第7章 再び平和になってゆく世界
第34話 それは流れる紅葉のように(1)
「ねえ、パパ、ねえねえ、聞いてよ」
年齢は3歳手前だろうか。
白い肌に80センチほどの背丈で、つぶらな瞳に腰まで伸びた茶色の髪。
その髪をピンクの髪飾りでポニーテールにした少女が、ご機嫌ななめな顔で部屋掃除の真っ最中の父親に問いかけてくる。
少女の服装は水色のロングシャツの上に白いカーディガン、灰色のスカート。
髪飾りといい、とても3歳の子供には
ミーハーな親が選んだファッションセンスだろうか。
「何だい? 今忙しいんだが……」
その少女の言葉に、コードレスのハンドクリーナーで木製のテレビ台を掃除していた腕を止める父親。
白い長袖シャツと青のジーパンが隠れた大きな緑のエプロンを着けている。
そのエプロンから、まるでアマガエルを想像させる。
「あのね。わたしの友達がアンタの家族は、せいじかさんとか言うガリベンのカタマリの下でえらそうにしてウザすぎるだって」
「いや、政治家は偉くないとやっていけないよ」
「そうなの?」
「ああ、色々と考えを回さないと世界がおかしくなる。
そのことに友達は気づいていないんじゃないかな」
「へえ、せいじかさんはすごいんだね!」
少女が好奇心に満ち溢れた顔で父親を尊敬のまなざしで見つめる。
「ああ、天気を変えたり、地球を回したり、大忙しさ」
父親が両腕で大きなドーナツのような丸いわっかを作り、左右に踊り始める。
「それ、なあに?」
「雨ごいの踊りさ。政治家はたくさん踊って、お恵みの大雨を降らすからね。
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ♪」
「おもしろぃ♪
えらいー、こーちゃー♪」
「あなた!」
そこへ背後からドスの効いた声がする。
赤の薔薇の刺繍が描かれたドレスのようなコーデが女王様な品格にも映る。
いつから、ここは上流貴族が住む館になったのだろうか。
「また、
「いててて、タンマタンマ、ギブギブ!?」
そのまま後ろから頭をグリグリされてあまりの痛みに退けぞる父親。
「ママ。パパをいじめないで……」
由美香がママの行為に眉をひそめる。
「由美香、これはいじめではありません。天罰です」
神なる存在的な母親が父親への天罰(グリグリ攻撃)を強める。
「イダダダ、由美香ちゃん助けて。
学校で教わらなかったか。
見ているだけもいじめだぞ!」
「あなたは余計な事を言わずに、さっさと掃除しなさい!」
「はひー、分かりもうしたー」
ポーンとグリグリから父親を野(カーペット)に放す。
「まったくもう。
付き合って当初は、あんなとぼけた人じゃなかったのに……。
老後が思いやられますわ……」
思わず、ため息が漏れる苦労人な妻。
「ユミ、愛、ラビュー♪」
「ママ、らびゅー♪」
「龍牙さん!
由美香が真似してるでしょ、いい加減にしなさい!!」
寝室のドアの間から弓に向かって投げキッスをしてラブコールの目配せをする龍牙と、意味はよく分からないがママが元気になればと思い、父親の真似をしてる由美香。
それに反してヒステリックに怒鳴りちらす弓だった……。
****
……そう、龍牙達がケドラーのKプロジェクトの策略を無事に止めて、約4年の歳月が流れていた。
ケドラーが首相を引退して、校長へと代わりをつとめ、そのまま龍牙の父親の石垣が首相になり、息子の龍牙は石垣首相を影から支えて、新たに設立された学園の教師のリーダーとなった。
それから、龍牙と弓は3ヶ月の交際で、そのままスピード結婚し、一人の子宝にも恵まれた。
その娘の由美香の名前の由来は、二人の名前のユミと、りゅうがの一部から取り、愛らしく健やかに育ってほしい願いを我が子にこめている。
そんな孫娘は今日も何も知らず、元気に最近建てた新築の庭を駆け回っている。
まさに犬は喜び、庭駆け回る状態だ。
****
「弓、大変だ!?」
水色で彩られている寝室の掃除をしていた龍牙が血相を変えてやってくる。
「何かありましたか?」
「ありありだぜ!」
龍牙がリビングで家計簿をつけていた弓が座っている肌色のテーブルに一通の白い手紙を置く。
「ああっ! この招待状、
すっかり忘れていました!」
弓が差出人を見て、手紙の封を開けて中身の便せんを見る。
招待の日にちは今日をさしていた。
「龍牙さん、どうしましょう!?」
「いや、今からならまだ間に合うぜ」
龍牙が鳩が鳴き声を告げる壁時計を見て呟く。
ちょうど時計の下部分が開いて鳩が飛び出し、『クルックー♪』と鳴き始めた。
その時刻は10時きっちりだった。
「さあ、由美香ちゃん、車で出かけるぞ」
「わーい。おでかけ楽しみ♪
今日はゆうえんち、どうぶつえん?」
「うーん。
色んな人がいるから動物園に近いかな」
「わーい。ゾウさんに会える♪」
まあ、あながち嘘は発言していない龍牙からの誘いに、ドタバタと走ってきた由美香がキャイキャイとはしゃいでいる。
三人は簡単に身支度をして、荷物を纏め、大慌てで招待状の会場へと急いだ。
****
それから1時間後……。
「お、お待たせしました……」
肩でゼイゼイと大きな息をする龍牙。
「……お主、さてはワレらのことを忘れてたな」
「……い、いえ、とんでもないです」
「いえ、人間だから飛べないんですぅ♪」
龍牙の謝罪に悪気もなく入り込んでくる純粋無垢な子供。
「由美香ちゃん、紛らわしいからママのところ行って」
「やだー、パパといっしょがいいの」
泣き顔でだだをこねる父親大好きな娘。
「かかか。お主はモテモテだな」
「ケドラーさん、からかわないでください。
……それよりも、お二人の大事な結婚式に遅れてすみません」
灰色のシワのないスーツに胸元の一輪の赤い薔薇のアクセントが決まっているケドラーに再び、頭を下げる。
「別によい。
あの愛らしい姿に癒されたわ。
ワレもあんな子がほしいの」
「あら、ケドラー、それは侮辱してるのかい?
アタイは、まだ女の子の日はあるわよ」
そこへ、ケドラーの隣で食事を
「だから、ケドラーは止めよ。
これからは夫婦になるのだから、名前で呼ばないと周りから混乱を招くぞ」
「別にいいじゃないか。
エンなんちゃらとか長すぎで意味不明だわ。ケドラーの方が言いやすいし」
彼女は高齢の年齢や女性としての立場の都合により、校長をケドラーに譲り、忙しいゲルニカの教頭の仕事をサポートしながら、現在は気楽なただの名誉会長として過ごしている。
今は、ちょうどこの式場も昼食の時間帯のようだ。
「レキさんのウエディングドレス姿、凄くお綺麗ですね」
龍牙がケドラーの新婦のレキを眺めて率直な感想を述べる。
「へえ、あの横暴な口調だった龍牙も、随分と口が上手くなったもんだね」
「はい。だてに教師をやってませんから。それに下手な言葉遣いで生徒達に不快な思いはさせられませんから」
「ふーん。アタイが生徒かい?
ちょっと無理な設定じゃないかい?
まあ、いいわ」
そう言うとレキが真っ赤な口紅がついた唇を指先で触り、龍牙の唇につける。
予想外の反応に固まる龍牙。
俗に言う間接キスである。
「女に対しての甘い発言には気をつけな。そんなん言ったら、妻がいない間に襲うわよ」
何に関しても食欲旺盛なレキがケラケラと笑いながらケドラーの元へ戻っていく。
純情な感情を弄ばれた龍牙は心の底から真っかっかだ……。
「龍牙君?」
「はっ、はひー!?」
そこへ来た新たな来客にすっとんきょうな雄叫びをあげる龍牙。
「ど、どうしたの?」
いつのまにか隣には一瀬と沖縄がいる。
朝顔の絵柄が冴えた青紫の着物の一瀬に、全身茶色のスーツの沖縄。
あの日以来、一瀬は女として生き、こんな風に女の子らしい服装も着るようになった。
まあ、一瀬本人が沖縄の男心にくすぐられて意識するようになったらしいが……。
ちなみに現在はセフレな関係ではなく、二人は心が通じあえる恋人同士となっている。
もちろん沖縄は教師の継続、一瀬も同じ道を進み、二人も学園の教師として龍牙とともに頑張っている。
「ははーん。
さては、お前、果てしないエロい妄想でもしてたか?」
「ちっ、違うわい!」
沖縄の鋭い一言に両手をブンブン振り、真っ赤になって否定をする龍牙。
非常に分かりやすい男である……。
「まあ、何にしろ、
弓ちゃんを泣かすなよ。
結婚倦怠期で離婚とかなったら洒落にならねえぞ」
沖縄が脅しを言いながら龍牙の肩を軽くポンポンと叩く。
「……いいか、よく聞け。
いい女は何があっても離すんじゃねえぞ。
後から後悔してもおせーからな」
ヒソヒソと小声で耳元に忠告する沖縄。
その鋭い言葉に龍牙の肩がビクッと震えあがる。
「ははは、まあ、これからも頑張れよ」
「……龍牙君と小声で何を話してたの?」
「いんや、ただの世間話さ」
「その割りには深刻そうだったけど……?」
「……おっ、一瀬きゅん?
妬いてくれてんのか?
心配すんな。俺はホモじゃねえから」
不機嫌そうな一瀬の発言を軽々しく受け流す沖縄。
「分かってる。筋金入りの女たらしだもんね」
そんなおちゃらけた沖縄の真意を受け取ったのか深く追求はしない一瀬。
こうやって、この二人はのらりくらりと過ごしてきたのだろう。
もう、そんな仲だったら結婚すればいいのに……。
「いや、よく考えろって。結婚したら女遊びできねーじゃん。
ちったあ、無い脳ミソ使えよ」
それは一理あるかも知れない。
無い脳ミソは一言よけいだが……。
……というか、ナレーションにつっこまないでほしい……。
****
「……あの、龍牙さん。
石垣首相はアメリコのジャネーブの会議があって出席していないそうです。
あと、北開教師は長旅に出たとか」
弓が由美香に鳥の唐揚げを食べさせながら龍牙に伝える。
由美香は無言で美味しそうに料理をほおばっていた。
ハンバーグ、オムライス、さらにこの鳥の唐揚げ。
さすが、騒がしいチビッ子を黙らす、子供たちが好きなおかずだけな事はある。
どうやら、ここの披露宴はバイキング料理のようだ。
皆、立食して好きな食材を取りながら和やかに会話をしている。
ちょっと料理を取るときにヒールなどの靴や車椅子では移動しにくいが、値段も安くてリーズナブルで、様々な人達とコミュニケーションができる。
かつての日本を纏めていたケドラーらしい考え方だ。
「そうか、久しぶりに父さんに会えると思っていたに相変わらず大変だな。
しかし、北開教師の旅はいきなりだな」
「……何でも自分を見つめ直したいとか」
「そうか、あれから色々あったもんな…」
****
……ケドラーの計画を阻止したあの日。
東京大学院跡からぞろぞろと出てくる女性達。
その数は30を超え、とてもじゃないが、ヘリで日本武道館に運ぶのは無理だった。
何人かに分けてこまめに移動する手段もあったが、燃料が馬鹿にならないし、唯一、ヘリを操縦できる石垣の体の負担も心配であった……。
「……ちょっと待つ、まだ回想に入るな」
そこへ、横槍を入れるようにクールな言葉のヤジが飛んでくる。
龍牙と目があったゲルニカ教頭は口に沢山のおかずを含み、ほっぺたを膨らませていた。
「もぐもぐ、ハンバーグ、合格」
「もぐもぐ、ナポリタンも合格」
「もぐもぐ、魚の南蛮漬けも合格」
さっきから、合格と言いながら目の前の料理を食べているだけである。
「やれやれ、ここは料理番組じゃないからな。評論なら他でやってくれ」
****
ケドラーの計画を阻止したあの日。
「……ちょっと待つ」
「だから何なんだよ。話が進まないじゃんか」
「一言、言わせて」
「何だよ」
「……レキに華やかな未来をくれてありがとう」
「その言葉は俺じゃなくてケドラーさんに言うべきじゃないのか?」
龍牙のその問いに頭を震わせ、
『あれは怖い……』
とゲルニカは蚊の鳴くような一言で返答する。
まあ、分からない訳でない。
二人の身長差もあるが、ケドラーには自信に満ちた覇気がある。
内気で弱々しいゲルニカの性格ではどう猛な獣に立ち向かうものであろう。
現にケドラーにはドラゴンの血が流れている。
だから、羽をむしられた鳥のように怖いのも無理はない。
しかも、これからゲルニカの父親になると、考えただけで悪寒が走るのだろう。
「まあ、頑張れよ」
龍牙が、
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