けた。
「もはや降伏宣言書だ。従って、お前にはレントークの法に則り処罰されることになる。最後に王国は魔族を使って何かするつもりなのか?」
それに対してフォレインはただただ無言を貫いた。観念したとはいえ、一応は王国の重鎮だった男だ。王国の秘密をべらべらと話すミータスとは訳が違う。サルーンはフォレインの姿を見つめ、話が終わりとばかりに立ち上がり、言葉をかけた。
「お前はもう王国には戻れない。使者として最後の仕事をするが言い。王国に再び使者を寄越すように言うのだ。それまではミータスと兵士二十万人の身柄は置いておくと」
それを言った途端、フォレインはニヤッとした表情を浮かべた。どういう意味なんだ? まさか……。僕はサルーンが去ろうといているのを止め、僕はサルーンに声を掛けた。
「ちょっと待ってくれ。兵士二十万人については公国で面倒を見よう。それだけの兵士を養えるだけの食料はレントークにはあるまい。ちょうど、鉱山開発に人手が必要だったのだ。フォレインも構わないな? さっき、兵士ニ十万人については好きに扱って構わないと行っていたしな」
「え、ええ」
「サルーンもいいな?」
「私に異存はありませんよ」
「そうか。しかし公国で働くものには例外を除いて、公国に帰属をしてもらう必要があるのだ」
この言葉に動揺したのが、なぜかフォレインだ。
「ちょ、ちょっとお待ちを。王国兵士を公国に帰属させるのはおかしいではないですか。一応は捕虜なのでしょ? いずれは王国に返していただくのですから、勝手に帰属先を変えられるのは困るのですが」
「いやなに。ただ、本人に聞くだけだ。帰属先を公国にすると、言ってもらうだけの簡単なものだぞ。別に正真正銘、公国に縛り付けるものではない。それくらいならば問題あるまい? こうしておけば、魔族に命を奪われずに済むであろう?」
「な……なぜ、それを」
「お前の話は裏が取れていれば粗末なものだ。一言、兵士を王国に戻してほしいと願えば、違っただろう。しかし、明らかに兵士を捨てに行っている。だとすれば、魔族に捧げようとしているのは明白!! お前は兵士たちを長くこのレントークの土地に置いておくのが役目だったのではないか?」
「終わりましたな……これで我が家も、何もかも無くなりましょう。その通り、私に与えられた役目は兵士をこの地に留め置くこと。この地で兵士が死ねば、兵士の家族の恨みはレントークに向きましょう。今回の戦で受けた王国の影響は甚大なものだ。これを回避する方法は、これしかないと王国は判断したのだ。それを仕向けるために私がレントークに遣わされた。家族を人実に取られてな」
バカな男だ。公国とレントークを巻き込んだ博打を打たなくても、王国はその地位を安泰なものとしていたものを。この博打によって、公国とレントークには強い結びつきが出来、王国は大きな被害を受けることとなった。未だに王国の強さは残っているものの、公国とレントーク連合の戦力とやや肉薄する程度には小さくなっている。
このまま王国が滅びるようなことになれば、フォレインは王国を崩壊に招いた男として歴史に残ることだろうな。もはや謁見の間にいる必要はないだろう。レントークの衛兵がフォレインとシスを連行しようとした、その時王国からフォレインに従っていた護衛がフォレインに切りつけたのだ。フォレインの体には深々と剣が刺さり、その護衛はレント−クの衛兵に拘束された。フォレインに駆け寄ると青息吐息だ。
「これが私が受けるべき報いなのでしょう」
「この程度を報いと思うなよ?」
僕はフォレインに回復魔法を掛け、剣で受けた傷を治した。
「なるほど。これでボートレ王を治したのかということか。ロッシュ公……貴方を敵に回すべきではなかったのかも知れないな。貴方を敵に回したときから、王国は衰退する運命だったのだろうな」
「それは分からないな。どうなるかなんて誰もわからないだろう。お前の作戦は上手く行けば、公国もレントークもなくなっていた。本当に綱渡りだった。我らはかろうじて勝利をもぎ取ることが出来た。そしてフォレインは敗者となった。それだけの話だ。敗者には敗者の報いを受けてもらわねばならない。剣で刺されたくらいで死ねると思わないことだな」
「ふふ。ロッシュ公は恐ろしい男だ。私も願わくば公国で生まれたかったものだな。私の人生は常に裏切りばかりだ。本当に人を信じたことがない。ロッシュ公ならば違ったのかも知れぬな……王国は、魔族を大量召喚して公国を潰す気だ。その対価は王国民となろう。それをなんとか阻止してくれないか。敵同士と言えども頼めるのはロッシュ公しかいない。あんな国でも私の祖国だ。魔族に命を取られるだけは見ていられないのだ。勝手な頼みだが……どうか、頼む!!」
フォレインは必死な懇願をしてきた。この男のしてきたことを思えば、なんとも図々しい願いだと思ってしまう。それでも国を大切に思う気持ちが一片でもあることを最後に見れたのは良かったと思う。フォレインの気持ちに応える気はないが。
「僕は公国のために動くつもりだ。だが、お前の願いは頭の片隅にでも置いておこう。それではな。お前には悩まされたが、最後は良い一面を見れて良かったぞ」
僕が言葉をかけると、フォレインはふっと笑い衛兵に連れて行かれたのだった。それからすぐに王国に対してボートレ王の名で降伏宣言書の撤回を宣言した。それに対して王国からは何の反応もなかった。そして、使者が訪れることも。兵はともかく、ミータスはどうするんだ? サルーンは王国との交渉は出来ないと踏み切り、ミータスを処刑した。首だけを王国に送りつけたが、やはり反応はなかった。
とりあえず王国との戦後の処理はあらかた片付いたと判断し、僕達は公国に凱旋することとなったのだ。
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