勇者たちの産業革命

綾野智仁

第1部 勇者と革命の旗手

プロローグ

勇者たちの異世界転移01

 北海道……広大な石狩平野の最果てに位置する篠津しのつちょう。レタスと白菜の産地で名を馳せる篠津町は、最寄もよりの都市までバスで二時間という典型的な田舎だ。交通の不便さから『陸の孤島 篠津町』と呼ばれている。


──俺のスーパーサイクロン号!! もっとスピードを出すんだ!! 風になれ!! あ、曲がらなきゃ……。


 前田まえだ正義まさよしは炎天下の中、自転車を激走させて篠津しのつ高校こうこうへと向かっていた。コンクリートでできた校舎が見えてくると急にハンドルを切り、アスファルトの農道をれて原っぱを突き進む。


 篠津高校への最短距離をとり、自転車を思いきり加速させてひた走る。土埃つちぼこりを巻き上げながらグラウンドを突っ切ると、体育館の入り口付近に勢いよく自転車を乗り捨てた。


──タクシーが走ってれば遅刻しなかった……。


──いや、俺に計画性が無いからこうなる……。


──みんな、怒ってるだろうな……。


 正義は開け放たれた扉から体育館へ転がりこんだ。


「ゴ、ゴメン!! 遅れた!!」


 肩で息をしながら見渡すと体育館では数人の生徒が祭りの行灯あんどんや看板を作っている。行灯やのぼり、看板やまくには『篠津しのつちょう農業祭り』と書かれていた。


「「「遅いぞ、正義!!」」」


 生徒たちは作業の手を止め、たしなめる表情で正義を見た。


 生徒会長を務める正義は前日の終業式で、「明日から夏休みですが、『篠津町農業祭り』を手伝う生徒は遅刻しないように気をつけてください!!」と呼びかけていた。その本人が遅刻したのだから言い訳のしようがない。遅刻の理由が寝坊ならなおさらだ。


「生徒会長さん……20分遅刻なので、お昼の買い出し決定ね!!」


 明るく声をかけてきたのは西園寺さいおんじ沙希さきだった。沙希は篠津町にある唯一の総合商店、『西園寺ストア』の一人娘で生徒会書記と会計を務めている。


 面倒な役回りである生徒会長を押しつけられた正義とは違い、沙希は生徒や先生方から頼みこまれて書記と会計を兼任していた。


 しかも……。


 学校祭から体育祭まで、イベントを完璧に切り盛りする沙希は生徒や先生方の信頼も厚く、正義を差し置いて『篠津高校の鉄血宰相』と呼ばれている。もっとも、本人はそう呼ばれることを嫌っているが……。


 沙希はセミロングの黒髪を手で耳にかけながら笑顔になる。


「お母さんにお弁当、取りに行くって言ってあるから」 

「え!? 持ってきてくれないの??」

「何言ってるの。ただでさえ安くお弁当を用意してるんだから、感謝してよね」

「わ、わかったよ。また戻んのか……マジか……」


 正義は『西園寺ストア』までの道のりを思い浮かべて落胆した。


「俺も一緒に行ってやるから……あきらめろ」


 正義の肩を叩いて同情するのは須藤すどう勇人ゆうとだ。勇人は野球部で、義理堅い性格と凛々しい男前であることから、篠津高校のみんなに慕われている。野球部が夏の甲子園を目指す南北海道大会の予選で敗れてから、何かと生徒会を手伝ってくれていた。


 勇人だけではない。高橋たかはしあかねも笑いながら声をかけてくる。


「アハハ、初日から生徒会長が遅刻してたら世話ねーな!!」


 茜は長髪をアシンメトリーにした髪型と気の強そうな目つきが相まって、外見はちょっとしたアウトサイダーだ。そして、外見通りに硬派で喧嘩っ早く、姉御肌な性格をしている。


 小学校時代、茜は兄からもらったニューヨークヤンキースの帽子をいつもかぶっており、「ヤンキーさん」というあだ名で呼ばれていた。そのせいかどうかは解らないが、篠津高校に通う今では校内でただ一人の「ヤンキー」と呼ばれる存在になっていた。


 体育のソフトボールや現国のディベートといった勝負事には熱心に顔を出すが、気づくと学校からいなくなっている。


 ただ……。


 篠津町に学校をサボって遊べる場所は皆無かいむと言ってよい。せいぜい『篠津町健康ランド』に旧世代のゲーム機が置いてあるくらいだ。それに、田舎特有のネットワークで、「あら、高橋さんとこの茜ちゃん」とすぐ誰かしらに見つかってしまうのだ……。


 自由人の茜が地味な作業に顔を出すのは珍しい。正義は少し驚きながら茜に話しかけた。


「茜が来てるとは思わなかった……」

「ウチは真面目なんだよ」


 茜が得意気に答えると勇人が口を挟んでくる。


「どうせ、出席日数がやばくて先生にイロイロ言われたんだろ?」

「う、うっせーよ勇人……」


 図星だったのか茜は黙ってしまった。



×  ×  ×



「ホラ、みんな作業に戻って!! かっちゃんだけに作業をやらせない!!」


 沙希が手を叩いてみんなを急かす。


「「「え!? かっちゃんもいるの!?」」」


 みんなが辺りを見回すと、体育館の隅で黙々と看板を描いている黒田くろだ佳織かおりを見つけた。


 佳織は栗色の髪にデジタルパーマがよく似合う、小柄で可愛らしい女の子だ。その女の子が必死になって看板に『レタス侍』を描いている。


「また『レタス侍』かよ……かっちゃんも大変だな……」


 正義は佳織の肩越しから看板を眺めてため息をついた。看板にはレタスの外見に劇画風の太い眉、燃える瞳のクリーチャーが描かれている。ご丁寧に「獲ったるでー!!」というセリフまで書かれていた。


「レタスがレタス収穫してどうする……」


 正義が呆れていると横から茜が進み出た。茜は佳織の隣にしゃがみこみ、三ツ割の筆洗ふであらいから筆を取る。


「かっちゃん、ウチも手伝う!!」

「茜ちゃん、ありがとう!! じゃあ、背景お願いします!!」


 顔を上げた佳織は嬉しそうに微笑んで『レタス侍』の瞳を描きはじめた。


「正義、俺たちも作業しようぜ。行灯の補強を頼む」


 勇人が工具を渡しながら体育館の中央に置かれた行灯あんどんを指さした。


「え……!?」


 正義は巨大な行灯を見上げたまま、口をポカーンと開けて絶句した。


 『篠津町農業祭り』ではメインのもよおし物として行灯あんどん行列ぎょうれつが行われる。一般的に行灯行列といえば、神話や逸話いつわを元にした勇壮な行灯が町をり歩く。ところが……篠津しのつちょうの行灯行列は、数年ほど前から『町興し』の名のもとに『レタス侍』のゴリ押しが目立つようになった。


 今年の行灯はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する場面がテーマとなっているらしい。スサノオノミコトの顔も、ヤマタノオロチの八つの顔も、全てが『レタス侍』になった巨大な行灯が正義を見下ろしていた。


「な、何だよ、コレ……モンスターだ……」


 観光客がブログで『篠津町農業祭り』を『キワモノ祭り』と紹介していたのもうなずける。『レタス侍』は篠津町の大人たちがその場の思いつきと勢いだけで作った負の遺産だった。


「ぶち壊したいよ……」


 もはやキワモノを通り越して疫病神にしか見えない。正義は『レタス侍』を見上げながら呟いた。


「生徒会長がスパナを持ってそんなこと言ってたら、笑えねーよ」


 行灯の下から勇人の声が聞こえてくる。正義は仕方なく作業に取りかかった。

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