リードとリリの出産

 「出産の兆しが出てきています」


 そんな言葉が僕の耳に入ってきた。言ったのはずっとリードの看病をしてくれていたエルフだ。すると、リリは僕の手に触れてきた。


 「すぐに行ってやるとよい。きっとリードも喜ぶに違いないぞ」


 僕は頷くとリードがいる部屋に向かっていった。僕が部屋に入ってから二時間後に子供が生まれた。立派な女の子だ。リードに瓜二つと思っていたが、心なしか僕にも似ているような……いや、ありえないか。エルフの特性は男側の遺伝を継がないことだ。リリも散々、期待しないように、と僕に言い含めていたのだ。


 頑張ったリードを僕は目一杯褒めてやった。リードは憔悴しきった顔をしていたが、産まれた子供を腕に抱き、本当に幸せそうな表情を浮かべていた。子供はエルフの特徴である長い耳に緑色のきれいな瞳。それにまだ生えそろっていないが銀色に輝く髪が少しなびいていた。どうやら髪色だけは似ていなかったようだな。残念だったなリード。そういうと、リードはニコリと笑った。


 「この子が元気で産まれてきたのなら十分です。それにリリ様のような髪で将来、きっと美人になりますよ」


 そうだな。それから色々と赤ちゃんの体を洗ったりとか、リードの体を休ませるというので僕は部屋から退場となった。もうちょっと赤ちゃんを見ていたかったが、あとで見れると自分を言い聞かせてリリの部屋に戻っていった。リリは椅子に持たれながら先ほどと寸分違わぬ姿勢でいた。


 「どうじゃった? リードに瓜二つじゃから可愛い子であったであろう。何度も言うが……」


 「分かっている。期待するなということだろ? 確かに子供は可愛かったぞ。だけど、リードに瓜二つとまでは言えないかな。どちらかと言えば、僕似に見えなくもないし髪だって銀色だったぞ。どうもリリの話とは……」


 僕がそこまで言うと、リリは急に表情を変え考え込むような姿勢となった。あまり喜んでいるという様子ではないから心配になってくるぞ。僕はエルフについての理解が乏しい。出産前のリードのような体調を崩すようなことは見たくないぞ。


 「銀色の髪と言ったかの? それは妾に似ている色か?」


 僕はそのとおりだと答えると、ますます悩んでしまう。一体、どういうことだ?


 「我が君は覚えていないかの? 妾は以前、ハイエルフの話をしたことがあったであろう。ハイエルフは成長し、自覚をするまでは他のエルフと何ら変わることはない。しかし、例外があるとすれば外見じゃ。銀色の髪を持つエルフはハイエルフである可能性が高いのじゃ。しかし、信じられぬな。まさかリードの子供がハイエルフを産むとは……」


 リリは僕の方をちらっと見て、まさかな、といった様子で考えをまとめようとしていた。それからリードの体調が戻るまで数日、エルフの里に滞在することになった。その間にリードは子供を慈しむように抱いていた。


 「エリスさんが先に出産してくれたおかげで、子供を抱くのを怖がらずに済んで助かりますね。しかし、折角子供のために色々と準備してたんですけど、全部屋敷にあるんですよね。ちょっと残念です」


 「何を言っているんだ。すぐに屋敷に戻るんだ。何も残念がることはないではないか。そういえば、リリが赤ちゃんがハイエルフじゃないかって言っていたぞ。僕はエルフとハイエルフの違いがいまいち分かっていないが」


 「ちょ、ちょっと待ってください。リリ様がそうおっしゃっていたんですか?」


 僕が頷くと、リードもリリと同様の思案顔になって考え事をしていた。


 「リリも同じような顔をしていたが、そんなに珍しいことなのか?」


 「それが本当なら、珍しいなんてものじゃないですよ。おそらく、エルフからハイエルフが生まれるなんてありえないと思います。そのような話を聞いたことがないですから。ハイエルフは始祖エルフの血を継がなければ産まれませんから」


 そうなのか。リリが悩むのも無理はないか。


 「ハイエルフが生まれることは、どういう意味を持つのだ? 僕はよく分かっていないのだ」


 「そうですね。私も実はよく分かっていません。それだけハイエルフというのはいないものなのです。私が聞いた限りでは、生きているハイエルフはリリ様だけらしいですから。ハイエルフは里を作ると言われています」


 そうなると、リードの子供がハイエルフならば里の長になるということなのか? すでに運命が決められているというのは少し可愛そうな気がする。


 「ふふっ。そんなに心配しなくてもいいと思いますよ。エルフはこの里にいるだけで人数が多くありません。里をもう一つ作るという話はまだまだ先になることだと思いますよ」


 それを聞いて少し安心した。とはいえ、ハイエルフである事が決まったわけではない。そこまで思い込む必要はなさそうだな。そういえば、名前を考えなければ……。すると、リードが僕の手にそっと手を重ねてきた。


 「ロッシュ殿には申しわけありませんが、名前なら決めてあるんです。リースと名付けようと思っています。駄目でしょうか?」


 リースか。悪くないな。ややリードと名前が被っているような気もするが。


 「リースという名前は、私の育ての親の名前なのです。ずっと昔に亡くなってしまいましたけど、私に子供が産まれたらその人の名前をずっとつけようと思っていたんです。リードって言う名前はその人につけてもらったんですよ」


 そういうことであれば、何も文句をいうことはない。僕は頷き、子供の名前をリースと決めた。屋敷に戻ったら命名式をしなければな。僕がほくそ笑んでいるとドアが荒々しくノックされた。家族の一時を邪魔するとは!! 僕はドアに近づくと急に開き、思いっきりドアが顔に直撃した。顔を抑えていると、開けた張本人が悪びれる様子もなかった。


 「リリ様に出産の兆しが出ました。ロッシュ殿を呼ぶようにとリリ様がおっしゃっております」


 何!? リリが……。僕はリードに席を離れることを告げ、ドアをぶつけてきたエルフの案内でリリがいる部屋に向かった。部屋に入って一時間後に子供が産まれたのだった。産まれた子供は、エルフの特徴がしっかりとあり、金色の髪をしていた。どうやらリリの銀髪は引き継がなかったようだ。ハイエルフからハイエルフが産まれるとは限らないのかな? ただ、男の子だった。エルフで男の子って珍しいよな? 僕は見たことがないぞ。


 僕が産まれたばかりの赤ちゃんを覗き込んでいると、取り上げたエルフが腰を抜かして、どこから出しているのか分からないような声を上げていた。そのエルフだけではなく、子供を見た全てのエルフが同じような反応をしていく。出産で体力を奪われ、疲れ切っているリリもこの事態に困惑している。


 「一体、何事じゃ。妾の子供に何があったというのじゃ!! 我が君。すまぬが我が子を見えるところに持ってきてくれぬか?」


 僕は頷き、一応、自分の手に浄化魔法を掛けてから子供を抱き上げた。やはり可愛いものだな。僕にとっては初めての男の子だ。どんな成長をするか楽しみだ。子供をリリに近づけながら、男の子であることを伝えるとリリから変な声が出た。


 「はえ!? お、男の子とはどういうことじゃ……真じゃ。間違いない。男の子じゃ。一体、どういうことじゃ。この現実を受け入れられないのじゃ。しかし……可愛い子じゃの」


 いつも威厳のあるリリが今は母親の顔になって子供をなでている。しかし、これ以上はリリの体にも良くないし、子供も早く体を清めなければならない。しかし、エルフたちの様子ではそれは難しそうだ。僕が代わりにやろうとするとリリが他のエルフを叱り飛ばすと、現実に戻ったのか急に手を動かし始めた。どうやら、僕がやらなくても良くなりそうだな。


 リリは安心したのか、目を瞑っている。とりあえず僕がここにいても仕方がないだろう。リードのもとに戻るか。しかし、そこでもひと騒動あった。リードにそのことを伝えると信じられないという表情を浮かべていた。さすがに出産に立ち会ったエルフよりは落ち着いていたがようやく話ができる程度には興奮していた。


 どうしてそうなっているのか、早く知りたいのだが。やっと落ち着いてきたリードがポツポツと話し始めた。


 「もし、もし、ロッシュ殿の言うとおりであれば……」


 さっきから本当だと言っているのだが。


 「その子は始祖エルフです。エルフで男子というのはまず産まれません。何かをきっかけに数千年に一度、産まれるそうなのです。始祖エルフの誕生はエルフが大いに繁栄すると言われており、エルフにとっては神のような存在なのです。始祖エルフとはそれほどすごいものなのですよ。ああ、見に行きたい」


 話し始めると再び興奮しだし、見せるのは不安があったが、どうしてもというので見せに行くと案の定、気絶してしまった。僕は考えを改めた。実際に見て腰を抜かす程度は凄いことなのだと。


 始祖エルフが産まれたことはすぐにエルフの里に広がり、里は異様な雰囲気が漂い始めていた。なんでも始祖エルフから生まれる子供はすべてハイエルフらしい。たくさんの里が生まれ、エルフが爆発的に増えることになる。もっとも、始祖エルフを神と崇める方向が強く、興奮の方向性はそちらの方に向かい熱狂的な信者のようなエルフが続出した。


 僕とリード、それにリースが村に戻ることになった。本当はリリの体調が戻ってからと思っていたが、始祖エルフが生まれたことでエルフの里が危険地帯になるかも知れないから落ち着くまでは近寄らない方が良いというのだ。里を去る間際にリリのもとに立ち寄った。未だに体調は戻らないようでベッドから立ち上がれないようだ。


 「情けない姿をみせておるの。どうやら我が子に色々なものを吸われてしまったようじゃ。始祖エルフとなれば、成長も早いじゃろう。もしかしたら、数日中には言葉を発するやもしれぬ。我が子じゃが、始祖エルフとなれば妾もおいそれと会えるものではないの。嬉しいやら悲しいやら。すまぬが名前も本人に決めさせようと思う。許してくれ」


 始祖エルフがどのようなものか分からないが、我が子であることに変わりはない。これはリリには諦めるように伝えられていることだが、そのような思えないわけがない。


 「何を言っているんだ。始祖エルフだとしても僕達の子ではないか。会えないなど言わないで会ってくれ。リリは母親なんだから」


 「ふふっ。ロッシュが父親だからこそ始祖エルフが生まれたのかも知れぬ。リードの子がハイエルフなのも偶然ではないのやも知れぬ。不躾だが、始祖エルフには父親として接してやってくれぬか。散々、諦めるように伝えていて虫が良いかも知れぬが」


 「当然のことだ。しかし、今はリリの言う通り、ひとまず里を出るぞ」


 「そうしてくれぬか。里が落ち着いたら連絡を寄越すのでな」


 僕はリリの唇に唇を合わせ、別れを告げた。なんとも騒動に満ちたエルフの里だったが、リードとリリが無事に子供が生まれたことがなによりも幸せなことだった。始祖エルフには出産直後以降、見ることが出来なかったのは残念だ。どうやら、エルフの里には巫女という役割をするものがいるらしく、その者たちが始祖エルフである我が子を育てることになるらしい。なにやら複雑だが、リリが争いを好まないので文句は言わなかったが、次も会えなかったら……。


 僕達が里を出ると、ミヤの眷属達が迎えに来てくれた。どうやらミヤが指示をしてくれたみたいだ。三人で魔の森を進むのは少し心配だったが、杞憂だったようだ。やっぱり家族っていいものだな。

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