サツマイモに興味津々

 食料問題をなんとか解決したことで、ようやく王国との対決に向け、作戦の立案をすることが出来るようになった。アロンが七家領での作戦会議を提案してきたので、僕達は向かうことにした。ただ公国からの食料が調達できるようになったからと言ってサツマイモを捨てることは出来ない。農作業に慣れている公国軍が主体となって収穫作業をするために、公国軍には拠点に残ってもらうことにした。


 僕はリード将軍、イハサ副官、ガモン将軍と妻たちという少ない人数で七家領に向かうことにしたのだ。その途中で食料問題についてミヤとエリスが話し合いをしていた。


 「正直、サツマイモだけだったらロッシュに言って私と眷属だけを王都に突撃させてもらおうと思っていたわよ。エリスもサツマイモは嫌でしょ?」


 「いいえ。私、サツマイモ好きかも知れません。実はさっきこっそり食べてみたんですけど、美味しかったんですよ。ロッシュ様に聞いた焼き芋っていうのを食べたんですよ。焼いただけと思えないほど、甘くてお菓子みたいだったんですよ」


 「えっ!? エリス、食べたの? 私達に内緒で? 嘘……本当に美味しかったの? あんな土が付いた食べ物が?」


 「私も意外だったんですよ。じゃがいもみたいなものかと思ったんですけど。サツマイモはミヤさんでも気に入ると思うですけど。ロッシュ様にお願いしてみましょうか? ロッシュ様!!」


 「聞こえていたぞ。僕もエリスがいつの間に食べたのか知りたいが、たしかにサツマイモはお菓子のような甘さを持つものもあるな。品種によって甘さや食感が大きな違いがある面白い食材なんだ。そうか、エリスが食べたのは甘いのか。それは楽しみだな。おいおい、収穫されたサツマイモが七家領にも届けられるから、そのときに食べよう。ミヤもそれでいいだろ?」


 「いいけど……それでもどんなにサツマイモが美味しくても、それだけは嫌だからね」


 「分かっているさ。それも船を離れ島に派遣できればすぐに公国の食料が手に入る。といっても、実は内緒にしていたんだが、僕達の分は豊富に食料があるんだ。後で食べようではないか」


 「ロッシュもなかなか分かるようになってきたわね。七家領に行ったら作戦会議をするんでしょ? それって長いの? そうだったら、その食べ物とお酒を置いていってほしいんだけど」


 うん。分かりました。


 七家領は本拠地から二日ほどかかる距離だ。途中で野営をしながら、再び七家領に到着した。とにあえずホッとした。いつもの……と言っても一度しか来ていないが景色が変わっていないことに安心した。民達も落ち着いていることから王国が接近しているということもないのだろう。


 七家筆頭の屋敷に近づくと、サルーンがわざわざ出迎えにやってきてくれた。


 「義兄上、この度は非常に残念でした。我々の見通しが甘いせいで公国に大変な迷惑をおかけしました。本当に申しわけありませんでした」


 クレイの弟だから然程には感じないが、アロンはあたふたとしている。それはそうだろう。一国の代表と行っても差し支えない者が外国のものに頭を下げることの意味は思った以上に深いものだ。アロンが居たたまれなくなったのか、サルーンに近づいていった。


 「サルーン様、おやめください。皆のものが見ております。それに今回の責任は全て私の責任。どうか頭を上げてください」


 「そうはいかないのだ。私はいつもアロンたちに甘えてきた。しかし私は……七家筆頭家の当主。アロンに責任があるとすれば、その責任は私が負わねばならない。ロッシュ公が義兄上というのも甘えだ。私は衆人の目があろうとも、頭を下げねばならない:


 僕はサルーンに近づき、肩をたたいた。


 「長というのは難しいものだ。僕も公国の主としてここにはいるが、正直、村長が精々なのだ。それでも皆や民達が支えてくれるからこそ、やっていけるものだ。サルーンもアロンに甘えるといい。そして自分がやれることをやればいいのだ。お前のやるべきことは……ここで頭を下げることではない。ここの民たちを守る作戦を考えることだ。それを間違ってはいけないぞ」


 「分かりました……義兄上。それでは、さっそく作戦会議をいたしましょう。義兄上の奥方には当屋敷で大したもてなしは出来ませんが、接待をさせていただきます。皆様は野営続きだとか、せめてベッドで体をゆっくりと休めてください」


 その言葉に一番食いついたのがシェラだった。


 「ありがとうございます。それでは早速……。そういえば、ミヤさん、分かっていますね?」


 「分かっているわよ。ロッシュ。さぁ、出しなさい!! 私達はこれから重要な会議をする予定なの。そう、これからのあり方が議題よ」


 なんだ、その取ってつけたような議題は。とにかく飲み食いしたいだけだろうに。僕はミヤにカバンを預けた。


 「それとサツマイモが届いたら持っていってやるからな」


 「ありがとうねぇ。さあ、みんな行くわよ!!」


 ミヤが号令を掛けると、エリス、シェラ、シラー、クレイ、リード、ルード、ドラドが楽しそうに相槌を打って屋敷に入ろうとしていたが、クレイは行っては駄目だろ。クレイだけを残して、妻達が屋敷に入っていった。僕達よりも先にだ。


 「サルーン……すまないな。嫁達が迷惑を掛ける」


 「いいえ。なんというか、義兄上の周りはいつも楽しそうですね。まさか姉上までもが一緒になっているとは、想像も尽きませんでした。私も妻が欲しくなってきましたよ。義兄上、誰か紹介してくれませんか?」


 アロンはサルーンの保護者か何かなのだろうか? 


 「サルーン様。今のお言葉は真ですか? 是非、段取りを……」


 なにやらアロンが暴走しそうになっているので、僕が止めに入った。


 「アロン。今はそのような状況ではないぞ。問題が解決したら、ゆっくりと考えるといい」


 「そうでした。しかし、サルーン様がそのような事を言ってくださる日が来るとは思ってもいなかったので、興奮してしまいました。そうでしたな。王国なんて、瞬く間に蹴散らしてくれますよ。たかが十万の軍なんて……十万なん……て」


 そんなに簡単ではなかったね。とにかく屋敷に入ろう。領民が僕達の周りに集まりだしてきている。ぞろぞろと屋敷に入り、会議室に案内された。すぐに飲み物が用意された。これは……コーヒーだな。


 「サルーン。この飲み物は?」


 「口に合わなかったでしょうか? コーヒーはこの地の特産でして、なんとか王国にも売り込みをしようとしたのですが、なかなか流行らなかったんですよ。一昔前に王国の辺境伯が大量に購入してくれたのが最後だったみたいで」


 「その辺境伯というのは、僕の父だろう。そうか、レントーク王国がコーヒーの産地だったのか。しかし、クレイはなんで教えてくれなかったんだ?」


 「えっ!? いや、私が村に行ったときには当たり前のように飲んでいましたから、レントークのコーヒーがここまで浸透してくれていたのかと喜んだものです。ですから、知っていて当然なのかな、と。もしかして、知らなかったんですか?」


 「知っているわけがないだろ。ずっと探していたんだから。これでコーヒーを惜しみなく飲めそうだな。エリスも喜びそうだな。サルーン、済まないが、帰りに船に乗るだけの量を譲ってくれないか?」


 「もちろんですよ。是非とも公国でコーヒーを広めてください。それにしても見向きもされなかったコーヒーをいち早く認めてくださった辺境伯の子息がロッシュ公だったとは。なんとなく運命を感じる物がありますね。他にも色々とあるんですよ」


 「何⁉ 本当か。是非とも見せてもらいたいものだな」


 「本当ですか!! それではすぐに用意を……」


 「イルス公とサルーン様、この場を何だと思っていらっしゃるのですか? 作戦会議をしましょうよ!! 王国が迫っているかも知れないのですよ」


 ぬ。イハサに正論を言われてしまった。しかしレントーク特産品か。興味深いものだな。あとでこっそりと見させてもらうとしよう。作戦会議か……僕達の前のテーブルに地図が広げられた。七家領から王都までが描かれた、比較的詳細な地図のようだ。見ると、七家領からは東西南北に道が出ている。北と西は王都へ繋がる道だ。北は直線的で、西は大森林を経由する迂回路だ。どうやら西の道は木材を運ぶための道らしく、一般的には北の道を利用するらしい。ちなみに東はレントークとアウーディア王国の国境付近にある砦につながる道で。南は僕達が通ってきた道だ。


 王国がこちらに向かってくる場合は北と西しかなく、普通に考えれば西を使うことは考えにくい。特に、木材都市攻略戦の時に大森林で手痛い損害を受けた王国は、大森林を避けてくる可能性が大きいだろう。そうなると、こちらも北に主力を置かなければならない。レントーク王国は都市部に城壁を築くという発想はないようだ。つまり、都市部に防御能力がなく、敵勢力の侵入を許せば蹂躙されるばかりなのだ。


 すると、イハサが手を上げてきた。


 「北に主力を置くということに反対はしません。しかし万が一西の道を王国が利用した場合、七家領はたちまち占領されてしまいます。時間稼ぎをする程度には兵を置いておく必要性があります。具体的には、ガモン殿の部隊五千人が適当かと思います。彼らほど大森林での戦闘能力が高い部隊はいませんから」


 アロンも手を上げる。


 「それならば、七家軍も大森林戦には自信があります。我らから部隊を派遣しましょう。こちらは一万出しましょう。それだけいれば、王国軍十万人が西の道を使ったとしても北の道に展開している軍が戻る時間くらいは稼げましょう」


 そうなると、公国軍三万人の内五千人と七家軍十万人の内一万人を西の道に配置するということか。北の道に残りの十一万五千人を配置するということになるな。すると、アロンが僕の考えに突っ込んできた。


 「それが七家軍のうち、少なくとも三万人は領都に配備したいと考えております。住民の避難や護衛に割り振りたいのです。ここ何十年と戦争など経験をしたことがない者たちばかりなので、無用な混乱が生じる可能性が高いのです」


 なるほど。そうなると北の道に八万五千人か。王国は十万人という軍がこちらに送られてくるという報告だ。ほぼ互角といったところだな。ここは確実に勝つ手を打たなければ。僕は地図を睨んでいると、ふと気になる線を見つめることが出来た。西の道から北の道に向かって走る線があったのだ。これは一体? アロンも地図に顔を近づけてきた。


 「それは猟師道ですね。細い道が西の道と北の道をつなぐように何本もあるんですよ。人が一人歩くのがやっとの本当に細い道です。本来は地図に載るようなものではないのですが、製作者が間違って描いてしまったのでしょう」


 それは面白いな。うまくいけば、王国軍を挟撃することだって出来るのではないか?


 「それは難しいですよ。本当に狭い道ですから」


 「道がなければ……いや、道が狭ければ?」


 「広げればいい、ですか? イルス公」


 「その通りだ。イハサも分かってきたようだな。僕自身は七家領に待機し、王国軍が来ない方向に向かい、王国軍の背後に回れるような道を作れたら面白くないか?」


 「ロッシュ公。それならば北に我が軍が、西に公国軍が待ち受けるというのはどうでしょうか? 隠密行動については公国軍のほうが向いているような気がしますから」


 なるほど。北の道を使う可能性が高い以上は兵力の多い七家軍が受け持ちのは道理だ。それに下手に分散するよりは、各軍で対応したほうが連携が取れやすいだろう。この案に皆は納得し、これを基礎に作戦を組み立てることで決まった。その時、公国軍の一部が屋敷に到着した。どうやらサツマイモが運び込まれてきたようだ。


 さて、サツマイモの味を堪能してみるか。

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