第25話 出会い

 


 淑女の気品と妖艶さを引き立てる褐色の肌に、光り輝くプラチナのロングヘアがよく映えている。整った顔立ちは、まるで世の男性の理想を固めたような、誰にでも愛される顔をしていて、エルフの特徴である尖った耳がチラリとのぞいた。ダークエルフだろうか。


 フード付きのマントを羽織り、レイラや俺と同じような皮の防具を付け、右手には短剣が、左腕には小型の丸い盾を装備している。ベルトに通してある小物品をはじめ、短剣、盾などはどれも使い込まれており、勝てる勝てないは別として、オーガと対峙できるあたり、ある程度の手練だと判断できる。



 勢い任せで声を掛けてしまったものはしょうがない。彼女が怖がる前にここを去るか、もう少し待っていればレイラが来てくれるんじゃないかとも思ったり、優柔不断を惜しみなく発揮し決断に迷っていると、彼女の方から救いの手が差し伸べられた。


「ねぇねぇ、もしかして私を助けてくれた人?」

(えぇ、そ、そうです)


 うんうんと頷いて、彼女の仮説を肯定する。それと仮面の呪いで喋られないこともジェスチャーで伝えた。


「本当に助かったわー。あ、私はレオノーラ。こう見えても冒険者なの。たまたま近くを歩いていたら、オーガがたくさん居るじゃない? 村が危ないって思ったら、いつの間にかオーガの前に出てたのよねー。えへへっ」

(は、ははは)


 あれ? なんかイメージしていたのとちょっと違うな。軽いというか、天然というか、のほほんとした雰囲気が二人を包んでいるようだ。


「おぉっと! えへへ」


 思い出したかのように、慌ててフードを被る。


「……あなたは気にしないみたいね。ほら、私ダークエルフでしょ。知ってると思うけど、色々とあるじゃない? とくにエルフからは、そりゃひどいもんよー」

(そうですか……)


 俺にダークエルフの迫害劇を語るが、そののんびりした口調に、イマイチ臨場感に欠ける。

 そんなやり取りをしていると、周りが騒がしくなってきた。住人総出で武器を持ち、被害状況を調べ回っているみたいだ。


「それじゃ、私はバレない内に行くね。またどこかで会ったら……その時はキミの名前教えてね」

(わかった。その時までには、この呪いを解いておくよ)

「じゃあねー」

(気をつけろよー)


 レオノーラか……変わった女性だったが、身を挺してまでこの街を守ろうとしていたので、悪い人では無さそうだな。ただ、言葉悪く言うならバカっぽい。危なっかしいし、先程も短剣を持ったままリアクションするもんだから、レオノーラ自身に当たらないかヒヤヒヤした。


 ……これも縁か。


 俺は、行き先が同じ方向なら共に行こうと思い、レオノーラを探した。ダークエルフの外見も俺と居ればそんなに目立たないはずだ。それにこの街の周辺にはまだオーガが居るかもしれない。一人より二人。二人より四人だよな。


 しかし、レオノーラが去った道を、街の外まで追いかけて行っても、彼女に出会うことはなかった。道をかえたか、人に見つかりそうになった為、どこかに身を潜めているのかもしれない。


(見つからないか……)


 俺は街の外からレオノーラと出会った場所に戻ると、そこにはレイラと街の住人たちが勢ぞろいしていた。俺を見つけて嬉しそうに走ってくるレイラと、逆に顔を引きつらせて後退りする住人たちに、小さな笑いが込み上げてきた。


「あ! ケンタ様!  ご無事でしたか? 私はこちらの住人の方たちと、街のすべてを一緒に回りました。怪我人は数名居ましたが、犠牲者は1人も出なかったようです。しかし、壊れた住宅と、荒らされた畑の被害が大きいようです」

(そうか……まぁ生きていれば家もまた建てられるし、畑も耕せられる。犠牲者が出なくて本当に良かった)

「あ、あのレイラさん。そちらの方は……ま、魔族の方ですか?」


 住人の代表として背中を押された一人の男が、レイラに恐る恐る訪ねてきた。


「ケンタ様ですか? いいえ、ケンタ様は人間族の方です。エルフの森近辺で、私が盗賊に襲われそうになっていた時に助けて頂きました。この容姿はその時に被ってしまった、その仮面の呪いのせいなんです……」

「そうだったんですか。いやはや、疑ってしまい失礼いたしました」

(いや多分魔族も混じってますよ……と言っても伝わらないか。それよりもリタって子を知りませんか? 黒のワンピースにプラチナブロンドの女の子なんですが……)


 レオノーラに首ったけになってしまっていたが、走り出した当初の決意を思い出し、身を引き締めた。それと同時に、リタのことも思い出した。

 ジェスチャーを交えて住人に話しかけると、レイラが察し、住人にリタについて聞いてくれた。


「あぁ、あのかわいい魔法使いさんか! 彼女なら定食屋でご飯食べてると思うよ。あの子強いねー。俺たちを囲んでいたオーガ三体を一瞬で倒して、俺たちに『ラグー食べたい!』だもんな」


 後ろの方からの返答にドッと笑いが巻き起こり、当時の事を思い出し皆は笑みをこぼした。損害は大きかったが犠牲者がいなかった事と、オーガも全て倒しきった事で、安堵が皆を包んでいるようだった。

 住人に案内され定食屋に行くと、リタがお店から出てくるところだった。


「また来てね、リタちゃん! 次はちゃんとラグーを用意しとくからね!」

「本当!? おじさん! 絶対食べに来るからね!」

「あぁ! 約束だ!」


 いつまでも名残惜しそうに手を振る店主らしき人物。その人に負けないくらいに、何度も振り返りブンブンと手を振るリタ。そんなほっこりする光景をしばらく堪能したあと、俺たちは彼女に声をかけ、現状把握と今後について話し合った。




「……ということで、本来ここで補給し、一泊してから行く予定でしたが、今回の襲撃で宿屋も半壊してしまったということで、このまま首都『サンクテレシア』まで行こうと思います」

(そうだな)

「いいよー」


 街の脅威も無くなり、あとは街の復興のみ。ある意味壊す専門の俺たちが居ても、大して役に立たないだろう。荒らされた畑や、壊れた家は、その道のスペシャリストに任せるに限る。



 ちなみに、リタはラグーを食べられなかった。まだ仕込み前の段階らしく、代わりに店主が食べようと思っていた賄い飯を頂いたようだった。


「えとね、お肉を口に入れたら、汁がじゅわ~って来て、それで野菜食べたらコリコリっとしてて、少ししょっぱくて、でも美味しいの!」


 ……ふむ、わからんな。美味しかったっていうのは言葉だけでなく、表情やジェスチャーなどで容易に理解できるが、何を食べたのかは、全くわからないな。賄いの肉料理だと思っておこう。


 そんな他愛もない話をしながら、俺たちは街を出発した。


 

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