レントーク決戦前

 サツマイモはもう飽きたぞ。何度目の食事だろうか? 毎回のようにサツマイモが出てくる。作戦会議は連日続けられている。食事はその度、出されるがこの料理を喜んでいるのはサルーンとアロン、ガモンだけだ。僕とニード、イハサはげんなりとした様子だ。僕はエリスたちが羨ましい。なんでも僕が預けたカバンから公国領の食材を取り出して、勝手に料理して食べているようなのだ。一応は皆に与えられるほどの量がないため、黙っていてもらっているが、どうしてもキッチンを使うため使用人の間に噂が広がり始めているのだ。


 「義兄上。噂を小耳に挟んだのですが……」


 「言わなくても分かる。だが、堪えてくれ。離れ島からの物資が届けば、皆の口に届けられることになる。僕もエリスたちにカバンを私のは時期尚早だったと反省している」


 「やはり公国でしか手にはいらない食材を利用していると言うことですか。いや、エリス殿がサツマイモを使ったお菓子を作っているようなので、是非賞味してみたいと思っていましたが……なるほど、分かりました。しばらく我慢しましょう」


 ん? どういうことだ? 話が見えないぞ。僕はタイミングを見てエリスに聞いてみると、どうやらスイートポテトの・ようなものを作っていたようだ。サツマイモに砂糖、魔牛乳、小麦粉を混ぜて作る簡単なお菓子だ。それがなかなか旨いらしく、僕の分はなかったが噂になる程度には評価がされているみたいだ。


 拠点産のサツマイモは七家領では大きな評判を呼び、皆がこぞってサツマイモの配給を待ち望む状況になっていた。七家軍は当初、このサツマイモは備蓄用にとしていたが住民の不満が高まりそうなのを受けて、やむなく放出することになったのだ。もっとも、公国からの食料が入ってくることが見込めなかったら配給は出来なかっただろう。


 そして、一週間という時間が経過し……ついに王国が動いたという報告がやってきた。王都から出撃した王国軍はふた手に分かれて北の道と西の道をひたひたと進軍を開始したようだ。未だ数は確定していないが、北の道には八万人、西の道にもニ万人という報告だった。

 その報がもたらされたときも僕達は会議室で、作戦を立案していた。サルーンが机を叩き、立ち上がった。


 「王国が動いたな!! それでは義兄上、作戦通りによろしくお願いします。この戦で我らの命運が別れることになる。必ずや勝利を収め、レントーク王国を守るのだ。これこそ先祖より残された我らの唯一の宿命だ!! アロン!! すぐに出陣の合図を」


 「承知しました。王国が二分してきたのは絶好の機会。我らが立てた作戦で完膚なきまでに叩きのめしてくれましょう」


 僕は頷き、ニードやガモンに顔を向けた。


 「両者とも。よろしく頼むぞ。どうやら王国は再び大森林で痛い目に遭いたいようだ。ガモンには働いてもらうぞ」


 「ロッシュ公に期待されては応えないわけにはいきますまい。大森林でのサントーク兵の強さを王国兵に永遠に刻み込んでやりますよ」


 いい意気込みだ。移動式大砲はどうなっているだろうか? イハサはその点については抜かりはないようだ。


 「イルス公の指示通り、移動式大砲を七家領の外縁に設置しました。近づく王国兵はもれなく大砲の餌食となるでしょう。それに短期間ではありますが、移動式大砲の訓練を実施しましたので命中率もかなり向上しているという報告があがってきております。私も実際に見て、確認しているので間違いなきことかと」


 「よくやった。ならば、我らも行くとするか。サルーン。次に会う時は勝利を祝う言葉を掛け合いたいものだな」


 「はい、義兄上」


 いい面構えだ。僕は妻たちにも出陣の報せを告げに行った。


 「遂に戦が始まる。僕はクレイ、ミヤと眷属、リードとルードを連れて行く。エリス、シェラはここで傷病人の手当にしてくれ。ドラドは二人の護衛を頼む。万が一、敵兵が領内に入ってきた場合は応戦して構わない。ドラゴンへの姿は最後の手段にしてくれ」


 皆は頷き、準備にかかった。エリスが心配そうに近づいてきた。


 「ロッシュ様。どうかご無事で。私には記憶はありませんから、この地が故郷と呼べるものではありませんが守りたいと思う人がたくさん出来ました。どうか、その人たちをお守りください」


 「もちろんだ。王国のやり方は不幸を撒き散らすだけだ。僕はそれをなんとか食い止めるためにここにやってきたのだ。エリスにとって故郷かどうか分からなくとも、誰にも帰る場所は必要だ。それは無くなってしまえば、永遠に蘇ることはない。それだけでこの地を守る意味はある」


 「ロッシュ様は、元の世界に戻りたいと思いなのですか?」


 「分からないな。この世界にいる理由が山のように出来てしまったからな。ただ、時々帰れるものなら帰ってみたいという気持ちはあるな。あっちの世界にはこっちにはない美味しい食べ物があるんだぞ。それだけでも帰る価値があると思わないか?」


 「思います!! でもロッシュ様が帰られると思うと寂しいです」


 「帰れるのかな? まぁ、帰れるとすればエリス達も一緒に行こう。それならば寂しくはないだろ?」


 エリスは静かに首を縦に振った。僕はエリスを抱きしめてから、目を見つめた。


 「行ってくるぞ」


 僕は屋敷を離れた。ミヤと眷属達はすでに僕の後ろに待機している。リードとルードもエルフの生足が妙に艶っぽい戦闘服に着替えている。クレイも鎧を身にまとい、いかにも女戦士といった出で立ちだ。


 「ロッシュ様。考えていましたが、この戦が終わりレントーク王国の存続が守られた時……私は……」


 まさか、この地に残るとでも言うつもりか? しかし、クレイの思い悩んだ様子は尋常ではない。本気でそう思うのならばクレイの意思を尊重してやりたいと思う。それに海路も作ることが出来たのだ。会いたいと思えば会えるさ。僕は真剣にクレイの話を聞くことにした。


 「私は……新村の開発責任者から離れ、ロッシュ様のお側にずっと仕えたく思います。お許しいただけるでしょうか?」


 ん? うん。好きにすればいいんじゃないかな? 


 「そうしたいならば、それで僕は構わないが。え? そんなことを考えていたのか?」


 「そんなこととは……私は真剣に……いや、弟に相談したら、街作りなんて、と怒られてしまった。ロッシュ公を側で支えずして妻と言えるか、とも。私は弟の言葉に一理あると思った。しかし、街作りの責任者はロッシュ様から与えられた任務。これをこなさないのも臣下として恥ずべきこと。それゆえ、思い悩んでおりましたのに……そんなこと、とは」


 僕は与えた? そうだっけ? クレイがやりたいと言うから了承したに過ぎなかったような。むしろ、村に戻ってくるように催促したような気がするが。


 「そんな……私にとっては責任者をしているのは部下の不始末をするため。罰だと思い、誠心誠意仕事に当たっていたのです。ロッシュ様が村に来るように行ったのも私を試しているものと……まさか、本心だったと? それならば私は一体、何をしていたというのだ。妻としての仕事を置き去りに」


 なにやらクレイの落ち込みが凄いことになっている。


 「クレイはよくやってくれたぞ。あそこまで新村が発展したのはクレイの働きがあったらこそだ。住民たちもクレイの働きは評価していると聞いたぞ。それにテドも褒めていたぞ。だからこそ、クレイに開発の責任者を任せていたのだ。だから、クレイの自由でいいんだぞ。ただ、僕としてはクレイには側にいてもらいたいと思っている。レントークとの付き合いもクレイがいなくては話にならないからな」


 「ロッシュ様……私は、側にいたいです。本当にいいんですか?」


 「もちろんだとも。クレイは僕の妻なのだから」


 「ありがとうございます。それならば早々に王国には退場願わなければなりませんね。私とロッシュ様の甘い生活をするためにも」


 うん。ミヤはいちいち突っかからなくていいから。ミヤも一緒だからな。ああ、もちろんシラーもだ。リードもわざとらしく突っかからなくても、追い出したりしないから。ルードはドサクサに紛れて僕に抱きつかないの。嬉しいけど、今はダメだ。


 僕は気付かなかったが、イハサがずっと横にいたようだ。


 「イルス公。そろそろ出陣となりますが……よろしいでしょうか? それと……こういうのもなんですが、あまり我らの前で、そのイチャイチャされると士気に関わりますので」


 すみませんでした。どうやら、兵たちに悶々とした気分を与えてしまったようだ。なんか、本当にすみませんでした。


 さ、気を取りおなして。ニードが出陣の号令を発すると、公国軍は隊列を組み西の道に向け出陣した。その数二万八千人。二千人は砲兵として北の道に配備されている。予定している戦場は七家領より五キロメートルほど進んだ大森林の真っ只中だ。これより西にニキロメートル進むと猟師道が現れる。


 道上には一万人の兵を残し、ガモン隊五千人が森の中に消えていった。そして残りは道に沿って、森の中で展開することになっている。この兵たちには王国軍の腹に攻撃を加えてもらう手はずだ。つまり、コの字型に布陣を作り、ガモン隊が遊撃隊として機能することになる。


 この布陣を維持しながら、王国軍の到着を待つことにした。報告どおりならば、あと一時間もしないうちに遭遇することになるだろう。そのため、否応なく公国軍には緊張が走る。ちなみに、僕は公国軍より更に後方。七家領寄りの場所に待機することになった。公国軍で十分に対処できるという判断と僕には自由に動いてもらうという意味合いがある。


 ちなみに、僕の戦力はミヤと眷属。これだけでも過剰戦力と言えなくもないが、さらにリードとルードと言う一騎当千の戦士。クレイには七家軍の女性兵士だけで構成した集団が与えられ、僕の護衛の一端として側に居てもらっている。


 それだけではない、フェンリル三十頭、魔馬五百頭が常に待機している。数こそ少ないが、魔の森でもそれなりの勢力を誇る魔獣だ。弱いわけがない。魔馬には特別に五百人の兵士に騎乗を許可している。魔馬といっても、騎乗されることをひどく嫌う。そのため従属魔法で無理やり騎乗をさせているのだ。そうしなければ、魔馬は勝手にどこかに行ってしまい、戦力にならない。フェンリルはハヤブサを頂点としているため、非常に統率の取れた動きをしてくれる優秀は狩人だ。


 はっきり言って、公国軍全てを相手にしてもこの集団でかなり抵抗することが出来るだろう。なぜ、前面に出さないかって? 魔族は、種族が違うと言うだけではなく恐怖の対象だ。それが公国軍の主力と思われるのはよろしくない。僕は恐怖による政治を望まないし、公国がそのように思われるのは嬉しくない。そのため、最後の手段と考えている。もっとも魔族も公国の一員のため、公国軍の兵として入れようとも思ったが、現実はなかなか難しいものなのだ。


 それら公国軍に対する王国兵は二万人という報告だ。さて、どのような戦いになるのか。そして、八万人の王国軍を相手にする七家軍はどうなるのだろうか。


 

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