　公国軍三万人と七家軍三万人、合わせて六万人の大軍で拠点から出発し、途中で公国軍は一団から離れ七家軍のみで食料庫がある材木都市を攻撃することになっている。七家軍は総勢五万人の軍だが、都市攻略をしない二万人には拠点防衛を任せている。実際は、体力温存で次の都市攻略の要の兵力となる。

　七家軍と別れる際、アロン将軍が僕のところにやってきた。

　「ロッシュ公。改めて公国軍が七家軍に味方してくれたことに感謝いたします。おそらく我々単体ならば、王国に蹂躙されるだけの運命だったでしょう。それはサルーン様もお認めになられております」

　「アロン。まだ戦いは始まってもいないのに、負け戦の話は聞きたくないな。公国としても今回の一戦は是が非でも勝たねばならない。七家軍にはその大きな犠牲を強いることになることが心苦しくある。願わくば、両軍とも傷が少ない状態で帰還できることだな。そのためにも少ない時間ではあったが、連携の訓練を活かせると良いものだ」

　「ご尤もです。それにしてもロッシュ公はおかしな方だ。今回は共闘する道を歩んでいるが、将来は敵同士になるかも知れない相手に気を使われるとは。ロッシュ公とならば、共に未来を。それでサルーン様も……いや、何でもございません。次にお会いする時は撤退しているときでしょうか。見苦しく、王国兵に侮られるような逃げ方をしてくるゆえ、どうぞお笑って見届けてください」

　「ああ。共に大笑いしよう。木材都市を攻略したらな」

　アロンは、ええそうですね、と軽やかに答えると、横からいはさ副官がやってきてアロンに対して何やら言葉をかけていた。なにかしら二人に友情のようなものが芽生えたのか？　アロンはニヤッと笑ってから、僕に一礼して、すでに出発している七家軍の後を追いかけていった。僕達はこの辺りで待機となる。僕はニード将軍、イハサ副官、サモン将軍を呼び出し、最後の確認をすることになる。

　「ニード将軍、王国軍をどのように待ち受けるか教えてくれ」

　「分かりました。王国軍は七家軍の退却に対して全軍で持って追尾してくるもの考えられます。情報では材木都市に駐留している王国兵は五万人ですから、最低でも三万人、多くて四万人といったところでしょうか。それらがこの道を通過する時は統率も働きにくい一団となっていることでしょう」

　王国軍とはそこまで練度の低い軍隊だっただろうか？　アロンには敵と遭遇した時に脱兎のごとく逃げ出すように支持を出している。ということは、七家軍はほぼ無傷のはずだ。それに対して王国軍は烏合の衆の如き動きをするのだろうか？　ニードはコクっと頷くだけで、その説明はないが自信はあるようだ。

　「我らは三万人の内五千人をこの道上に配置します。そこで王国軍と対峙をさせ、攻撃をしてもらいます。これでようやく停戦協定の足かせがなくなります。五千人にはそのまま撤退してもらいます。七家軍同様、蜘蛛の子散らすように。幸い、この道は材木を運び込むため、道幅は広く逃走をするのに最適です。しかも王国軍を引き込むことも容易でしょう」

　「あとは……」

　ニード将軍の作戦の説明は聞いていて実に面白かった。まさに王国軍を一網打尽にする作戦だ。これが成功すれば、王国軍に大きな痛手を与えることが出来るだろう。最後の確認を終わらせると、皆は予定している場所に移動を開始した。ここに残るのは五千人の兵だけだ。その隊長はガモンだ。

　「ガモン。最初に逃げるだけの仕事とは嫌なものではないか？」

　「そんなことはないです。ニード将軍の作戦通りに行けば、私達の戦働きの場はたくさんありそうですから。たっぷりとおちょっくって、豪快に逃げてやりますよ」

　「そうか。まぁ、よろしく頼むぞ」

　僕はミヤ達と共に道がよく見える高台に移動することにした。ちょうど、木が伐採されている場所があり広い空間が広がっている箇所があるのだ。そこが王国軍を追い詰める場所だ。ミヤが後ろで不満そうな顔をしている。

　「ロッシュ。私達は戦いに参加できないの？　折角来たんだから、戦いたいんだけど」

　「だって、ミヤ達は僕を守るために戦う以外は出来ないんじゃないのか？　魔族はこの世界には干渉しないというルールがあるんだろ？」

　「そうだけど……前みたくロッシュが最前線で闘えばいいのよ。そうすれば私達も心置きなく戦えるわよ」

　なんだか前と言っていることが違うような気もするけど。僕は首を振った。

　「これは公国にとって大切な戦だ。公国民が戦い、その結果の勝利でなければならない。確かにミヤ達が出れば、戦いもすぐに終わり、勝利の得る可能性は高い。しかし、魔族の力だけを使って勝ってはダメなのだ。それは甘えとなり、必ずや大きな痛手を負うことになる。だから今から、民達の力だけで乗り切る団結力を作らなければならないのだ」

　「ふぅん。勝てば何でもいいじゃないの。でも、どこかで体を動かさせてよね」

　「わかったよ。そのうちな」

　ミヤとの会話で待っている時間を潰すことが出来たようだ。数日も待機していて、待ちに待った遠くの方から鳴り物が聞こえてきて、こちらに向かって声が大きくなっていく。目の前に道を七家軍が乱れるように逃げていく。しかも、物を撒き散らしていくぞ。アロンもなかなかの演技者だな。これならば王国も本気で逃げていると錯覚するだろう。

　七家軍がここを通過するということは、王国軍はガモン率いる五千人と衝突しているはずだ。さて、どうなることやら。ここで王国軍が公国軍に攻撃を加えれば、狼煙が上がることになっている。作戦成功の合図だ。すると、一条の細い煙が立ち上り、瞬く間に上空の風に流されてしまった。十分だな。

　さぁ、遂に始まるんだな。ガモン率いる五千人も悲惨さを思わせるような逃げっぷりで目の前を通過していった。凄いぞ!!　アロンを超える演技だ。誰も見ていないと分かっているはずなのにコケる場面を作るなんて。やるな。そんなことに感心をしていると、王国軍の兵たちがワラワラとやってきた。

　先頭の将兵らしい男が執拗に声を上げ、追尾を督促している。それに従う兵たちも勇んでいる様子で、確かな足取りで追撃を加えている。ちょうど、僕が見ている開けた場所に王国兵が到着すると散乱している武器やら防具やら旗に目がいったようだ。

　すると兵たちが急に立ち止まり、その散乱物を回収しだしているではないか。これは好機!!　開けた場所に兵たちが群がり、後続の王国兵もどんどん溜まっていく。きっとその後ろの道は混雑していることだろう。僕はニードの作戦に従い、狼煙の一発を放つことになっている。

　僕は土魔法を使い、大量の岩石を落とした。大きな音を轟かせ、岩石は容赦なく王国兵たちを蹂躙していく。岩石を止められるものはいない。道を引き返そうにも引き返せない。森に逃げ込もうとしても木が邪魔をして人が詰まってしまう。そうなると逃げるは先に進むしかない。王国軍の兵たちは我先と逃げ出し始めていた。

　その時、轟音が周囲に鳴り響く。僕の合図を皮切りに大砲が王国兵めがけて放たれ始めたのだ。移動式の大砲が実戦では初めての使用だが、見事に王国兵の群れに的中していく。大砲の弾はようやなく地面を抉り、その衝撃で将兵達は吹き飛ばされていく。それによって息が絶えるもの、木にぶつかり重症を負うもの、人にぶつかり気を失うもの、様々だ。しかし王国軍の混乱状態は相当のものだ。それでも後続の王国軍は先頭で何が起きているのか状況を知ることが出来ないようだ。未だに撤収もせずに先に進もうとする。その度に大砲の餌食となる。

　王国軍はようやく状況を飲み込み、軍を反転し撤退を開始した。しかし一直線に伸びた軍を反転させるのは容易なことではない。軍というのは後方に物資を運ぶものだ。その物資が障害物となるのだ。物資を道の横に動かし、細くなった道幅を全軍が通っていく。それゆえ、遅々として進まない退却。しびれを切らして森に逃げ込む王国兵も出始めていた。ついに統率が失われた瞬間だった。

　それを機と捉えた公国軍二万五千人は一斉に王国軍に攻撃を開始した。ニード将軍は、この状況を予想し森の中に兵を潜ませ、王国軍の撤退路を封じ込めるように兵を配置したのだ。公国軍は木を立てにしながら、近い距離からクロスボウを撃ちかけていく。あまりにも一方的過ぎて、もはや戦とはいい難い状況だ。矢に射抜かれた王国の将兵達は次々と倒れていく。

　今回の戦では王国にもクロスボウが装備されているようで、それで応戦をしている兵もいたが、木を盾にされているため全く命中していない。しかもクロスボウの精度がかなり低いように感じる。それでも王国兵のかなりの数が森に逃げてしまったようだ。

　しかし、これで終わりではない。森に逃げ込んだ王国将兵達は逃げ切ったと確信しているだろうが公国には森に長けた者たちがいる。ガモン将軍以下サントーク軍だ。森の中では彼らに敵うものはいない。木を障害物とも思えない動きで次々と王国兵を追い詰め、とどめを刺していく。公国軍はその勢いに乗り、王国軍が逃げていく方向に兵を向ける。

　追撃戦は夜を徹して行われ、数日間ずっと追い続けた。不思議だが、追う側になってみると疲れを知ることがないのだ。逆に追われる側はその疲労は倍加する。そのため途中で降伏する王国兵は数知れなかった。そのため、公国軍も降伏した将兵の処理をするために追撃の速度が徐々に鈍くなっていった。

　僕達はついに材木都市を見るところまでやってきた。材木都市は王国が入ったことで簡単な砦のよう形に改造されており、周りに壁がめぐらされていた。その壁の前で逃げ出した王国兵が群がり、中に入ろうとしていた。しかし、見ている限り入るのに苦労しているようだ。

　すると壁の上に多くの人影が現れると壁の前にいる兵たちが座り込んでしまった。ニード将軍が僕の側にやってきた。

　「ニード。王国兵たちはどうしたのだ？」

　「イルス公。我らの勝利ですな。どうやら七家軍は材木都市を攻略したようです。王国兵は降伏したのでしょう」

　「そうか」

　僕達が材木都市に近づくと、すでに七家軍により王国将兵達は拘束された状態だった。陣頭指揮をしていたアロンが僕達を発見し、近寄ってきた。

　「ロッシュ公。ご無事で。おかげさまで材木都市を無傷で陥落させることが出来ました。我らが材木都市に近づいただけで残っていた兵たちは一目散に王都に向け逃げていきました。千人程度しか残っていなかったみたいですね。王国がどれだけ我らを本気で潰しにかかっているかわかったような気がします。しかし、これで食料を手に出来たのです。戦いは我らに有利に動くでしょう」

　「そうだな。この勝利はこの戦で我らに絶対的な優位を与えてくれるだろう。食料はどれほどあるか確認はしているのか？」

　「今、調べてもらっております。ここはレントーク王国の全ての食料が保管されていますから一年、二年分はあると思いますが……おっ、調べに言ってもらっている者がちょうど戻ってきました」

　慌てた様子でやってきた兵がアロンに耳打ちをする。吉報かと思っていたアロンの顔が徐々に青ざめていく。

　「ロッシュ公。食料庫が……食料庫が……空だったようです。周りも探索したようですが、食料が一切見当たらなかったと。これではなんのために材木都市を攻略したというのだ。我々は終わったのか？」

　この材木都市を攻略すれば、大量の食料が手に入ると思っていたのに。公国軍の食料も心もとなくなってきた。一体、どうすればいいのだ。