都建設計画

 オリバが屋敷を去り、残ったルドとマリーヌを応接室に招き、話をすることにした。シラーにコーヒーを用意してもらおうとしたが、マリーヌがコーヒーを淹れます、といってキッチンの方に勝手に入っていった。シラーも困った様子だったがマリーヌの跡を追うようにキッチンに向かっていった。


 ルドと二人きりというのは久々だな。


 「ルド。昨夜は済まなかったな。僕としても予定外のことが起こってしまって混乱していたようだ」


 「特に気にしていない。ロッシュは仕事を忘れてのんびりとする時間も必要だろう。しかし、フェンシ団の関係者を身内に入れるとなると、また王国がうるさくなるかも知れないな。と言っても最近の動向を見る限り、出兵するだけの力はあるまい。それに聞いているか? 最近、王国から流れてくる亜人の数が増えているそうだ。今までは、十日に一人くらいだったが、それが毎日になっているようだ。これからも増えてくるかも知れないな」


 ふむ。初めて聞く話だが、ライルには受け入れを寛容にするように伝えてあるから報告の必要性を感じなかったのだろう。しかし、王国からの亜人となるとやはり王都から脱走した者たちなのだろうな。


 「そうなると、王都の屋台骨である亜人という労働力を失い始めているということか? 出来れば、王国とは一戦も交えずに手を携えたいと思っているんだが」


 「それはまだないだろうな。王都で強制労働させられている亜人からすれば微々たるものだ。王国を揺るがすほどの数ではないだろうから、直近で何かしらの変化は期待できないだろう。しかし、公国の主ならば和睦のことは常に考えなければならないだろうな。公国としても人口の約一割近くを兵としておくのは辛いものだがあるからな」


 その通りだ。現状では50万人近い人口に対して兵士が6万人ほどにも上る。ルドが言うには、通常戦時では一割という数字は決して高いものではないらしい。しかし、公国にそれを当てはめることは難しいというのだ。というのも公国は人口が50万人と中規模な国家と言えるが、その中身は子供と老人だらけの歪なものだ。労働者人口という点から見れば、人口の四割程度しかいない。そのため、兵員として多くの人が取られてしまうと労働力不足が顕著に出てしまうのだ。もちろん、十年、二十年後を見据えればその問題は解消するだろう。


 しかし、数年という短い時間で考えると非常に危ういのが公国なのだ。しかも未だに王国との戦力の差を埋められないでいる。これ以上、兵員を増やすことは公国の存続に関わることになる。そのために兵員の質の向上と兵器の改良、そして時間稼ぎをする必要性がある。先の元連合領での戦によって、王国には少なくない損耗を与えることに成功しているため、それなりの時間稼ぎというものは出来るはずだ。


 「ロッシュも色々と考えるようになったものだな。村で初めて会ったときとはまるで別人だ。いや、そもそも村で会ったときにも別人に感じたものだったな。一体、ロッシュの体には何人いるんだ?」


 「まぁ男子三日会わざれば、だ。僕だって様々な経験を通じて学んでいるんだ。それに、それくらいでなければ公国なんてものを背負うことなんて出来ないだろう」


 「もっともだ……私には出来ない芸当故、諦めてしまったものだ」


 やや暗い顔をして笑っていた。ちょうど、そのときコーヒーを持ってきたマリーヌとシラーが応接室に入ってきた。シラーがなにやらキラキラとした表情でマリーヌのコーヒーへの造詣の深さを賞賛していた。シラーはもしかしたら賞賛した相手に対しては全てを肯定するような考えを持っているのかも知れないな。まぁ、それもシラーの特徴だ。マリーヌはルドの表情がやや暗いことを心配するような声を掛けていた。マリーヌの心遣いはルドを大いに救っているのだろうな。


 「さて、ルド。折角来てくれたが、仕事の話をしよう。こんな機会でなければ、なかなかまとまった話は出来ないからな。実は三村の北東部の広大な土地に元連合の住民を移住させようと考えているのだ。そのための街作りについて話し合いたいのだ」


 「ほお。ついにあの土地に手を付ける時が来たか。しかし、他の土地でもいいのではないか?北部や南部でも十万二十万人など簡単に入れるくらいの土地はあるだろう。しかも、すでに街が出来ているんだ。わざわざ一から作らなくてもいいのではないか?」


 ルドの言うことは尤もだ。他の街にはインフラが整備されつつあり、大人数の移住にすぐ対応できるだろう。しかし、ルドが以前言っていたように公国の都を将来的に作ることを考えている。最初は不要と考えていたが、どうも村から司令を出すのは不便極まりない。それに、北部や南部の砦までの距離が遠すぎるのだ。これはガムドからも言われていることだ。


 更に村はイルス辺境伯領の領都だった場所だが、辺境と名が付くように街道は一本しかなく、そこが機能しなくなれば陸の孤島と化してしまう。このような場所に物流の本部や軍の本部などを据えるべきではない。やはり四方に道が通じて、海路も利用できる場所でなければならない。そういう意味ではラエルの街も悪くはないのだが、大人口を支えるほどの土地がないのだ。


 だからこそ、都の素地を今から作っておき拡張を続けていくことで都としての機能を備えさせようと考えている。


 「なるほどな。私からは特に反対はない。そうなると三村は都から海に出る重要な拠点という意味合いが強くなるということだな。まさに私が願っていた話になってきたではないか。それは楽しくなってきたな。そうなると三村にも造船所を作らなければならない。一層のこと、新村から移動してきてはどうだ? 中心がこちらに移るのなら必要だと思うが」


 それはいい考えかも知れない。それについては、テドにも相談しなければならないな。出来れば港ごとに船のメンテナンス程度ができる工房があるのが理想だ。そういう意味では造船所は三村に置き、新村には修理だけをする工房を置く方が良さそうだ。


 「ルド。都開発についても責任者になってもらえないか? 三村だけでも大変かも知れないが、都の想像ができているのはルドが一番だろう。僕としてはルドに任せるのが一番安心するのだが。どうだろうか?」


 ルドはじっと考え事をして、なかなか結論が出ないでいた。折角、成長の兆しを見せてきた三村から離れ、一から都の下地を作る作業になるのが嫌なのかも知れない。


 「ルド。基本的には三村での開発をしてもらいたいと思っている。三村は都の立地上重要な地区となることは間違いない。そのため三村の開発を遅らせることは出来ない。都建設はまだまだ先になることだろうし、開発については僕やゴードンが尽力するつもりだ。ルドには現場の監修だけをやってもらいたいのだ。それならば、大した支障にはならないだろ?」


 「つまり現場のお目付けといった感じか。三村の開発についても私に引き続き任せてもらえるのなら、引き受けよう。といっても三村に付きっきりだから、あまり期待されても困るぞ」


 「ああ、もちろんだ。都建設については落ち着いたら、別の責任者に任せよう。今はルドくらいしか頼めるものがいないのだ」


 「そう言ってくれるとなんだか嬉しいものだな」


 僕とルド、そしてマリーヌとシラーでその後も街作りについての話をした。


 「そういえば、城はどうするんだ? さすがに公国の都というのに城がなければ格好がつかないだろう」


 そうなのか? 僕としては妻達が住めるだけの屋敷があればそれに越したことはないし。役所のような施設を作れば十分だと思うんだけど。僕がそういうと、なぜかマリーヌやシラーから顰蹙を受けた。シラーが言ってくるとは意外だ。


 「ご主人様。城は主がいる場所と思われがちですが別に住む必要性はありません。しかし、外国の使者が来たときや移住者が城を見た時にどう感じるでしょうか? 城は国を代表する建築物だけではなく、国力を表す指標にもなるのです。敵対する勢力からは一目置かれ、友好的な勢力からは信頼を得ることが出来るでしょう。また移住者は安心を得るものです。城にはそれだけの価値があるのです。ぜひとも作るべきでしょう」


 そういうもの……なのか? 僕にはまだ必要性を強く感じないが。しかし、ここで話している限りでも城の必要性が出てくるのだから、ゴードンやライル達に相談すれば火を見るより明らかなような気がするな。そうであれば、僕から城建設について話を出したほうがいいかも知れないな。


 といっても、城ってどんなものなのだ? ミヤが魔の森に作ったような城か? それともまだ見たことがない王都にある城なのか? それとも、日本にあるような城か? どれを作ればいいのだ? 試しにルドに聞いてみると好きなようにすると良い、とだけしか返ってこなかった。それがわからないから、困っているのだけど。


 しかし、自由と言われると僕に思い浮かべるのは日本にある城だけだ。おや? なんだか考えているうちに面白くなってきたぞ。そうなると縄張が必要となってくるな。あとは設計図だな。これは流石に僕に図面を引く能力はない。誰かに頼むとしよう。そういうと、ルドが城のような建築物の設計技師を知っているというので紹介してもらうことにした。


 それからルド達とは夜になるまで話を続け、夕飯を食べてから別れることになった。


 「ルドにマリーヌ。今日は楽しい日を過ごさせてもらった。まさか都の構想がここまで固まるとは思ってもいなかった。礼を言うぞ」


 「気にしなくていい。私も三村の今後について夢を語らせてもらった。実に有意義な時間だった。三村に戻ったら、さっそく都の港としてふさわしい街にしてみせるさ」


 ルドはやる気に満ち溢れた表情だ。マリーヌが手を携えて、ルドを引っ張るようにして帰っていった。僕達は明日から街近辺で利用される貯水池の設置や堤防の設置の作業をすることにした。それが終わる頃には、春真っ盛りという陽気で、あちらこちらで鍬を持つ農民の姿を多く見かけられるようになった。ついに、春の作付けの本番が始まった。なんとか、土木工事も間に合い食料生産に大きな支障が出ることはないだろう。

 

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