ラエルの街の遺産

 ラエルの街から約500名の人が村に移り住んできた。村の人々は、村外からの人に対して不安を抱いていた。それを知ってなのか、ラエルの街の人たちの中で元気な人たちは、次の日から畑に出て、精を出していた。そのおかげで村人たちは、徐々に安心感を覚えていった。


 外の街からの流入は、村を活性化させた。依然として、女性の比率は高いものの、皆、労働には意欲的であり、不満を漏らすものがいなかった。むしろ、食事が贅沢すぎると文句が出るくらいだった。村人とラエルの街の人たちは、共通して餓えを経験しているため、苦労を分かち合うのも早かったと思う。


 そんな日々が過ぎていき、夏真っ盛りの時期になった。村では、夏に収穫物がないため、村人は当番制で夏休みを取りながら、農作業をする日々を送っていた。


 僕の屋敷に、意見があるとラエルの街の元住人の一人とラーナさんがやってきた。街の住人は、年老いた鼠系の亜人の男性だった。


 「ロッシュ村長。急に来て悪かったね。ゴール爺が村長に話があるっていうんだ。ゴール爺は、街では畑の管理を仕切っていた人なんだよ」


 「村長。ゴールと申します。お目にかかれて光栄にございます。まずは、我々を救っていただき感謝申し上げます。この度の訪問についてですが、村長に伺いたいことがあってまいりました」


 僕は身構えた。何かトラブルがあったのか、村に不満が出たのか……僕は、続きを促した。


 「この村では、夏の期間は、作物の管理に終始しておりますが、夏の作物はお作りにならないのですか? 」


 「それは僕にとって悩みの種なのだ。作りたくとも、夏の作物がないのだ」


 「そういうことでしたか。それならば、私は、トマトの種を持っております。もともとラエルの街では、トマト栽培が盛んでしたから。昔は、夏にトマト栽培を大面積で行っておりました。種が必要とあれば、一旦街に戻らねばならないのですが」


 「なぁに〜〜!! 」


 僕の声の大きさに皆が驚き、マグ姉、マリーヌさん、エリス、ココが一斉に部屋に集まってきた。


 「な、何事ですか? ロッシュ様。そのような大声を上げて」


 「エリスか……すまん。少し取り乱した。ゴールさんからトマトの種があると聞いていな。驚いてしまった」

 トマトという言葉に反応したのは、意外にもミヤだった。


 「トマトですか……前に食べたことがありますが、酸っぱくて、私は苦手でしたね」


 「酸っぱいだと? そんなことはない。トマトは甘いものだろ。そうだよな? ゴールさん」


 「えっ⁉ トマトって酸っぱいものではないのですか? あの酸味が美味しいものとばかり思っていおりましたが……」


 あれ? 僕だけ認識がずれているぞ。僕の知っているトマトは甘いものだ。トマトの早採りはたしかに酸っぱいが……


 「ゴールさん。トマトの収穫はどのタイミングでやっているんだ? 」


 「タイミングですか? そうですね。実が大きくなったら、すぐに収穫してしまいますね。放っておくと、段々と赤くなり、柔らかくなって腐ってしまいますから」


 そうだったのか。それは酸っぱいわけだ。熟す前に収穫してしまっていたとは。それはそれで、使いみちはあるだろうが、やはり、トマトは熟れたものを冷やして食べるのが一番美味いだろ。しかし、ここで言っても始まらないな。


 「そうか。ゴールさん、それは勿体無い事をしているかもしれないな。まぁ、栽培してみないとなんとも言えないが……しかし、時期が悪いな。今は、夏だ。これでは、苗を作るのは難しいだろう」

 

 「ロッシュ村長。それはご安心ください。街で栽培されていたトマトは夏秋に採れるように品種改良されているため、夏の盛りでも、種を撒けば栽培することは可能なのです。多少は、収量は下がってしまいますが」


 「なに〜〜!! 」

 本日二度目の絶叫をしてしまった。トマトが作れる⁉ いますぐ、行動だ!! 僕は、ゴールさんを連れて、すぐに街に向かっていった。馬で駆けていったので、すぐに到着することが出来た。既に廃墟然としていたが、人がいないことでますます不気味な街へと変わってしまった。


 ゴールはさっそく、種が保管されている場所に案内してくれた。僕はワクワクが止まらなかった。もしかしたら、すごいお宝に巡り合うかもしれない。トマトがあったんだ、他の作物があってもおかしくないだろう。


 街よりやや高台にある小さな小屋に案内された。ここなら、洪水の被害はなかっただろうな。僕とゴールは早速、小屋に入った。小屋の中は、ややひんやりとし、湿気が少なく、種の保存には最適そうだな。そこには、種の入っているであろう袋が置かれていた。


 袋には、内容物の札がついており、トマトと書かれた袋を見つけた。僕が見つけたのを確認して、ゴールが袋に手を入れ、種を取り出した。これが自慢のトマトの種です、と言っていた。自慢だったのか……僕は、慎重に受け取った。種だな。うん、種だな。


 「ゴールさん。さっそく、村に帰ったら植えてみようじゃないか。畑ならいくらでもあるから、任せてもいいのか? 」

 ゴールさんは、任せて頂けるのですか、と喜んで引き受けてくれた。僕の知っているトマトではないので、栽培方法をよく知らない。僕は、ゴールさんから教えてもらうつもりだ。


 さて、他の種も物色してみよう。どれどれ……そこには、一際大きな袋があった。トマトの種が入った袋は小袋だったが、その袋は小屋の一角を占めるほど大きい。すごく気になる。残念なことに、札が付いていない。僕は、袋を開け、中身を取り出した。すると、そこから出てきたのは、大豆だった。やや小さい気もするが、大豆だ。


 「ゴールさん。この大豆は一体? 」

 「ああ、それは、いい作物ですよ。播けば、よく育ちますし、大豆を収穫した後に、栽培した作物の収量が増えるんですよ。不思議なことですがね」


 もちろんだ。大豆の特性の一つだな。根粒菌の働きによるものだろう。僕が大豆を欲しがる理由の一つだ。本当に宝を見つけてしまったよ。しかし、よく大豆が残っていたな。おそらくだが、街にあるということは領都にもあったはずだ。だが、領都にはなかった。食べてしまったからだろう。


 「よく、この大豆が残っていたな。食べてしまってもおかしくなかっただろうに」

 「へ? それ、食べられるんですか? 」


 何を言っているんだ? ゴールさん、その歳でボケてしまったのか……可哀想なことに……


 「ロッシュ村長。そんなに憐れみのある目で見ないでくださいよ。本当に食べるものではないですよ。ラーナさんにも聞いてください。私は嘘を言っていませんよ。さっきもいいましたけど、それを植えると次の作物の収量が上がるので、撒いてただけですから」


 信じられない。とても信じられることではない。まさか、大豆が緑肥としてしか使われていなかったとは……しかし、考えようによっては、僥倖だ。そうでなければ、食べられて無くなっていたのだから。前向きに考えよう。


 「これは、食べることが出来るし、素晴らしい調味料の材料でもある。ゴールさん。礼をいうぞ。理由はどうあれ、大豆を残していてくれて本当に助かった。これで、村はもっと豊かになるぞ」


 「それほどのものでしたか、大豆というのは。私としては信じられませんが、ロッシュ村長が言うのなら、間違いはないのでしょう。大豆は、来年から撒くということでしょうか? 」


 大豆の播く時期は春だ。今からでは、厳しいだろうな。僕は、小屋にあった種はすべて回収して、村に運び入れた。村に戻ると、すぐにゴールさんには、トマト栽培をするように指示を出し、街の元住人を付けて、栽培に当たらせた。成果は、秋になるということだが、非常に楽しみだ。


 村に、トマトと大豆の二つの重要な作物がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る