米の収穫と魔トマト

 トマトも順調に収穫が始まっていた。青い状態で収穫することは少なくなり、熟れたトマトを採れたその日に食堂で料理がされ出されることになっている。村人の家に届くのは、もうすこし栽培面積を拡大してからになるだろう。一方で、ミヤが魔牛牧場の畑で栽培しているトマトももう少しで収穫が出来るところまで来ていた。思ったよりも収穫が早くて、報告を聞いたときは信じられなかった。ミヤは、あれ以来、魔牛牧場の畑に通い続けているのだ。


 若干、魔力糸の生産が減っているが、現状使いみちが少ないので、あまり文句は言わないようにした。トマトに対して、尋常じゃない思い入れがあるようだから。


 さて、本日は、ついに待ちに待った米の収穫が始まったのだ。村人が総出で、稲を刈り入れていく。麦で要領を得ている村人は、かなりの速度で刈っていった。集落の者や、街の者はそんな村人たちに負けないように必死になって追いつこうとしていた。


 そのため、予定よりも早く収穫が終わり、黄金色に輝いていた水田は、一気に寂しい景色へなってしまったが、気持ちは大いに高ぶっていた。ゴードンも大変満足している様子だ。


 「ロッシュ村長。見事なものですな。先代様は、きっとこの景色を我々に見せたかったのでしょうな。私は、この米という作物は食べたことがないのですが、どのように食べるものなのでしょうか? 」


 「父上がこの米をもたらさなければ、この景色を作ることは到底叶わなかっただろうな。この米の有用性は改めて言うことでもないが、それを実感するためには、この米を食べてもらわねばならないからな。これからの米栽培は、最初の試食で全てが決まってしまうだろうな。せっかくだ。今度の収穫祭には、この米を使った料理を多く出して、試食をしてもらおう」


 「おお。祭りにはもってこいですな。さっそく、段取りをいたしましょう。米の試食となると、ラーナさんの協力も欠かせませんな。といっても、米料理に精通しているロッシュ村長には中心的に動いてもらうことになるでしょうが。今から、楽しみになってまいりましたな。それ以外にも、いろいろと催しがあるといいのですが」


 「その辺りも含めて、ゴードンに任せたぞ。もちろん、僕も全力で支援しよう。特にコメに関しては、任せてもらっていい。皆が気に入る料理をいくつか作ってみよう。そうだ、祭りと言えば酒だが、在庫の方はどうなっているんだ? 祭りに酒がなかったら、締まらないだろう」


 「酒飲みでもないロッシュ村長がいいところに気付きましたな。在庫については後で確認をとってまいります」


 「そうか。ならば、お願いしよう。酒造工房のスイのところに行ったら、米で酒を作ることを伝えておいてもらえないか。きっと、スイならば話は分かると思うが」


 「米で酒をですか……本当に麦のような使い方が出来るんですな。いや、本当に素晴らしい作物を作っていただきました。酒を作れると聞いただけで、米の価値はあると認めるものも多いでしょうな」


 本当に酒好きが多いな。でも、米が評価されることを実に素晴らしいことだ。もっとも、僕は料理だけで米を評価させるだけの自信はあるんだけどね。そうだ、料理ということもあるから、まずはエリスに相談しておこう。エリスならば、僕より料理については造詣が深い。僕の知っている料理をもっと美味しいものにしてくれそうだ。


 僕は、収穫が終わり、村人が休憩をとっていた場所に赴いた。皆は、のんびりと寛ぎ、エリスがお茶を配っていた。皆は僕の姿を見ると、寛ぐのを止め、姿勢を正そうとしたが、僕は制止した。


 「皆のもの、本当にご苦労だった。米は、順調に収穫を終わらせることが出来た。麦とは少し要領に違いはあっただろうか。この米という作物は、今後重要な作物となる。そのため、今年やった米の栽培方法を熟知してもらいたいと思う。来年は、おそらく面積を大幅に増やすことになるだろう。そうすると、各々の責任で水田を任せることも増えてくるだろう。そのために、日々勉強してもらいたいのだ。そうすれば、米の収量は、今とは比べ物にならないほど穫れることになるだろう。そのための努力を皆に期待しているぞ」


 寛いでいた村人はいつの間にか、姿勢を正し、真剣に僕の発言に耳を傾けていた。ふざけることもなく、真面目に農業に身を捧げている農家の顔がそこにはあった。


 「それとな。この米を食べたことがないものがほとんどだろう。今度の収穫祭のときは、この米を使った料理を振る舞う。そのときは、思う存分、食って、飲んでくれ!! 」


 さっきとは打って変わって、大歓声が上がり、歓喜の渦が発生した。僕も、こういう雰囲気はすごく好きだ。エリスも一緒になって喜んでいた。エリスの方に僕は向かっていった。


 「エリス。ちょっと相談があるんだが、さっきの話で米料理を祭りに出すことになったが、僕は、料理方法とかはなんとなく分かるが、実際にほとんど作ったことがないんだ。だから、エリスの知恵を借りたいと思っているんだが」


 エリスがもちろんですと、かわいく頷いてくれた。後は、米が乾くのを待てばいいな。この時が待ち遠しいな。


 米の収穫が終わってから、しばらく経った頃、ミヤからトマトが熟れたと思うから確認をしに来てくれと頼まれた。僕とエリスは、魔牛牧場の畑に赴くと、一面トマトと言えるほどの量のトマトが植え付けられていた。これ、村の畑の十倍はあるだろう。こんなに植えて、収穫しきれるんだろうか?


 僕は、畑の中に入っていくと、熟れたトマトがたくさん実っていた。これは、美味そうだな。一つもぎってみて、食べてみた。なんて、旨さだ。味は村のものと遜色はないのだが、このトマトが持つ力のようなものが体に流れ込んできて、それがなんといえない刺激となって、トマトの旨味を何倍も引き上げていく。


 僕はもう一つ、もぎ取ってからエリスに渡した。僕が絶賛するものだから、エリスも期待の顔でトマトにかぶりついた。僕がどうだ? という顔をしたが、エリスは首を傾げていた。


 「たしかに美味しいと思いますが……村のものとの違いが分かりません」


 あれ? 僕はものすごく感動したんだけどな。どういうことかな? 今は分からないから、保留にしよう。ミヤに聞けば、何か分かるかもしれない。とりあえず、味は良かったのだから、良しとしよう。ミヤを呼び、トマトの収穫を始めても大丈夫だと伝えると、よろこんで、魔牛牧場の方に走っていった。眷属を呼んでくるのかな。


 すぐに収穫が始まった。眷属が全員で収穫を始めたため、数時間で収穫を終わらせていた。ミヤは、すべてをトマトジュースにするように命じたので、眷属達は、トマトジュースを大量に作り始めた。こんなに飲めるのか? と疑問に思えるほどの量が出来た。僕も、ご相伴に預かって、試飲したが。ものすごく、美味しかった。やはり、このトマトは間違いなく美味しいぞ。エリスにこの味がわからないとは思えないんだけど。


 ミヤと眷属もトマトジュースを飲み始めた。ミヤはともかく、眷属達もトマトジュースを見た瞬間から様子がおかしかった。ミヤと同じように、トマトジュースを見て、ものすごく興奮している様子で、おそるおそるという感じでちびちび飲みだした。飲む度に、恍惚とした表情を浮かべていた。僕は、ここまではトマトジュースを飲んで感動はしなかったが……吸血鬼の特性みたいなものなのか? でも、ミヤ自身もよく分かっていない様子だったからな。


 この調子だったら、あの畑でもトマトの量は足りないだろうな。ミヤが落ち着いた頃に、このトマトの美味しさの秘密を聞いた。


 すると、ミヤは、秘密なんて無いって答えた。特に隠している様子もないし、本当に何もしていないんだろうな。でも、エリスは味が分からないようだったぞ。


 「多分だけど、この土地に関係していることだと思うわ。この土地は知っている通り、魔素が濃い土地だから、ここで栽培すると、魔素を含む野菜が収穫できるのよ。この魔素が関係していると思うの」


 ここまで聞いても話が分からない。僕にも、そもそも魔素がよくわからない。何なんだろう?


 「私も間素のことはよくわからないわよ。私達からしたら、自然に存在するものって認識だし、特別なものではないんだから。変わった栄養素? くらいに思ってたらいいんじゃない? ともかく、魔素がある食材って事が関係しているのよ。ロッシュとエリスの違いってわかる? 」


 僕とエリスの違い……種族と性別くらいしか思いつかない……


 「多分、考えていることは違うわ。魔力よ。魔力があると、魔素を感じることが出来るの。それが味に変化を与えたと思うわ。エリスは、魔力がないから、魔素を感じることが出来ないのよ」


 なるほどな。魔牛のミルクを飲んだときと同じってことか。ということは、このトマトを食べれば魔力が回復するということだろうな。これからは、大量に魔法を使う時が来たら、トマトを使おう。ミルクだけだと、胃袋が大変なことになるからな。それと、これからは、魔トマトと名付けよう。


 この土地の有効利用になるヒントを今日は得ることが出来たな。この土地で出来た食材は魔力のあるものからすれば、すごく魅力的に映るってわけだから、今後何かに使えるかもしれないな。

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