成人式②

 僕のための料理というのが目の前にある。この赤いスープは一体……スプーンがあったから、試しに飲んでいた。うん、辛い……いやいやいや、めちゃくちゃ辛いじゃん!! なにこれ? 唐辛子? 痛い!! 舌が痛い。水、水……。

水を一杯飲んだがますます辛くなった。エリスが舌を出していたのはこれを食べたからか。話せないほどになるのは頷けるな。でも、やっぱり分からない。


 「気に入ったようだね。これはね、エリスちゃんが成人式のときの出し物として、ロッシュ様を称えるのための料理なんだとさ。地の底から吹き出すマグマのような情熱を表しているそうだよ。エリスちゃんにそこまで想われてるなんて、村長は幸せ者だよ。あたしは、エリスちゃんが考えたことを再現してみたんだけどね。いい出来だろ? あたしは気に入っちゃったよ」


 これが出し物。ゲテモノの間違いだろ。これ、食べれる人いるのか? いや、待て。称えるってなんだ? 称えるとは優れていると褒めること……意味はどうでもいいか。そんなことをされる覚えが……僕が頭をよぎったのは服だ。場違いも甚だしいあの服だ。そして、この料理。つながり始めてきた。屋敷の女性陣が最近怪しいのは、これか。成人式で、僕を持ち上げて楽しむ気だな。それに乗っかるのも面白いかもしれないが……ダメだ。成人式は、成人した者が主役。僕だけではないのだ。持ち上げるなら、皆を持ち上げなければならない。


 「これではダメだ。僕を称えるのは結構だが、他の成人した者も称えねばならない。今年の成人した者は……」


 今年の成人した者は、葉物や米を主力としている農家、狩猟をしている者、鍛冶職人の見習い、服飾店の弟子候補など様々だ。その者達の仕事に関することを付け加えなければならない。


 「まず、僕はこんなに真っ赤な情熱は持っていない。辛さを抑えること。成人する者を考慮して、葉物を追加すること、締めに米を入れ雑炊風に仕上げること。新たに、スプーンを新調すること。これは、鍛冶師見習いに作らせるのだぞ。カーゴには私から説明しておこう。スープ皿の敷物も新調しよう。これで、成人するもの全員が称えられることになるぞ。どうだ?」


 エリスはうっすらと涙を浮かべていた。僕は、すっとハンカチを取り出しエリスに渡した。辛かったであろうと慰めながら……すると、エリスが声を上げて泣き始めた。


 「辛くて泣いているのではありません。ロッシュ様の村人への配慮に感動したのです。私は、ロッシュ様だけしか考えなくて……恥ずかしいです」


 僕は、ウンウンと頷き、エリスを慰めた。みんなを持ち上げてやって、楽しまないとな。そうだ。名前を考えよう。このスープを飲み干すことはかなりの覚悟が必要だからな。ふむ。


 「このスープの名前は、成人の誓いとしよう。誓いを立てた後、このスープを飲み干す。なかなか面白そうではないか。なあ、ラーナさん」


 「あ、ああ。なんだか、話が変わってきた気がするけど。まぁ、いっか。楽しそうだしね。村長の言ったように改良しておくよ。小道具の方もあたしの方から手配するから、村長は気にしなくていいさ。当日を楽しみにしてな」


 僕はラーナに礼を言うと、エリスと共に屋敷に向かった。エリスは、終始無言だったが、屋敷に着く直前でピタッと足を止めた。僕はエリスが急に止まるので、ビックリしてエリスの方を向いた。


 「ロッシュ様。実は……ロッシュ様に隠していたことがあったのです」


 エリスから聞いた話は、エリスとマグ姉とミヤで結託をして、成人式で僕は称え、村長としての威厳を高めようと画策していたようだ。エリスは料理、マグ姉は鍛冶、ミヤは眷属を使って、目的を果たそうとしていたようだ。僕は、彼女らが僕を持ち上げて楽しむためだと思っていたので、少しショックを受けていた。それでは、村人全員が楽しめないではないか。なるほど、色々と話が見えてきたな。


 エリスから聞いた話をミヤとマグ姉に言うと、二人共自分たちのやっていたことを白状したのだ。ミヤは、眷属達を使って魔牛を操り、村長を称える行進をさせようとしていたらしく、マグ姉は、村長の名を刻んだ宝剣を作ろうとしていたらしい。色々と考えていたんだな。彼女らの気持ちはすごく嬉しかった。三人に感謝の言葉を伝えた。彼女らは嬉しそうにしていた……が、全て中止だ!! なぜなら、皆が楽しめないからだ。僕を称えて、誰が喜ぶというのだ。精々、ゴードンくらいなものだ。しかし、折角動き出している計画を潰すのも面白くないな。


 僕はすぐに鍛冶工房に向かった。カーゴは、隠し立てをしようとしていたが、僕が知っていると分かると計画を打ち明けた。今更、気づいたが、これは僕に内密で行われていたのか。ラーンさん、全然隠す気がなかったように感じたが……。


 僕は、宝剣は中止にして、村の象徴的な道具である鎌を小さくして、成人する人数分を作ってもらうことにした。その鎌に、金を上塗りして豪勢になるように仕上げた。実用性は全く無いが、記念品くらいにはなるだろう。年号を刻みたいが、年号あるのか? マグ姉に確認すると、今年は王紀238年にあたるらしい。王紀か……今の王が変なおっさんだからな。あまり乗り気しないな。僕がこの村を作ってから三年経つのだから、 『参』 という漢数字と成人した者の名前を刻んだ。マグ姉から参の意味を聞かれたので、数字の三という意味だと言ったら、首を傾げていた。


 次は、ミヤの企てを阻止するために、魔牛牧場に向かった。そこでは、眷属達が魔牛を使って、さまざまな行進を練習していた。僕の姿を見せると、眷属達は慌てた様子で何事もなかったように装い始めた。僕は、魔牛牧場の責任者のサヤを呼び出し、企てを知っていることを話すと、ミヤの方をちらりと見て、ミヤが観念したような仕草を返し、サヤもさらりと企てを白状した。


 サヤ達の魔牛の扱いは見事なものだった。右へ左はと魔牛が整然と行進する姿は圧巻だ。最後に 『ロッシュ』 の文字の形になるように魔牛が並んだ。うん。最後の文字だけは却下だね。 『祝・成人式』 という文字になるようにしてもらうおう。これなら、皆が喜んでくれるだろう。


 これで企みは全て阻止することに成功した。あとは当日を迎えるだけだ。リードは、話に出てこなかったから企みには加担していないのだろう。彼女は職人だから、こういうことには興味がないのかもしれないな。家具を使った催しとかあったら面白そうだけどね。


* ちなみに、日本の文字ではなくこっちの世界の文字ですよ

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