春の農作業 三年目

 春の種まきの時期に入った。この時期は、耕すために多くの人がクワを持っていたが、今年は不要になった。魔牛の登場だ。そのため、種まきに多くの人を割くことが出来るようになったのだ。今年も、残念なことに堆肥を導入することは出来なかった。魔牛由来の肥料の効果は麦の収穫を待つしかなく、人由来の肥料もまだ完成に至っていない。量は少ないが、海産物由来の肥料を撒くことで多少の収量を期待できるだろう。


 種まきが始まる前に、ゴードンに少し怒られたことがあった。村の人口が2000人近くに増え、女の亜人と老人ばかりだったが、若い男が大幅に増えたので、僕は、種まきなどの体への負担が大きいものは老人にはやらせない方向で進めたらどうかとゴードンに相談したのだ。ゴードンも、老いによる衰えを見て取れるようになり、そろそろ畑から離れ、体の負担の少ない事業を進めようとしたのだ。そうすると、ゴードンが表情を暗くし始めた。


 「ロッシュ村長。寂しいことを言わないでください。私は老いたと言っても、まだまだ現役のつもりですぞ。たしかに、若いものには仕事で付いていけない時もあります。気を使ってくれるのは、大変嬉しいです。私は感激しております。しかし、私は一生、畑から離れるつもりはありませんぞ。おそらく、皆も同じ意見だと思いますぞ。ただ、勘違いしないでほしいのは、新しい事業について協力しないというわけではありませんからな」


 「そうか。ゴードンを傷つけてしまったようだな。すまなかった。ゴードンには世話を掛けっぱなしだ。そろそろ休んでも良い頃合いではないかと思っていたのだ。しかし、それは僕の杞憂だったようだな」


 今年も種まきは村人総出で行うことにした。今年は、ジャガイモの定植から始まった。品種改良の魔法で秋作を春作にしている。来年からは今年の春作の収穫分を取っておけば、栽培時期を変える必要性が無くなる。そうすれば、品質の方にポイントを回すことが出来るのだ。


 ジャガイモは100メートル × 100メートルを10枚分を植えることにしている。種がまだまだ不足気味だ。もう少し面積が欲しいが、こればかりはどうしようもないからな。土は去年より深く耕作されているおかげで、ジャガイモの定植が簡単に進んでいるようだ。これも魔牛導入のおかげだな。村人からの評判も上々だ。

 

 ジャガイモの植え付けは数日で完了し、続いて甜菜の種まきが始まった。甜菜も100メートル × 100メートルを10枚分の種を撒く予定だ。砂糖の原料となるため、村人のやる気が少し変になるのだ。畑に筋をつけ、筋に従って村人が種を撒いていく。種が小さいため、無駄蒔きが多いのが難点だ。今後の課題となるな。甜菜の種まきもすぐに終わった。やはり、もう少し畑を拡大しても大丈夫そうだな。今の人口なら、倍にしてもなんとか作業が間に合うだろう。


 しばらく間が空いた後、米の苗作りが始まった。今年は水田を100メートル × 100メートルを50枚にする予定だ。堤防より離れた場所にも水田を作るようになったため、水路がかなり伸びてしまった。そのため、水田に水が溜まるのが若干遅くなってしまったのだ。まだ、支障はないだろうが、今以上に水田を増やすことを考えると、川からの水の供給だけでは足りなくなりそうだ。今年こそは、上流に貯水池を設置することにしよう。

 苗を作るだけでも、多くの水田を利用することになってしまったな。うれしいことだ。


 気候にも恵まれて米の苗作りは順調に進み、健全な苗を作ることが出来た。水田毎に水のたまりが違うので、早く溜まった水田から順次植え始めた。今年は三本植えをすることにした。少しは収量が増えてくれるだろう。新たに入った人達は、水田に足を取られて苦労していた。去年経験した人が丁寧に教えているおかげで、上達は早いようだ。田植えだけは、皆と泥に塗れるようにしている。まだまだ、僕の植える速度に付いてこれるものはいないな。


 田植えは面積が拡大したせいで、なかなか終わることはなかった。三週間程度かけてようやく終わらせることが出来た。田植えの終盤に、大豆の種まきが始まったので、村人を分散して作業を行うことにした。大豆は、この村で初めて植えられるものだ。もともとは、肥料にするために撒かれていたものらしく、食用として栽培されていなかったのだ。そのため、種自体の量は然程多くなかったので、畑五枚分にしかならなかった。


 話を聞いたら、ラエルの街だけではなく、この国では大豆は食用として使われていかなかったみたいだ。そのため、村人は食用として大豆を撒くことにかなり抵抗があったみたいだ。今回は量が少なかったので、試食会をすることが出来ず、十分な説明は出来なかったが、それでも協力的であったので、ホッとした。


 大豆を植える時期と同時に綿の種まきも始まったので、村人を二分することにした。今年は、綿も大豆も面積が少ないので、人数が減っても問題はないが、来年からはどうするか考えなくてはならないな。


 綿の種は十分にあったが、父上が残していた綿の在庫も大量に残っているため、畑五枚分程度を撒くことにした。要領は甜菜のときと同じのため、村人は馴れた手つきで種を撒いていった。


 これで全ての春の植え付けと種まきを終わらせることが出来た。三年目ともなると、村人の農作業の手つきはかなり良くなり、男手も増えたこともあって、活気が溢れていた。ルド傘下の元兵たちは、亜人との仕事に対して躊躇している者が少なくはなかったが、三ヶ月間、作業を共にすることで随分と連携をうまく取れるようになっていた。


 春の最後で最大の農作業が始まった。麦の収穫だ。といっても、それは去年までの話で、人口の増えた今となっては、少し物足りない感じの面積しかなかった。村人は要領よく収穫作業をしてくれたおかげで、一週間もかからずに終わらせることが出来た。


 春の農作業は全て終わった。麦の成績も上々で、去年に比べて収量も増えたので、ゴードンも非常に満足していた。特に良かったのは、魔牛由来の肥料を使ったところだ。周りに比べて、約倍近い収量を得ることが出来た。村人もこの効果にかなり驚いていた。一部を乾燥させ、試食会をすることにした。場所はラーナの店だ。ここで麦をパンに変えてもらい、村人に供された。僕も食べてみたが、味や風味が格段に上がっていた。村人もこれには驚いていて、ラーナもすぐにこの麦を店に入れてほしいと頼んできたほどだ。


 この試食会のおかげもあってか、魔牛由来の肥料も村人から認められた形で導入が決定した。夏から使う予定だが、人由来の肥料も完成しそうなので、使える肥料がかなり増えたな。春の農作業が終わる頃、長雨の前触れか、雨の日が徐々に増えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る