盗難事件 後編

 僕は、座っている男の横を通り過ぎ、女の前に座った。男と対面するように。男の顔を見た。やつれきった顔で生気を感じられない。僕は、女の服を脱がせた。その様子を見て男は、烈火の如く怒り、僕に襲いかかろうとしたが、ライルが羽交い締めにして止めに入った。ライルは僕が何をしようとしているのか、分かっているようだ。


 僕は、女の体に手を当て、回復魔法をかけた。腐りかけていた部位は、肉が締まり、黒ずんでいた部位は、元のきれいな肌に戻っていった。これは、村ではやった疫病と同じものだった。女の体から腐臭がなくなり、呼吸が落ち着くようになった。


 男は、その光景を見て、呆然としていた。急に佇まいを正し、正座をして、僕に土下座をした。


 「どなた様か存じませんが、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません。本当にありがとうございました」


 先程の口調とは全く違っていた。これがこの男の素直な言葉なのだろう。


 「そこの男。集落にいる患者を全員見てやるから、重病の者から案内しろ。急げ!! 」


 男は、僕の声に恐れながら、慌てて家を出ていった。そのせいもあって、集落のものが一斉に外に出てきて、男が事の顛末を皆に伝えていた。最初は半信半疑だった者も、女の様子を見ると、すぐにこっちも見てくれと態度を急変させていた。


 患者は全部で20名ほどいた。不思議なことに全員女だった。僕は、半日ほどかけて、治療を終わらせた。その頃に、男が集落の動ける者を集めて、集会を開いていた。そこでは、村から盗んだ物は、残っているものすべてを返し、謝罪をした上で、罰を受けるという話でまとまっていた。


 僕が、その集会に呼ばれ、集落の総意を伝えられた。もともと、僕は、彼らに何かしらの罰を与えるつもりはなかった。それは、彼らの置かれている状況が、僕がこの世界に来た時の村にそっくりだったからだ。あの時、生きるためならば何をしてもいいと思えるほど、悲惨な状況だった。だからこそ、彼らが盗みに走った気持ち、考えが分かる。そう思うと、彼らを責める気も無くなってしまった。それを伝えると、どうゆうわけか集落の人たちが不満を漏らし始めた。


 「妻を治してもらって、さらに盗んだことまで許してもらえるとは、思ってもいませんでした。しかし、その決断には従えません。私達は、罰を受けなければならない罪をしてしまったのです。この世界では、食料は命よりも重いものです。それを盗んでおいて、罰を受けずにはいられません。どうか、私達に罰を与えてください」


 こうなることはある程度、予想できた。どうも、この人らはそこそこ裕福な人たちなんではないかと思ったからだ。卑しいものならば、施しを与えれば感謝もせずに受け取るだろう。しかし、彼らは違うような気がしていた。


 「ならば、罰を与えよう。この集落を僕の管理下に置かせてもらう。その上で、お前らは村で労働をしてもらおう」


 集落の人たちは、この子供が自分たちを救ってくれることを気付いたとき、皆、涙を流していた。大の大人達が号泣する様は圧巻だった。


 代表の男が頭を上げ、僕に話しかけてきた。


 「この度のお裁き、ありがとうございます。自己紹介が遅れましたが、私はゴーダと申します。この集落を代表しておりました。これからは、貴方様を代表として仕えたく思います。貴方様をなんとお呼びすればよいでしょう」


 「ロッシュだ。この集落は、当分は使わないが、ここまで開拓したのだ。無駄にする気はないから安心しろ。さて、僕は村に戻ろう。治療を受けた者たちもしばらくすれば目を覚ますだろう。食料を与え、十分に休ませてやれ。村に来るのはそれからでいい。後は僕に任せておけ」


 「ありがとうございます。ロッシュ……ロッシュ様!! まさか、ロッシュ=イルス様でいらっしゃいますか? 私は、ゴードンの息子ゴーダです。覚えておりませんか? 」


 ゴードンの息子だって? たしかによく見れば、ゴードンの面影がある。痩せこけていたから全く気付かなかった。え? なに? ここにいる人って、まさか、元領民だった人たち?

 ゴーダが大きな声で言うもんだから、全員が感涙して、ますます感動の坩堝と化してしまったよ。しかし、疑問が出てきたな。なんで、こんなとこに住んでるんだ? 村に来ればよかったのに。


 「我等は、イルス領を捨て、裏切ったのです。しかし、生活は困窮するばかり。皆も故郷へ帰りたく思っておりました。しかし、おめおめと帰って、許されるわけもありません。そのため、故郷の近くで皆で暮らし、そこで命を全うしようと決めたのです。しかし、風のたよりで、領都の跡地に村が出来て、大量の食料を作り出していると聞いたのです。最初は、疑いましたが、覗きに行くとたしかに村が出来て、麦がたくさん実っていました。我々が去った後に誰かが村を興したのだと思いました。それでも我々は領都にできた村に行くわけにはいきませんでした。その村に、ロッシュ様がいらっしゃるとは……全くもって信じられません」


 そうだよなぁ。前のロッシュだったら、すぐに野垂れ死にしそうだもんな。ただの引きこもりだし。それにしても、ゴーダって意地っ張りと言うか、なんというか。ちょっと、どう評価していいかわからない男だな。まぁ、今回は罰とは言え、大義名分があるから、故郷に帰れるってことなのかな?

 まぁ、集落の人たちが嬉しそうにしているから、いいか。こっちとしても、労働力が増えるのはありがたいし、食料のことは考えてなかったけど、ゴードンなら上手いことやってくれるだろう。


 「とりあえず、ゴーダだけ、僕と一緒に村に行ってくれ。奥さんは誰か頼める人がいるか? いないなら、こっちで連れていけるけど」


 ゴーダは、奥さんとは離れ離れになりたくないのか、是非一緒に連れて行ってくれって頼むので、連れて行くことにした。集落の元代表として、すぐに村に向かうのは義務だと思う。僕とライル達は、村に凱旋することになった。ゴーダとその奥さんを連れて。


 ゴードンとゴーダの親子の再会がすごかった。予め、自警団の足の早い者にゴードンへの事の顛末の説明をさせに行かせたので、ゴードンは僕達を村の外れで出迎えてくれた。ゴードンは僕に挨拶するのを忘れて、ゴーダに近づき、思いっきり殴り飛ばした。弱りきっているゴーダは、すごい勢いで倒れてしまった。どうやら、気絶してしまったようだ。


 再会したのは、屋敷で集落について相談をしていたときだ。ゴーダとその奥さんも参加しており、ゴードンは目も合わせずに、話を進めていた。どうやら、食料については何とかなるそうだ。秋の植え付けに労働力はいくらあってもいいので、受入には何も問題はないとのこと。住居については、レイヤに一任した。彼女は、やる気満々ですぐに屋敷を離れていった。


 僕は、重い空気に耐えきれなかった。そのとき、ふと思い出したのだ。奥さんを治療中に気付いたことがあったのだ。


 「ゴーダと奥さん。知っているかわからないが、奥さんはおそらく妊娠していると思うぞ。治療中、お腹に微かな別の命の気配を感じたからな」


 ゴーダが奥さんとそのお腹を交互に見ていた。奥さんは気付いていたみたいで、コクっと頷いた。ゴーダ、すごく嬉しそうな顔をしていた。横にいたエリスが何故か羨ましそうにしていたが……


 「私に孫が……」


 ゴードンがすごく号泣してるよ。あれ? 怒ってたんじゃないの? 急にゴードンがゴーダを抱きしめ始めて、奥さんを大事にしろよ、なんて言ってる。急におじいちゃんになっちゃたよ。まぁ、それだけ嬉しかったんだね。

 コーヒーで悪いけど、乾杯しよう。


 その後、すんなり集落の皆は、村に合流することが出来た。集落は、105名で男が65名、女40名だった。集落の者たちは、もともとイルス領の文官や商人の息子が多かった。比較的裕福な者たちだった。今のところ、仕事は農作業のみとなるが、将来的には適材適所で人事を決めたいと思っている。それと、すぐにでも、使える人を見つけた。それは、元服飾屋の人だ。ついに、服を作ることが出来るのだ。ミヤもきっと喜んでくれるだろう。


 朗報と共に村人が一気に増えた出来事だった。

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