第一王子流浪 前編

 私の名前は、ルドベック=アウーディア。アウーディア王国の第一王子だ。王太子を名乗れないのは、王から指名を受けていないためだ。それが、多くの悲劇を生むことになった。王である父上が幾度となく無理な出征を繰り返し、王国は疲弊する一方であった。ついに、父上は帰らぬ者となった。それからも戦争は続き、最後は、戦争を維持できる組織がなくなり、争いは終わった。それからは、飢えと戦うことになったのだ。


 王都でも餓死者が出始めた頃、王弟である叔父が、弟である第四王子を擁立して、王城を占領した。私の幾度もの抗議もどこ吹く風。その間にも着実に叔父は、王都を掌握していった。最初は味方であった王国騎士団も王弟派と第一王子派に別れ、大半が王弟派に鞍替えをした。叔父には、強力は騎士団を有していたため、分の悪い私を見限ったのだろう。


 それでも私は、何とか抵抗するために、貴族の子弟をかき集め、亜人も加えてなんとか、王弟に対抗するだけの軍勢を揃えることが出来た。その際には、弟である第二王子と第三王子も軍に加わってくれた。軍を背景に再び抗議をしたが、その時は矢を以て返答がきた。ついに、戦端が切って落とされたのだ。


 最初は、かろうじて抵抗をしていたものの、我が軍には戦争を経験したものが少なく、亜人との連携も全く取れないでいた。そのため、徐々に劣勢に立たされ始めた。私達は、主戦場を王都から郊外に移動せざるを得なかった。なんとか、諸侯に応援を求め、態勢を立て直さなければならない。軍の中でも、私の味方をしてくれた少ない王国騎士団員を各地に応援要請のための派遣した。


 王弟軍の攻勢は緩むこと無く繰り返され、ついには、軍が瓦解するほどの被害を出してしまい、私は撤退を余儀なくされた。軍の大半の者は、王弟軍に投降し、残ったものも散り散りになってしまった。残った兵は1000人程度。これでは、反攻は到底叶わないだろう。私は、有力な諸侯を頼って、再起を図ることにした。


 最初に訪れたのは、父上の叔父に当たる人だ。この政変でも、一切公に出ず、中立を保っていた。大叔父は、感じの良さそうな人で、私を迎え入れて、労ってくれたりした。そんな大叔父に私は少しの希望を持ってしまった。大叔父は、私の話には大いに頷いて賛同をしてくれるが、一向に腰を上げようとしなかった。私は何度も何度も助力要請をしたが、ついには、私を遠ざけるようになった。そして、最後の助力を頼みに行った。


 その時、大叔父は言った。

 「私は、王家には何の興味もない。お前から奪えるものはすべて奪った。お前に用はない。さっさと出て行け」


 私は知らなかった。大叔父から施しと思っていた食料はすべて黄金と交換していたことを。軍資金を預けていた者は、大叔父と結託し、すべての黄金を差し出していたのだ。私達は無一文となってしまい、大叔父の領地から追放されてしまった。


 なけなしの食料を皆で食いつなぎ、各地の有力諸侯を訪ねるも、少しの食料を分けてもらい程度で助力には否定的だった。なんとか、たどり着いたのが、とある子爵家である。子爵でありながら、将軍を代々排出する名家である。子爵家の当主は、戦争で亡くなった父に代わり、息子が跡を継いでいた。息子も将軍として育てられたため、王家への忠誠はとても篤い男だった。私の助力要請もすぐさま応じてくれ、周りの諸侯にも打診すると心強い言葉までかけてくれた。ここまでしてくれた諸侯があっただろうか。私は、久方ぶりに落ち着いて過ごせる場所を見つけることが出来た。


 子爵は、周りの諸侯を説得するのに時間がかかると謝罪してきた。私は、彼を責めるつもりはなかった。毎日、食料をもらえるだけでもありがたいのだ。このような日々が一月ほど続いた。私は、徐々に反抗することへの諦めと脱力に見舞われた。そんな時だった。子爵からすぐに会議室に来てくださいと頼まれた。ついに、反攻の準備が整ったのかと思い、言ってみると、気まずそうにしている子爵と興奮している様子の家臣が集まっていた。


 「子爵よ。これはどういうことだ? 反攻の準備が整ったという雰囲気ではなさそうだが」


 すると、興奮している家臣が私に荒々しい口調で話しかけてきた。


 「何が反攻だ!! 相手を攻める前に、我等が餓えて死んでしまうわ。ここから出ていってくれ!!」


 私には意味が分からなかった。子爵は、反攻の準備を整えていてくれたのではないのか? それとも裏切ったのか? すると、子爵が口を開いた。


 「ルドベック殿下。家臣が見苦しいところをお見せした。大変申し訳無いと思っている。しかし、この者が言うのは真実なのです。我が領内に食料が枯渇しようとしている。王子殿下の兵1000人を養えるほど、食料は……ないのです。兵がいなくなって、ようやく冬を越せる食料があるかどうか。いままで、ずっと悩んでいましたが、ルドベック殿下には領内から出ていってもらいたいのです」


 「子爵。話が違うではないか。反攻の準備はどうしたのだ?」


 「そんなものは随分前から行っていません。諸侯に助力を申し出て、応じた者などおりませんでした。皆、自分の領土だけで精一杯なのです。遠征などもってのほか。私は殿下を何とか救いたかったが、その前に私達が餓えて死んでしまいます。正直に申します。我が領内に王子の味方はおりません。王子を殺害するとまで申した者がおります。しかし、殿下は王族。王族を守ることを宿命づけられた私に出来ることは、この地を去ってもらうことを願うだけしかないのです。申し訳ないですが、退去していただきたい」


 私は絶望した。この王国で私の味方になってくれる者はいないのではないか。しかし、私を見捨てなかった10000人の兵を餓えさせるわけにはいかない。せめて冬だけでも……その懇願は無意味だった。子爵はなけなしの食料を渡され、私達は子爵領を出ていった。


 子爵領を出たが、全ての当てがなくなり、途方に暮れることになった。食料は、もって数日。それでも、ギリギリまで節約してだ。このままでは、本当に餓えて死んでしまう。軍紀は乱れ始め、食料を争って喧嘩が頻発するようになった。そんな時、いつもと違う騒ぎが起きた。


 私はテントを出て、辺りを見回した。騒ぎの中心では、兵達が食料に群がっている。あの食料はどこから? と疑問に思っていると、一人のやつれた男が私の前に現れ、膝をついて頭を垂れた。この礼法は王国騎士団のものだ。彼の鎧にも王国騎士団の紋章が付いていた。しかし、彼に見覚えはなかった。彼は自分をマッシュだと言っていた。イルス辺境伯へ助力要請のため派遣されていたらしい。


 私は、彼をテントに招き入れて、話を聞くことにした。彼からの報告は、驚くべきものだった。誰も味方が居ないと思われる王国で、私を救助するための軍を派遣してくれたこと。イルス領の領都は既になくなっており、村が出来ていたこと。村では食料がたくさんあること。村には亜人が多くいることなどの情報をマッシュはもたらしてくれた。さらに、私を探している時に子爵領に寄った際、貴重な馬を私を探すために提供してくれたらしい。子爵は、王家に本当に忠誠の篤い男だったんだな。


 マッシュの話を聞いていたのは、私だけではない。私の家庭教師で、この軍の参謀として従ってくれている男だ。その参謀はマッシュの話をずっと聞いていて、話が終わると私に進言してきた。


 「殿下。私は、イルス領へ攻め入ることを提言いたします。聞くところでは食料も豊富にあり、兵は数十の部隊に過ぎません。その程度の戦力であれば、軍1000人で攻め込めば、難なく占領することが出来るでしょう。そこを拠点として、再起を図ってみてはどうでしょう。村の村長といっても、聞いたこともない人物。恐るるに足りないでしょう。是非、進軍のご命令を」


 私は、参謀の意見には一考するだけの価値はあると思った。食料がある土地は魅力的だ。そこを拠点とすれば、再起の可能性は上がるだろう。しかし、私達はいつから盗賊みたいな者たちのような発想しか出来なくなってしまったのだ? 私は王族。王国内の領地を何の咎もなく、ただ、餓えを満たすために攻め込むなど、到底容認できない。私は、王族として誇りを持って、餓えて死ぬことを選ぼう。私はそう決意した。私は、マッシュに話しかけた。


 「その村長という者は、話の通ずる者か? 私から食料の援助を申し出れば、援助してくれそうか?」


 「私は大して接していないので分かりませんが、話せば通じると思います。あの地は、不思議と安心感を与えてくれる暖かい土地だと思いましたから」


 暖かい土地か……私も見てみたいものだな。


 「参謀よ。私は、自ら村に乗り出し、援助を乞うつもりだ。出兵などもってのほかだ。以後、そのような考えを慎め。我等は王国軍なのだ。誇りを大切にしよう。よいな? 」


 参謀は、小さな声で、誇りで飯が食えるか、と呟いていたが、私は無視をすることにした。参謀は不承不承ながら頷き、テントを後にした。参謀も優秀な男だ。頭を冷やせば、冷静になってくれるだろう。


 私達は、すぐにイルス領に向かって進軍した。ここからイル領は、数日でたどり着くだろう。食料も何とか持ちそうだ。一縷の望みを持って、イルス領に向かう。

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