第12話 少年からのお誘い

「……というわけで一瀬、紹介するぜ。俺の生き別れの弟だ」

「……だから、本当に本当に恋人ではないよね!?」


 自室でルームメイトの鳴武一瀬に何度説明してもこのくだりだが、この男子に化けたユミ(本当は女子)は龍牙の恋人ではない。 


 ──この彼はただの生き別れの弟。


 ……のはずが、納得がいかないらしく、『もしや近親相愛なのではないのか、この世知辛いご時世、そんなことがあっても不思議ではない』などと、

とにかく一瀬はグイグイとしつこい。


 龍牙が、何度話しても食い下がらないありさまで、これはまるで生きた蛇からにらまれたカエル状態である。


「とりあえず、一瀬。

深呼吸して落ち着け」


『すーは、すーは、すーは』


「……本当に、本当に、

もう人工呼吸のマウス、チュー、マウスとかしました♪ とかじゃないよね!?」

「いや、とにかく落ち着け。

それから手のひらに人と三回書いて飲み込め」


『きゅっきゅっ』


「おい、一瀬、ちょっと待て!」


『ごくごくごく』


「……なんでかな。龍牙君。

全然、不安が消えないよ?」


 龍牙が止めようとしても時はすでに遅し。

 一瀬の手のひらには立派な証が刻まれていた。


「そりゃ、

確かに油性マジックで書いたらな……」


 ぐったりと落ち込む一瀬に、手洗い石鹸で洗うより、水性ペンをその上から重ね塗りした方が落ちやすいなどという主婦の知恵をアドバイスしておく。


「ちなみに名前はユミだ。弓矢のユミな」

「鳴武さん、よろしくお願いします」


 その自己紹介にペコリと行儀よくお辞儀をするユミに対して、

一瀬が眼鏡を外し、その細い目からくわっと目を見開き、彼女に迫る。


「弓ちゃん、僕の龍牙君に何を吹き込んだの!?」

「あっ、あの……」


 一瀬の気迫で一歩後ずさる。

 あの気丈な弓は動揺していた。

 このような強引なタイプは苦手らしい。


 しかし、鳴武一瀬が龍牙にホの字だったとは……。


 美少女フィギュアではなく、生身の人物、同性を愛するオタクの姿。

 それは、まさに人が人としてうごめく感情。

 この男社会では当然なのか……?


「そんなわけで、一瀬悪いな。

石垣教師にも挨拶してくるから」

「……待って、龍牙君に弓ちゃん。

まだ話は済んでない。

それに弓ちゃん、

勝負は始まったばかりだよ!」


 一瀬が光に反応した夜行性な猫のように、素早く出入り口のドアへと先回りをして道を塞ぐ。


 やれやれ。今度は何だろうか……。


「弓ちゃん、これで真剣勝負だよ!」


 一瀬が汗を吸い込んで濡れた作業服の上着の裏ポケットから、長財布のような黄色の箱を取り出す。


 ……というか今日の作業は終了したのだから、正直、作業服を洗濯してほしい。

 しかも男装してごまかしているとはいえ、レディーの面前で……。


 その一瀬の差し出した箱をよく見ると、遥か昔に販売していたカレールーの箱ではなく、昔懐かしのゲームソフトの箱のようだ。


 なるほど、ウルトラファミコンの『スペースインベー〇ー』か。

 お得意のゲームジャンルで攻めてきた。


 自分に有利なSTGでゲームに詳しくなさそうな初心者をアリ地獄のワナに落としにかけるやり方。

 卑怯な手口である。


 それから一瀬が弓の肩をガシッとつかんで、隣に座らせ、テレビに接続しているウルトラファミコンの電源を入れる。


『デロデローン、プッシュスタート♪』


 一瀬が、コントローラーについているマイクに余計な言葉を吹き込む。


 デートにしろ、ゲームにしろ、

その場のシチュエーションを大切にしているようだ。


 ……だから美少女ゲームじゃないちゅーの。


「ちなみにルールは簡単。

画面下にある自機から玉を発射して画面上にいる敵キャラに攻撃。

3分間の時間内に破壊した敵キャラの合計点数で勝敗を決めるね。

あと、それから、このゲームに勝った方は負けた方の言うことを1つ聞くこと。

弓ちゃん、覚悟はいいね?」


 一瀬が弓に一通りの操作などの説明をした後、ゲーム画面が縦サイズの二画面に切り替わり、左側が一瀬、右側が弓のプレイ画面になる。


 ──しばらくして、星空がきらめく背景の上画面から様々なカラフルなドット絵の宇宙ウィルスが、わしゃわしゃと現れた。


「それでは、レディィィ……」


 一瀬が、またコントローラーに付属しているマイクに語りかけている。

 

「スタートぅぅぅー!」


****


「だあああああっー!」


 自身の合図とともに自身のコントローラーのボタンを激しく連打する一瀬。

 その操作は、あの高橋名人の1秒間に16連打並み。


 名人よ、ここに正当な後継者がいますぞ。

 バイトでもいいから現地でバリバリ働かせてやってくれ。

 そして、アイツにこんなオタクゲーマーではなく、安定した職を与えてやってくれと心から祈る龍牙であった……。


****


 30秒経過……。

 そうこうもせずに一瀬サイドから、

あっという間に敵キャラが倒されていく。


 さらに、一瀬は余裕の微笑みを浮かべて、

あの敵キャラ達を最下段まで引きつけて敵弾の当たり判定をバクらせる名古屋撃ちまでやる始末。


 あっという間に10万ポイントをたたき出している。


 それに比べて弓は……。


「あわわ、

どうすればいいのですか!?」


 画面左右に、ふらふらと自機を動かしながら、敵キャラを何とか倒そうと必死である。


 まあ、弓はゲームに関しては、

先ほどの一瀬のゲーム説明に関して、首をかしげて意味不明な素振りだったし、

このゲームにも無知でも無理はない。


 あの、ぎこちないボタン操作では、

恐らくコントローラーに触れるのも初めてだろう。

 まだ1500ポイントちょっとでは勝負は明らかだ。


 一瀬坊っちゃま、大人げない。


「うふふ、弓ちゃん。

ここはもらった!」


 ヤバい、このままでは弓は確実に負ける。 

 何か良い手はないだろうか。


(あっ、そうか! その手があった!)


「一瀬……」


 何だい? と一瀬の顔だけが、

ろくろ首のようにぐるりと龍牙の方を向く。


 恐いよ。

 お前は妖怪か……。


 それから龍牙が一瀬の傍に近付き……、


「一瀬、好きだ!」


「ふぅー♪」


 彼の耳元にそっと息を吹きかけた。


『ドカーン!!』


 瞬く間にウィルスたちから占領されて、

彼らの光線で、一瀬の飛行機が撃墜される。


「○△□!? 

あがが、じじゅうがぐん!?」


 龍牙からの甘い囁きに顔を赤裸々にして、口をぱくぱくさせて動揺する一瀬。

 もう、返す言葉も支離滅裂しりめつれつである……。


「今だ、弓。

これで、もう一瀬は戦闘不能だぜ」


 一瀬の口から魂が半裸して、ホケーと放心している間に、弓が無言で頷き、一瀬がやっていたコツをつかみながら、上空のボーナスキャラのUFOを上手く倒しながら地道にポイントを稼いでいく。


 こうして三分が経過し……。

 一瀬は10万10ポイント。

 弓は10万12ポイント。


 龍牙の大胆な作戦により、

弓は見事に逆転勝利を掴んだのであった……。






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